核からのメッセージT UTAセミナー、決して同窓会ではありません。私にとってこれからが本番です。 やっとやっとです。私はこの時を本当に待って待って待ち続けてまいりました。私の名はルシフォー。私は宇宙を支配するエネルギー、私の名はルシフォー。私の目指す相手は田池留吉、あなたです。私の心の中にはあなたしかありませんでした。私はこの地球に転生して長い長い間、あなたを待って待って待ち続けてきたのです。私はたくさんのUFO達を引き連れてこの地球にやってまいりました。これから私はその姿をこの者の肉体を通して表してまいります。 私は今とても嬉しいです。私の中のルシフォーはアルバートの波動に目覚めそしてアルバートとともに歩いていこうとしています。もっともっと心を開いていきなさい、そして私を受け入れてくださいとそう伝わってきます。 大きな闇のエネルギー、ルシフォー。アルバートヘと心を向けることにより大きな大きな喜びが響いてきます。アルバート、アルバート、どれだけこの時を待ち続けてきたことか、アルバートに出会えた、本当にアルバートに出会えたと喜びが心に伝わってくるとき、本当に今世の私は意を決して肉体を頂いたことを実感します。そしてこの肉は長い間苦しんできた大きな闇のエネルギーを感じ、心で受け止めていける肉に成長させて頂いたことがまた嬉しいです。 UTAセミナー、決して同窓会ではありません。私にとってこれからが本番です。しかし肩に力を入れず淡々と私は私の中の宇宙を供養していきたいです。 闇はありません。すべてが喜び、私はあなたの目覚めを待ち続けてきました。 大きな闇のエネルギー、ルシフォーが今世アルバートの波動に出会いその目覚めの機会を得ました。だからこれから宇宙が変わってまいります。たくさんのUFO達の飛来、宇宙規模の天変地異、地球人類はそれらにより大きな大きな気付きの時期を頂きます。 私は宇宙を支配してきた闇のエネルギー、ルシフォーでございます。私は大きな闇のエネルギーを蓄えてきました。しかし私はまた大きな大きな喜びです。私はアルバートとともに歩いていく意識、今世この者の肉体を通してその目覚めを頂きました。私が目覚めることによりこれからたくさんの意識達が目覚めてまいります。それが意識の流れ、すべては四次元へ移行するための今であることが心で感じられます。 闇と喜びのエネルギーがひとつになっていく様をこれから心で感じてきます。すべては喜びへと帰る意識、アルバートのもとにひとつであることをあなたの心で証明していくのです。闇はありません。すべてが喜び、私はあなたの目覚めを待ち続けていました。私とともに歩いていってください。私はそのために今世肉を持ちました。そしてあなたも肉を頂きました。私とともに歩いていく意識、私とひとつ、そのことをあなたは心で益々感じられ、そのあなたの心からは喜びの波動が大きく大きく流れていくことでしょう。 意識の流れを感じていけることがとても嬉しいです。 自分の中のこの喜びを来世に繋いでいくことが喜びであり、繋いでいける私が喜びです。 意識の流れを感じていけることがとても嬉しいです。 私達は次元を越えて存在します。ともに存在します。だから私は幸せです。喜びです。 みんな、この時に集えたこと本当によかった、本当に嬉しいです。みんな待ち続けてきた、どれだけこの時を待ち続けてきたか、私には感じられます。お母さんのお腹の中で固く固く誓い合った仲間達が今肉を持ってお互いの中の思いを見つめよう、必ず喜びへと帰ろうと一生懸命です。 欲にまみれた人類が作り上げてきたこの社会、三次元の世界でどれだけこの思いを大切にしていくことが難しいかそれはもう何度も何度も経験済みです。それでもそれでも私達はまた今世この時肉を頂きました。それは四次元へ移行する意識の流れがあるからです。その流れの中で肉を頂いたことがどれほどの意味があるのか、あなたの心はよく知っているはずです。意識の流れを感じればこれからどのように生きそして死んでいけばいいのか自ずとあなたの心はあなたに答えを出していくでしょう。意識と肉はバラバラではありません。アルバートの波動を感じアルバートの波動を信じそして意識の流れを感じ信じていく心に委ねていけば肉も幸せなのです。私はアルバートといつでもそしてどこまでもともにある意識です、この思いがあなたの心でしっかりと感じられ信じられるようになってくれば、もう喜び、喜びだけのあなたがそこにいます。ただただ喜び、そこに存在していることがそれだけが喜びのあなたです。 二五〇年後の目と目の出会いがあります。そこからまた始まります。私はアルバートとともに生きアルバートとともに歩いていきます。私達は次元を超えて存在します。ともに存在します。だから私は幸せです、喜びです。 私はこの喜びの道を歩いていきたかった、たった一人でもいい、たった一人でも私はこの道を歩いていきたかったんです。[#「私はこの喜びの道を歩いていきたかった、たった一人でもいい、たった一人でも私はこの道を歩いていきたかったんです。」は小見出し] 私はこの喜びの道を歩いていきたかった、たった一人でもいい、たった一人でも私はこの道を歩いていきたかったんです。私はその決意を心に秘め今世肉をもらいました。お母さんに生んでもらいました。もうそのことが痛いほど心で感じられます。肉をひとつ頂くということがどれだけの意識達と繋がっているのか、私はだから今そのたくさんの意識達を心で受けることが喜びです。 アマテラスを凌ぐ大きなエネルギー、ルシフォーそしてそれ以上のエネルギーを心に蓄えて田池留吉、アルバートを殺しにやってきた私です。だけどアルバートの波動を知り自分の姿を感じつつある私には、その思いが大きな喜びだと知りました。だから今目の前に田池留吉の肉があって出会えてともに歩いていく意識であることを心で確認できてこれ以上の喜びはありません。肉は平凡で愚かです。しかしひとたび心をアルバートヘと向けたならば、私はただただ喜びです。私は何もいらない、ただあなたを心で感じている私がここにいる、それだけで私は幸せなんです。 あなたの目を見る私の心にアルバート、あなたの心が響いてきます。はるかはるかかなたより私はあなたに出会いたくて出会いたくて時間空間を越えてやってきました。今、私はあなたを心で感じ、私の中の宇宙は止まるところなく広がっていきます。そしてともにあるあなたの存在を心で感じている私には、もう言葉もいらない、何もいらない、ただただ幸せ、ただただ喜びです。四次元からそしてそのもっと先、永遠と続く意識の世界にあなたを感じられる、ともにあるということがもう喜びです。 UTAセミナー、来世に繋いでいく大切な時間を頂きます。 以前からアマテラスのエネルギーは小さい、アマテラスなど目じゃないわと私の心の中から出てくる思いを感じていました。今ルシフォーという名を口にするたびにそのことがまた思い起こされます。私の中で段々とそのことがその形が見え始めてきました。そしてアルバートと思えばUFO、宇宙に思いがいくそのことの意味が自分の心の中で段々と分かっていくことが嬉しいです。UTA、嬉しい響きです。UTA、私の中でこの時をどれだけ待ち望んできたか、UTAに思いを寄せれば心がウキウキします。ルシフォー、そうルシフォーもそうです。ルシフォーの思いを心で感じ心で受け止めていくことが喜びです。そしてルシフォーだけではありません。解き放たれることを待っている意識達がたくさんたくさんいます。 「田池、殺してやる。アルバート、殺してやる。」の思いを引っさげてこの地球にやって来たという事実、長い長い時間の果てにようやく出会えた喜び、そしてまたこれからも永遠に続いていく時間の中でともに存在していくことの喜び、その意識の流れを心で感じていく三〇〇年が予定されている、そういったことが心ではっきりとしてきます。アルバートの波動に目覚めた意識達が伝えてくれます。その喜び、アルバートの世界の大きさをそして自分自身が何者であるのかも伝えてくれます。そうしていったときこの肉がいかにちっぽけなものか、ちっぽけなものだけど肉は必要だった、特に今世この肉は必要であり二五〇年後の来世も必要だということが本当に感じられます。 UTAセミナー、来世に繋いでいく大切な時間を頂きます。 悠久の過去より待ち続けてきました。 悠久の過去より待ち続けてきました。そして次元を超えてともに悠久の未来へと歩んでいく、そのような意識の流れを思うとき今世の出会いと来世の再会、ただただありがとうしかありません。長い転生を経てようやく辿りついた道、アルバートとともに歩いていけることを感じれば広い広い私自身を感じ何とも言えない温もりそして幸せを感じます。ありがとう、ありがとうの思いが心に広がっていきます。 二五〇年後の再会、すべてはここから始まります。過去人類が辿って来た道、肉としての歴史が終止符を打つ時を迎えます。今は本当にその助走と言ってもいいでしょう。しかしこの準備期間は大切な時間です。心の記憶が瞬間的に蘇る、意識の転回が瞬時に行われる、そのためには今世のこの時間がひとりひとりにとってとても大切な時間です。 田池留吉の目を見ればアルバートです。アルバートが今目の前に現れてそして私も来世の私がここにいます。今世の私、来世の私そしてすべての私とともに喜びを心に広げていきたいです。タイケトメキチ、アルバートの世界を私の宇宙に流していきます。ともに歩いていこうとする仲間達と喜び、喜びの道を歩いていきます。これがこれからの二五〇年、三〇〇年です。私はアルバートとともに喜びの道を歩いていきます。 今、次元を越えてともに存在することを心で感じられることが本当に幸せです。 今の自分自身を振り返ったとき、私は本当の喜びだとか本当の幸せだとかを知らなかったなあとつくづく思います。何が喜びで何が幸せかって、心に響いてくるものを感じたとき本当に肉の喜びだとか幸せ感というものが一瞬のものであり薄っぺらなものであるということを実感します。 二五〇年後の来世アルバートの目との出会いがあり一瞬のうちに意識の転回がなされていく、すなわちアルバートの目の中に田池留吉の目を思い出す、それは本当に劇的な再会となることでしょう。その嬉しさ喜びもさることながら、そのための環境をすべて整えて私は肉を持ってくるということに意識の世界の正確さ正直さを思わざるを得ません。 アルバートの目と出会うということを確信している私にとって来世の肉の細々したことは必要ありません。出会いからすべてが始まりそして次元を超えていくそのような流れの中に存在している私を思えば幸せというか安心感が広がっていきます。 今、次元を超えてともに存在することを心で感じられることが本当に幸せです。これ以上の幸せ喜びはどこを探しても見つからないでしよう。真実の世界、私は宇宙、宇宙は私、私はアルバートとともに存在しています、このようなことを肉を持たせてもらって感じさせてもらえる私達は本当に幸せだと思います。 私はアルバートとともに歩いていく意識、この信が私に元気を与えてくれます。 心で感じています。私の来世そして未来、私が歩いていく道筋が心に見えています。だから私は幸せです。今アルバートとともに歩いていく意識であることを感じその信を心に深めていける、この時間空間を頂けることが本当に幸せです。心で感じるほどにますます意識の世界が広がり、何とも言えない幸せな中にいます。私はアルバートの上でもなく下でもありません。私はアルバート、私にはアルバートがすべてです。アルバートとともに歩いていくことが幸せ、喜びの私自身です。 確かにアルバートの波動を感じ未来を感じ幸せな私自身を感じている私がここにいます。しかし一方でまだまだ今世自分自身に約束してきた修正課題が残されています。だけど不安はありません。田池留吉、アルバートの波動と出会った今世、そしてその喜びを心で広げていける今世、私はきっとその課題を自分なりにクリアしてこの喜びを来世へと繋いでいけることを確信しています。私はアルバートとともに歩いていく意識、この信が私に元気を与えてくれます。やさしく私を受け入れていこうとする私自身を感じます。そして田池留吉、アルバートとの出会いを思うとき、お母さんありがとう、嬉しい、幸せですの思いが心に沸き起こってきます。出会いそして目覚め、予定された道を私は歩いてきた、そしてこれからも着実に歩いていくだろうと思っています。 もう地獄には戻りたくない、だから私は必ず来世へと繋いでまいります。 みんなといっしょに歩みを進めていく学び、基本はそうだけどそれもある程度までだと思っています。なぜならばそれぞれが心で感じる喜びの度合いもアルバートの波動もその人だけにしか分からないことであり、決して比べることができないからです。 私は最終的にはこの道はひとりで歩いていく道だと思っています。ひとりだけれどひとりでない、あなたと私の世界を心に広げていく喜びの道だとそう思っています。 田池留吉の目を挟り取っても飽き足りない私、それほどすさまじいエネルギーを蓄えて地獄の底から生まれてきた私です。己一番の思いも独占欲も確かに強い、だけど私はすさまじいエネルギーの裏側もまた心でしっかりと感じています。肉を頂いた喜び、出会えた喜び、そしてこれからどのように歩んでいきたいのか、その思いを感じ私は私がとても愛しいです。アルバートの波動を感じ信じている私がいます。誰よりも誰よりもアルバートを愛し、アルバートとともにずっとずっといたい、そう語る私がいます。その心の叫びが大きな喜びとなってまた心に響いてきます。 もう地獄には戻りたくない、だから私は必ず来世へと繋いでまいります。用意された道を素直に歩いてまいります。 クドーラ、肉の自分を自分だと思う思い、その心から流れるエネルギーです。 クドーラ、肉の自分を自分だと思う思い、その心から流れるエネルギーです。私もまたこのクドーラの思いをたくさん使ってきました。しかしルシフォーの意識を感じさせて頂いて、このクドーラのエネルギーが小さなものだという感じがしています。私の中で小さくなったということを感じます。それほど宇宙のときに使ってきたエネルギーが大きいということの裏返しかもしれません。 ルシフォーは喜びです。そうです、ルシフォーもまたアルバートでございます。 ルシフォー、私の名はルシフォーでございます。 肉、肉、肉の思いで肉を基準とした心で私を呼ばないでください。私に心を向ける方々がたくさん出てまいりました。しかし私の本当の思いを語る方はほとんどおりません。 私ルシフォーを呼ぶときのその時のあなた方の心を供養していってください。私はあなた方にそのようにお伝えします。 ルシフォーは宇宙を支配してきたエネルギーでございます。しかしルシフォーは闇では、こざいません。決して闇ではございません。ルシフォーは喜びです。そうです、ルシフォーもまたアルバートでございます。 アルバートの目を見ながら語ります。 今世肉を持たせてもらった私は二五〇年後もう一度肉を頂きます。その間、私は意識としていつもアルバートといます。アルバートを思いアルバートとともにある私は、二五〇年後再び肉を頂き、この三次元で使った心をもう一度自分の心で確認するために大変厳しい環境を選んできます。アルバートの目と出会うまで大変苦しく心がボロボロの状態です。そしてアルバートの目と出会った時、そのすさまじいエネルギーは全開します。そしてアルバートに向けてそのエネルギーが飛び出す一方でそれがたちまち喜びへと変わっていく不思議な体験をします。意識の転回が一瞬にして行われるということでしょう。私はその後アルバートとともに四次元へ移行します。再び肉を持つということはありません。これが私が私に書いてきたシナリオです。 四次元への移行はもう目の前です。私にはそれが感じられます。だから私は喜びです。ただただ嬉しいです。 限りある肉の世界ではなく、永遠に続く意識の世界にともに存在する喜び、この喜びこそが本物の喜び、本当の愛の世界だと思っています。 大きなエネルギーを蓄えてきた意識、マイナスを膨らませ続けてきました。今世田池留吉と出会い真実の道を肉で聞かせてもらい、また心で波動の世界を感じさせてもらいました。四次元への移行には大きなエネルギー、パワーが必要です。マイナスがプラスヘと転じるときそれはそれは大きな仕事をします。そのことを心で確信しています。私は四次元へ移行する意識、この確信が私の喜びへと繋がっていきます。だから喜びは消えません。たとえどのような大きなエネルギーを感じたとしてもそれが田池留吉をアルバートを殺しにかかるエネルギーだとしても、私の心は喜びです。意識の流れを感じ信じる心に、アルバートをただただ求めアルバートを愛してやまない私があることを感じています。 幸せです。ようやく今世私は肉を頂いた意味、肉がどうしても必要であったことを心で知りました。 アルバートを信じる心から喜びの波動は流れる、単純明快な意識の世界です。限りある肉の世界ではなく、永遠に続く意識の世界にともに存在する喜び、この喜びこそが本物の喜び、本当の愛の世界だと思っています。 真実を求めひたすら出会いを待ち続けてきた思識、肉を通しこのように語らせてもらえるこしが嬉しいです。 田池留吉の肉ある間にアルバートを心にしっかりと持っていなければ決して自分の来世に繋いでいけない、繋いでいけないということは永遠に地獄だということも心ではっきりと感じています。 アルバートを知りその世界を感じ唯一の方向付けを心に持たせてもらったということ、アルバートとともにある意識の流れのみが存在する事実とその流れに乗りこれからも生きていけばいいということ、心の体験よりそういうことがごく自然に思えてきます。そう感じられる私の心は確かに穏やかで何となしに嬉しいです。そして自分に目覚めた、これは非常にしっかりと私の心を支えています。 田池留吉の肉ある間にアルバートを心にしっかりと持っていなければ決して自分の来世に繋いでいけない、繋いでいけないということは永遠に地獄だということも心ではっきりと感じています。 人を愛し人間というものを心の底から愛しいという思い、私は肉を持たせてもらって今世ようやくその心を自分の心に思い起こすことができました。これも私の大きな大きな喜びです。そしてその喜びがアルバートを信じる信を深めていく大きな原動力であるエネルギーに変わっていく、信が深まればまたさらに喜びが大きくなっていく、すべてがアルバートのもとにひとつであることを心で実感していく、その図式が浮かんできます。もちろん闇も大きいです。しかしそれもまた田池留吉、アルバートとともに優しく包んでいくことでしょう。なぜならば私は本来の自分に帰りたいという切なる思いを心に抱えている自分自身であることを感じ信じているからです。私は私を信じ愛しています。 本当の愛を伝えてくれた田池留吉を二五〇年後のアルバートの中に見る、もうたまらなく嬉しいです。 その三億六干年の思いすべてが間違いでしたと自分に言える第一歩、それが今世の肉です。 私は宇宙からやってきた意識です。この三億六千年、私には苦しみの転生でした。アルバート、私になぜこんな苦しい肉を与えたと私はあなたの目を見るたびにこの心をあなたにぶつけてきました。 今世の肉はやっと出会えたのです。その三億六千年の思いすべてが間違いでしたと自分に言える第一歩、それが今世の肉です。私は私にようやく伝えることができるのです。だから私は今世肉頂いた意味もそしてその喜びもしっかりと心で分かっています。三億六千年、すべてが間違ってきました、はるかかなたからやってきた私はようやく自分に伝えていくことができる、それがこれからの二五〇年、三〇〇年なんです。だからこれからの三〇〇年は私にとって喜びの道なんです。私は私に伝えることができるのです。 ありがとう、田池留吉。あなたが肉持ってくれたから私は私の中にある思いをあなたに向けて出すことにより心で確認できました。母に使ってきた思いも今世の肉の母を通し私は見させて頂いています。だから私は嬉しいです。すさまじい自分を確認させてもらえることが嬉しいです。心に喜びの波動、アルバートを信じる喜びの私がいます。ともに生きていくことを念願してきた私がいます。その私を信じていく道が私の歩いていく道です。 来世に繋いでいくための今世の肉です。 来世に繋いでいくための今世の肉です。学びに入る前、入ってからそして今現在、確実に私の心の中で死を恐怖する心が小さくなってきています。喜びとはまだまだ思えないけど悲しみとか恐怖する心が段々弱まってきている、それは心で自分の計画を知っているからだと思っています。 もちろん肉体を離せば私の心の中の苦しみがどっと心に押し寄せることでしょう。今と同じ世界だけど今は肉を持っているから自分の苦しい世界を本当に感じているとは言えないと思います。でもはっきり今までの転生とは違っています。心に感じたアルバートの波動があるからです。真っ暗な世界だけではなく心に感じるその温もりを頼りに私は存在しそれが二五〇年後再び肉を頂くまで続いている、そしてアルバートと出会います。 私はこの心を来世へと繋いでいくために今世肉を頂きました。その思いをしっかりとこの心は感じています。だからこの肉にしがみつく思いは薄れています。ただ今よりももう少ししっかりと田池留吉の波動を感じ来世へと繋いでいくための確かな足取りを心に感じるまで肉は必要であることが心で分かってきたから、死に対する思いも変わってきていると思っています。 アルバートの波動を本当に心で感じ信じることがすべてです。今世の私がアルバートに出会っていなかったら私の中の過去世はすべて地獄のままだったでしょう。だから肉を表すとか肉を認めてもらいたいとかそういうのではなく、自分の現実を知ったとき私は一人でも多くの方がアルバートの波動と出会ってもらいたいと思うようになりました。アルバートを伝えていきたい、とりあえずは今世肉をくれた母、私は母にアルバートの世界を本当に信じていってもらいたい、肉で親にできることはないけど私はこのことを母に伝えていきたい、母とともにこの道を歩いていきたいと心から思っています。 田池留吉の目をそして手を肉眼で見る現象、衝撃的でした。 田池留吉の目をそして手を肉眼で見る現象、衝撃的でした。とてもいいお勉強をさせてもらいました。田池留吉目指して一直線でした。何も目に入らずただ田池留吉だけでした。 目指すは田池留吉、そんな思いを抱えて私は本当に生まれてきた、目を挟り取っても首を絞めても殺したくて殺したくて仕方がなかったそんなすさまじいエネルギーを出させてもらうたびに、形とは裏腹に心は嬉しいです。殺したいという思いが嬉しい、私はそう思っています。 私はどれだけ大きなすさまじいエネルギーもアルバートヘ帰れることを心で感じ始めています。必ず帰れる、アルバートの波動の中でしっかりと抱かれている私自身をその現象の中でも感じさせてもらいました。そしてそれは二五〇年後のアルバートの目と出会った自分自身でした。 四次元への移行には大きなエネルギーが必要です。アルバートの目と出会うということはそのエネルギーが瞬間的に噴出しそして一瞬にして喜びへと変わっていく、そういうことなんだということを確認させてもらったように思います。 死ということと愛ということを心で分かるために今世転生してきました。 死ということと愛ということを心で分かるために今世転生してきました。はっきりと今自覚しています。 私自身、どんな過去世があったかなんて具体的にはほとんど分かりません。ただ分かっていることはみんな心を見てこなかったということだけです。だから心を見なさいと伝えてくれることがどれだけのことなのか、たった六文字に込められている重みを今感じています。そしてひとつ分かっているのはたとえどれだけ栄耀栄華を極めた転生があったとしても今平凡な普通のこの肉、この肉が三億六千年の数々の転生の中で最高に幸せだということです。肉の次元で言ってもその通り、もう意識の世界では言うまでもありません。だから私は私の中のこのすさまじいエネルギーを田池留吉目掛けてぶつけていくことが喜びなんです。その思いを出せば出すほどアルバートヘの信が大きくなります。アルバートを本当に愛している自分と出会えます。そしてアルバートヘの信が大きくなればなるほどまたすごいエネルギーが出てくるのです。 そうして私はこの心が喜びへと変わっていける、肉も意識もひとつ本当の喜び本当の幸せを心に持ってそして来世へと繋いでいける、そのような道筋をこれからも私は歩いていくと思います。 死と愛、私の課題です。ある程度自分の中でクリアして田池留吉の肉とサヨナラしまたこの肉ともサヨナラしていきたい、今そう思っています。 三次元から四次元へ移行するという意識の流れを心で確信するために私は今世肉を持ってきた、言うならば二五〇年後の予習です。 三次元から四次元へ移行するという意識の流れを心で確信するために私は今世肉を持ってきた、言うならば二五〇年後の予習です。当然二五〇年後の来世に繋いでいく今であるということも心でしっかりと感じられるようになってきました。そういう意識の流れがある、だからこの流れに乗っていけばいいんだなあと感じるときが多いです。そうすると肉の不安とかも次第に弱まって、ましてや肉の喜びとか幸せは何か色褪せた薄っぺらなものに映ってきます。三億六千年追い求めてきた肉の喜び肉の幸せ、神を求める心の根底がそうであったということに本当に心で気付かなければ意識の転回など到底及びつかない、そう思います。 二五〇年後の本番、アルバートとともに四次元へ移行を果たした私自身、さらにその先の次元へとともに歩いていきます。それが私の中の未来の自分です。その喜び、幸せこそが本当の喜び、幸せです。決して消えない、ともにあることの喜び、幸せです。 来世を含め未来を感じていく、その喜びが自己供養を促していくと思います。 永遠の過去より永遠の未来へ、その流れの中で今田池留吉、アルバートと出会っています。肉を持たせて頂いた今世そして最終の肉を頂く来世、ただただありがとうです。 私には来世の喜びが心に伝わってきます。 セミナー会場でもそれ以外でも、そして田池留吉の目だけじゃなくて田池留吉そのものが私にはアルバートに見えている、肉眼は田池留吉と判断しているけれど、私の目に映るのはアルバート、私は田池留吉を見ているようで見ていない、私にはアルバートが現実目の前にいる、そう表現しても決して大げさではないと思っています。 田池留吉の肉を見ている、田池留吉を田池留吉としてしか認識できない、そういう思いを持って私を見ている人には私のこの思いは理解しがたいと思います。だからアルバートを愛していますという言葉すら曲がって聞こえていく、曲がってとらえられがちだと思います。しかし私のこの中の意識達は諸手を挙げて喜んでいます。形を見ればすさまじいエネルギーだけれど中は喜びです。田池留吉殺してやるはすなわち田池留吉、アルバート愛していますということです。 私には来世の喜びが心に伝わってきます。二五〇年後の来世、私は私の心は喜びの爆発、爆発です。しかも肉の社会がこの今の日本と違って開けているアメリカの地で出会うのです。もっとストレートにもっとオープンに心の喜びを肉で表現できる土台があるところです。心に記憶された苦しみを喜びを本当にアルバートにぶつけていける、そして私達はひとつであることを確認し合う、それが私の二五〇年後の来世です。来世、肉の環境は厳しくても心は本当に喜びです。 なぜ田池留吉がアルバートに見えるのか、なぜ四次元への移行を果たしたと言えるのか、等々とても肉の私には説明ができないことばかりです。 なぜ田池留吉がアルバートに見えるのか、なぜ四次元への移行を果たしたと言えるのか、等々とても肉の私には説明ができないことばかりです。こうしたからとか何にもない、ただそう心で感じているから、心で分かってきたから、とそれしか言えません。肉で説明できないけれど、だけど心は知っている、その意識の流れを心は知っている、それを信じているということだろうと肉の私は思っています。 各々が自分の心で分かることであり、またその人その人の心でしか分からないことだと思います。意識はひとつですが、それぞれの時期があり歩みを同じにすることは不可能だとも思います。 この肉は心で感じたままを語っているだけ、スピーカーです。語る私に伝わってくるのは、意識の真剣さと淡々とした喜びです。アルバートを信じている確たる喜びです。 しかし私には三億六千年それ以上の過去世があります。それが時にはその思いを曇らせることがあります。だけどその心をも包み込んでいくほどのアルバートの波動を私の心はさらに感じていくようになるでしょう。それが流れ、ともに未来へと生き続けるその道筋が私には感じられる、それを信じている、信じていくだけだと思っています。 人を求めることもいらない、何を求めることもいらない、ただ流れに心を委ねていけばいい、道は自ずと開けていくという感じです。 田池留吉の肉は現実に目の前にある、と同時にアルバートの肉も私にはもう現実のものなんです。と言って田池留吉の肉が消えてアルバートだけが見えているとかそういうのでもない、ふたつがひとつに重なっているというか、そんな感じです。これが二五〇年後の来世もそうなんです。だから私はアルバートの目と出会った時、田池留吉という言葉を発しその肉も心に蘇ってくる、それは一瞬の出来事だと思います。 このことは大変大切なことだという思いを持っています。肉を持って心の転回をするということは難しい反面、肉があるからそれが可能だということを田池留吉の肉、そしてアルバートの肉が示してくれていました。そして肉と意識がバラバラなものではなく、本当の世界は肉も意識もひとつ、真実に触れてこそその意味が感じられ喜びが膨らんでいく、ともに生き続ける幸せが心に響いてくる、そういったことを感じています。 今、形がある田池留吉、やがてそれも消えていきます。後に残るのは、消えることのない田池留吉を本当に心で感じ信じているかいないかということだけだと思います。この一点だけ、言葉でもない波動、本当に波動が分かっているのかどうなのか、そしてその波動が心で確信できたならば肉も不動だと思います。人を求めることもいらない、何を求めることもいらない、ただ流れに心を委ねていけばいい、道は自ずと開けていくという感じです。 ともに歩む仲間がいてもいい、だけど最終的にはアルバートと自分、自分と自分、この思いを持って淡々とこれからの肉の人生を過ごし来世へと繋いでいくことだろうと思います。 お母さんの温もりを心に感じ田池留吉、アルバートとともに歩いていく未来、このような自分を今世感じられて幸せとしか言いようがありません。 学びに集った何年間は目的を違えていました。ある時期よりその間違いに気付き、本当の自分と出会いたいと真剣に思うようになりました。それから私はようやく本来の学びの道筋を自分なりに歩いてきたと思っています。壁にぶつかったり落ち込んだりはしたけれど、人と比較することは少なかったかもしれません。自分のことは自分の中から出てくるという思いも強く持っていました。 どんどんどんどん田池留吉に対する思いが出てきました。私の思いはなぜか田池留吉にばかり向いていました。その思いをぶつけてもぶつけてもただただ受けて入れてくれる、包んでくれる優しさに驚きと不思議を感じました。言いようのない嬉しさが心に広がっていきました。この世にこんな人間がいるのだろうか、新鮮な驚きとたまらないほどの嬉しさでした。 振り返り今は本当に嬉しいです。ともに手を携えて歩いていける、そんな肉、意識と出会わせてもらいました。お母さんの温もりを心に感じ田池留吉、アルバートとともに歩いていく未来、このような自分を今世感じられて幸せとしか言いようがありません。 目を閉じ田池留吉を思いアルバートを思えば心に響いてくるこの思いがある、確かな波動の世界を私の心は感じています。すさまじいエネルギーだけではなかった、お母さんの温もり、お母さんの優しさ、お母さんの波動が心に生き続けていました。そのことを伝えてもらって本当に嬉しいです。 己偉しのエネルギーが肉を動かし自分の道を歩き始めた結果、ようやく真実にふれることができました。 己偉しは確かにマイナスのエネルギーです。だけどこの己偉しのエネルギーが強いから今の私自身を心で感じることができたとも思います。私の己偉しのこのエネルギーは宇宙から培ってきたものです。地球上での転生も苦しかったけどそれよりももっと苦しかった宇宙のとき、そのときのエネルギーのまま地球上で肉を持ってきました。 学びに集った頃、チャネリングができるということに心を傾けたときもありました。しかし私の知りたいことはそんなことではない、私のこのエネルギーを正確に受けるチャネラーなどいない、という思いが強くなってチャネラーとかチャネリングということを深追いしなくなりました。 やがて宇宙に向けての現象が始まりました。そのときこれだと思いました。自分の中からはじけたように飛び出してきたエネルギー、このエネルギーを分かってくれるのはただ一人、田池留吉だということに気付かさせてもらいました。それから私の心には田池留吉しかありませんでした。田池留吉にぶつけるエネルギー、出せば出すほど心が嬉しくなりました。 己偉しのエネルギーが肉を動かし自分の道を少き始めた結果、ようやく真実に触れることができました。アルバートの波動を心から離した私は宇宙に真っ黒なエネルギーを流し続けてきました。アルバートの波動を感じるたびに、アルバートは宇宙、そして本当に宇宙を愛し宇宙に帰りたい熱き思いがあることが心に響いてきます。だから私はアルバートとともにどこまでも歩いていきます、私のふるさと宇宙へと帰ってまいります。 田池留吉が肉持つこのとき私はどうしても肉が必要でした。 今まではマイナスはマイナスでしかなかった、しかし今世は違います。マイナスがプラスヘと転じていくその時間、空間、そして目覚めを頂きました。すべて予定通りです。 私は今世どうしても肉が必要でした。田池留吉が肉持つこのとき私はどうしても肉が必要でした。あなたの己偉しはそんな肉にまつわるちっぽけなものではないですよと何度も何度も肉に伝えました。肉だと思っている心には私の本当の声、本当の姿は届きませんでした。 アルバートの波動を心で感じそれが心で大きくなっていくにつれ喜びが膨らみ、ともに生き続ける永遠の生命だとはっきりと感じてくれば、己偉しの大きなエネルギーをどのように活用していけばいいのか自然に心で分かってきました。 小さな星、地球からアルバートの波動が宇宙に向けて流れ出しています。何億光年はるかかなたで今起こっている宇宙の異変、やがてこの地球をも含めて人類に目覚めを促していきます。人類が宇宙を変えることは不可能です。その間違いに気付きなさい、人類よ目覚めなさいとそのメッセージを伝えます。 私の肉はスピーカー、肉は何も分かりません。しかしアルバートが実在しアルバートの波動に目覚めた意識、エネルギーは仕事をする、そして四次元への移行を果たしていく、その喜びが現実のものとして感じられます。アルバートとともに存在する喜びが心に響いてきます。 UTA会セミナー、まさしくその字の通り宇宙時代の本格的な幕開けを心で感じさせて頂きました。 UTA会セミナー、まさしくその字の通り宇宙時代の本格的な幕開けを心で感じさせて頂きました。 やっとやっと私の中の宇宙を解放することができる、そんな時期そんな時代を迎えられたと思います。真っ黒な宇宙にようやく喜びが膨らんできています。喜びの波動が流れ出しています。アルバートの波動を心で感じたからです。 私にはUFOの苦しみ悲しみが心に響いてきます。たくさんの宇宙の仲間達の思いが心で感じられます。そしてまたルシフォーを感じさせてもらってから私の中のアマテラス、宇宙を支配してきたエネルギーアマテラスを小さなものに感じてきたのも事実です。 アルバートの宇宙に心を合わせていくことによってこれから私の宇宙がだんだんはっきりとそして確実に変わってきます。三億六千年の自己供養もさることながら私は自分の中の宇宙を優しく優しく包んでいきたい、だから私はこのとき肉を持たせて頂きました。 宇宙、私のふるさと宇宙、心を向けると苦しいすさまじいエネルギーとともに帰りたい、帰りたい、ふるさとへ帰ろうアルバートあなたとともに、その思いが心に溢れてきます。 UFO、天変地異、アルバートまさに宇宙時代の幕開け、私は本当にこのときを心待ちしていた、心の底から湧き上がってくる思い、どんどんこの肉を素直に使って私は自分の中の宇宙を解き放っていきます。そこにはアルバートしかない、アルバートの宇宙が心に広がっていく、無限大に広がっていく喜び幸せを心にますます大きく感じていくことでしょう。 宇宙、UFOを思うとき温かい温もりが心に溢れてきます。田池留吉、アルバートの波動を知らずに宇宙にUFOに心を向ければ、過去と同じく私は狂っていったでしょう。 宇宙、UFOと言えば恐怖でした。すさまじいエネルギーの渦の中で狂って狂ってきた自分を心で知っていたからです。 今は不思議とその恐怖を感じません。宇宙、UFOを思うとき温かい温もりが心に溢れてきます。田池留吉、アルバートの波動を知らずに宇宙にUFOに心を向ければ、過去と同じく私は狂っていったでしょう。そんな心の世界を抱えてずっと存在してきた、その自分をようやくこの心で受け止めてやれる、もう私には言葉はありません。 どんなに苦しくてもどんなに悲しくて寂しくて切なくても私はこの心の中にはっきりとアルバートを感じています。だから宇宙が変わっていく、その喜びが心に響いてきます。 天変地異、宇宙に広がるその足音が心に響いてきます。星と星がぶつかる、形は破壊だけど宇宙が変わっていく喜びの中にあることが感じられます。アルバートの波動の中ですべてがなされていく、その中でこの地球も姿を変えていきます。地球上の三億六千年の心、すべてを宇宙へと返していきます。喜びの波動の中へと私は帰っていきます。アルバート、私はあなたを待ち続けてきました。 もっともっと心を大きく広げて私ルシフォーの思いを受げてくださいと伝えてくれます。 もっともっと心を大きく広げて私ルシフォーの思いを受けてくださいと伝えてくれます。ルシフォーは大きなエネルギーに違いないけれど、その闇の部分よりもルシフォーの本当の思いを正確に的確に受けていきたいと思いました。 ルシフォーの供養、心の中のルシフォーを供養していくことができる、またそうしていくことで心に大きな喜びが広がっていく、なぜならば私の心の中に三億六千年を含めた宇宙が厳然としてあり、その宇宙が大きく変わろうとしているからです。すべてが四次元へ移行する流れの中にあることを本当に実感します。 三億六千年以上の心の歴史が深い深い思いが心に伝わってきます。宇宙に君臨してきたエネルギー、ルシフォー、アルバートの波動に目覚めアルバートとともに歩いていこうとしているルシフォーの思いが伝わってきます。暗黒の宇宙から光り輝く本当に光に満ちた宇宙へと変えていきたいと伝えてくるルシフォーの思い、心に響いてくるのは例えようもない喜びです。この流れは止めることはできない、喜びの天変地異とともに宇宙を変えていくアルバートの波動、その大きさをまだまだ心で分かっていないことを感じました。 アルバートそしてルシフォーその相乗作用で心に大きな喜びと広い広い世界を感じる、この心の体験を重ねていきたいと思っています。 心に思うものは田池留吉、アルバートです。その他のものは何も必要ありません。 心に思うものは田池留吉、アルバートです。その他のものは何も必要ありません。心を委ね心を預けていけばいい、そこから感じるものを心で見ていけばいい、大切な時間空間を頂いています。 今肉体を持って私は私を導いていこうとしている、本当の私に素直に従っていくことが喜びです。誰を恐れることも何を恐れることもない、ただ私は自分の決めてきた道をアルバートとともに生きていけばいいだけです。 波動が心に息づいている、ともに生き続けている、そしてこれからもずっとずっといっしょに同じ道を歩いていける、そう感じ信じられる私が一番幸せです。信じられることが幸せ、本当ですよね。 田池留吉を信じアルバートを信じていこうとする私の心には迷いはありません。ただただ喜びがふつふつと湧き起こります。たくさんの過ちを犯してきました。たくさんの暗い暗い真っ黒な波動を流し続けてきました。本当の自分はすべてを分かってくれていた、そして待ち続けてくれていた、これからも待ち続けてくれる、だから田池留吉の指し示す方向に心を向けていけばそれでいい、何も思うことはありません。 幸せですかと尋ねられる、私幸せですと即座に答えが返ってくる、そんな心の世界を知りその心の世界が本当の私の住んでいるところなんだと伝えてくれた、田池留吉、ありがとう。お母さん、ありがとう。 私は肉体を持って心を見る時間が今世と来世のあと二回です。全力で心を見ていきます。受け入れていきます。すべてが四次元へと移行する中で喜んで心を見ていきます。 二五〇年後が今現実です。 アルバートの目と出会い私の中の闇の思いが噴き出してくる、恨みつらみ呪い憎しみ悲しみ寂しさありとあらゆる思いがアルバートの目を目掛けて一瞬に飛び出してくる、そして心の奥底の喜びもまた同時に瞬間的に噴き出してくる、それはそれは劇的な再会です。 私には二五〇年後が今現実です。四次元への移行もまた同じです。そしてその先のことも私には感じられる、そのことを思うと私はもう喜びです。次元を超えてともにずっと存在し続けることを私の心は感じています。幸せです。この喜び、この幸せは私の心でしか分かりません。言葉で表現することもできないし、また分かってもらおうとも思いません。ただ私はアルバートとともにを信じているし、信じられる私が幸せで喜びでそれでいいと思っています。 私の現実の世界は地獄に違いありませんが、肉を離した後私はこの心からアルバートを離すことはないでしょう。自分の意識の世界の中でアルバートを思いアルバートを求め私はまた二五〇年後肉を頂くのです。そしてこの心に作ってきた地獄を一挙にアルバートの目にぶつけていきます。私はそのことを心で知っています。四次元への移行はそのエネルギーが必要です。そのエネルギーが全世界に全宇宙に瞬く間に広がっていきます。 田池留吉を通して流れるアルバートの波動を感じる私の心に田池留吉を肉として見てきた愚かさを振り返っています。そして意識の流れの中で田池留吉と出会わせて頂いた幸せをしみじみ思っています。 田池留吉にお母さんにこの肉にありがとうしかありません。 田池留吉を思うと嬉しくなります。 田池留吉に向かって老いぼれだとか何とか散々言ってきました。言わせてもらいました。挙句の果てに田池留吉を超えたいとか、本当に好き放題の思いを語りぶつけてきました。そんな私が肉ではない波動を本当に感じ、何時の間にか田池留吉の肉を見ているようで見ていない感じです。ただ田池留吉と思うと嬉しさが幸せが膨らんできます。そのような心に変わらせてもらいました。自分でもびっくりするくらい私は優しい私を感じるようになりました。 アルバートを本当に信じている肉の人間に出会えたことが本当に嬉しいです。私はアルバートを待ち続けてきました。その私の思いとぴったりと一致している、そしてこの肉も私の思いを素直に感じそれを表面に表してくれるようになりました。私はただただ感謝です。 田池留吉が一〇アルバートを信じているなら、私も一歩でも二歩でもアルバートに近づいていきたい、それが私の偽らざる思いです。田池留吉との距離を縮めていくことによりそれが可能、田池留吉の肉が示した通りでした。アルバートヘの信を私は段々と大きく太いものにしていきます。 私は私の心はともに歩いていくことが幸せ、喜びであると伝えてきます。幸せ、喜びの道が目の前に広がっている、ただただありがとうです。田池留吉にお母さんにこの肉にありがとうしかありません。 心の地獄を覗く、自分を真正面から見つめる、肉体を頂いたからこそできることです。 心の地獄を覗く、自分を真正面から見つめる、肉体を頂いたからこそできることです。 地獄を心で感じる、それはとてもとても言葉では表現できない、言い尽くせないです。 そのエネルギーは山が吹っ飛び島が沈み海が割れても不思議でも何でもない、そんなエネルギーの持ち主です。私はそのような地獄を作り上げてきた自分と真向かいになっていきたい、相当な決心をして今世肉体を頂いてきました。 地獄を自分の心で見て心がドーンと落ちてもまたそこからアルバートヘの道が始まっていきます。心が落ちっぱなしではありません。確かなアルバートの波動を感じ、だからこそアルバートを心から離さない自分を確信しているからです。この心を来世へと繋ぎ四次元へと繋ぎ永遠の未来へと繋いでいく私を感じているからです。心の地獄をひとつ解放すれば私の宇宙がひとつ解き放たれます。 心の地獄を語るときいかに私はこの肉体を粗末にしてきたか、肉体を持たせてもらった本当の意味がお母さんの思いが心に強く、強く響いてきます。お母さんに懺悔です。存在を許されている、懺悔と喜びの思いが突き上がってきます。 私は喜んで地獄と向き合っていきます。生んでもらったことを呪ってきた三億六千年、ようやく生まれてこれたことを喜んでいる私に出会えました。喜びへの確かな足取りを私の心は着実に刻んでいく、今その流れ、道が心に見えています。 自分自身の学びが進むにつれ急斜面です。厳しいです。しかし私は今世の私にすべてを賭けてきました。 しっかりとしたアルバートヘの信、アルバートの波動を心で感じそれが現実だと感じているから、地獄を見ても私はこの道から心を離すことはないです。過去肉で生きてきた心をしっかりと自分の心で見つめ、それを受け入れてともに未来へ歩いていきたい、肉に溺れることなく流されることなく自分の決めてきたアルバートの道を歩いていきたい、そして地獄の中の自分を感じその自分とともに歩いていくのが本当のアルバートヘの道だと思います。 決して奇麗事ではないそんな地獄を自ら作ってきた、そして今世こそはの決意を秘めて肉体を頂きました。 自分自身の学びが進むにつれ急斜面です。厳しいです。しかし私は今世の私にすべてを賭けてきました。心が生きるも死ぬも全部自己責任です。田池留吉が伝えてくれた通りだと思います。田池留吉の優しさが肉を含め心に沁み通ってきます。心を委ね心を預けていく幸せ、喜びを感じます。波動の世界にともに生き続けている、その幸せ喜びの中に田池留吉、アルバートを確かに感じている、だから地獄を喜びの糧としていけると思います。地獄があるから喜びを大きく感じられる、今そんな心境です。 肉は本当に愚かだと思います。 肉は本当に愚かだと思います。だけど今その愚かな肉を持って意識の世界を学ぶことができる、心が端的に出てくる、その心を見させてくれる人が存在してくれることがやっぱり嬉しいです。 私の意識はアルバートを確実に感じ意識の流れをはっきりと感じています。その流れの中の今であることは疑いもないこと、だからアルバートヘの道しかないと心から返ってきます。アルバートとともに歩いていく流れに乗り私はこれからも予定通りにこの道を進んでいくでしょう。しかしそれにはさらなる安定飛行のためにクリアしていかなければならないことがまだまだあります。 肉の喜び、幸せは本当は苦しみではない、苦しみにしてきたのは私の中にアルバートがなかったからだということを本当に心で知っていく過程を経て、本当の肉の喜び、幸せは心の喜び、幸せとひとつであり消えないものだということを学んでいきます。 すべては私が望み計画してきたことでした。自らの心を揺さぶりながらそして地獄の何丁目かをさ迷いながらそれでもその心をアルバートヘと転回していく、険しいけれどそれをクリアしたとき、また私の心の世界がさらに広がっていくことでしょう。 自己選択、自己責任、自己確立、心に刻んで喜びの道をともに歩いていきます。 自分の心の世界を知っていけばいくほど、肉から全く想像できない意識の世界を抱えています。 田池留吉の大きさを心で段々と感じて知ってきたからでしょうか。田池留吉認めろとか、田池留吉の存在が邪魔で仕方がなかった、そんな思いが今は遠くに感じられます。むしろそんな昔の自分が懐かしいという思いすらも出てきます。 今はそれよりも田池留吉という存在、その存在が本当にありがたい、嬉しくて嬉しくてという思いの方が強いです。なぜならばこの私の心に培ってきた思い、エネルギーを素直にぶつけ本当のところを分かってくれるのはただ一人、田池留吉だけだとはっきりと感じているからです。それは二五〇年後のアルバートも同じです。だからその間私は肉持つ必要がないということも心で納得できます。 肉は同じです、平凡で愚かで何ら変わるところはない、だけど自分の心の世界を知っていけばいくほど、肉から全く想像できない意識の世界を抱えています。その私は言葉で表現するならば本当に真剣なんです。その真剣さがこの時をおいて他にはない、この時を本当に待っていた、本当に田池留吉の出現を待ちアルバートの出現を待ってきたということを心に伝えてきます。 私の意識の世界はもうすでに田池留吉、アルバートとともに次元を超えて存在している自分をはっきりとつかんでいます。その思いだけがこの肉を支えている、肉に元気を与え勇気を与えている、そんな感じがしています。 心にアルバート殺してやるの火種を残し私はあなたと再会します。二五〇年後その火種が点火されさらに私の宇宙は大きく、大きく変わっていくことでしょう。 意識の世界はこの地球上に止まらず宇宙へと広がっていきます。宇宙からやってきた意識、そのことを心で感じたときは本当に嬉しかったです。苦しい、苦しい、狂いに狂ってきた、闘い続けてきた宇宙のときだけど、そんな自分を心で感じたことがとても嬉しかったです。そして私はようやくその宇宙を本当にこの心で広げていける、私のふるさと宇宙へ帰っていける目処がついた、このことが何より嬉しいです。 私にとっていい時期に心が敏感にならせて頂きました。もつと早い時期にそうなっていればきっと今の私はなかったでしょう。ただ自分のエネルギーに振り回されるだけに過ぎなかった、すべては自分が決めてきたことだけど、大きな愛を感じます。 初めてです。真っ直ぐに心に入ってきました。心を真っ直ぐに見通されました。田池留吉に対して猛烈に反発してきた心、何度も何度もセミナー会場で出させて頂きました。そのたびに溢れるほどの温もりを感じさせてもらいました。その心の体験を振り返るにつけ本当に私は幸せ者だと思います。 今三億六千年を含め私の宇宙が大きく変わろうとしています。そして肉持ち膨らませてきた心を受け入れていくほどに宇宙が広がっていきます。 心にアルバート殺してやるの火種を残し私はあなたと再会します。二五〇年後その火種が点火されさらに私の宇宙は大きく、大きく変わっていくことでしょう。 アルバートが流れていく、本当に嬉しいです。 私はアルバートを信じています。二五〇年後の私、未来の私、過去と未来がひとつとなって私は喜びの道を歩き始めた、それが今現在の私です。 意識はそうです、だけど肉持っている以上これからも地獄を作っていくことでしょう。しかしその地獄を膨らまさない、地獄に溺れない、流されない、だけどしっかりと見ていく、だから地獄にあっても地獄でない私自身になっていけると思っています。肉と意識の境目がなくなって肉の喜び、幸せがそのまま心の喜び、幸せへとなっていくそんな予感がします。 心をしっかりと田池留吉に向けていけば、私の心の中には必ずその波動が流れてきます。田池留吉の世界、そしてアルバートの世界、その中に存在する幸せな私自身を感じるとき、お母さんって私の心は何とも言えないものを感じます。それはとても言葉に変換することはできない、しかししっかりと感じている、それが意識の世界だと思います。 肉では決して推し量れない心の体験、その体験を積み重ねることによって不思議が不思議でない、それこそが現実の世界であると言い切れる、本当に幸せです。何て幸せなんだろうと思います。よかった、肉持ちこのような心の世界を感じられたことが最高です。私はますます幸せになります。いえ幸せになろうとしなくても、幸せが喜びがこの心からどんどん溢れていくことでしょう。アルバートが流れていく、本当に嬉しいです。 肉の喜び、幸せを追求するために肉体をもらったのではないことは私の心はもう知り尽くしています。 肉の喜び、幸せを追求するために肉体をもらったのではないことは私の心はもう知り尽くしています。しかしその肉の喜び、幸せすらも私は全く間違ってとらえてきました。欲にまみれた喜びであり幸せであった、だからそれは苦しみとなり自分の心に帰ってきたのが過去三億六千年の歴史でした。 アルバートの波動に触れ、アルバートヘの信が大きくなるにつれ今肉を持っている私が感じる肉の喜び、幸せは決して苦しみとはならない、その喜び、幸せがさらに意識の世界を広げていくようになることでしょう。 アルバートを心に持つということは、自分を信じられるということです。私はこの心を二五〇年後に繋いでいく意識であると確信している、だから肉の喜び、幸せに溺れず流されない、むしろそれを感じ心が大きく広く柔らかく温かくなっていく、そのような私自身になれると思っています。 それにはやっぱりアルバートです。アルバートを感じ信じているから、そしてそのアルバートを本当に信じている田池留吉の意識の世界を本当に心で感じ始めてきたから、肉の喜び、幸せは心の喜び、幸せと一致してくる、そういうことが心で段々と感じられてくると思います。だから肉を持たせてもらってよかった、初めてそう思える今、肉も意識もともに最高に幸せです。 闇も喜びも喜びで田池留吉にぶつけていける、そんな喜びを深く、深く感じさせてもらいました。 闇も喜びも喜びで田池留吉にぶつけていける、そんな喜びを深く、深く感じさせてもらいました。 喜びへと変わっていく自分の心の世界、心が大きく広がっていくそして何とも言えない温もりの中にともに存在していることを感じられるたびに、肉持てた幸せをかみしめています。そこにいるだけで幸せ、何もなくていいただその存在が幸せで嬉しい、そんな人との出会いを持たせて頂きました。だから私はとても幸せです。同じ方向に心を向けていく、そこに広がる世界はあなたと私の世界、私の心の中には田池留吉、アルバートしかありません。 アルバートの波動を心で感じアルバートの世界を心で感じ、肉と意識の境目がない世界、自由に羽ばたく世界、そんな世界を心で感じるたびに肉持つ窮屈さも同時に感じますが、肉持っているからこそまた感じられる喜び、幸せがアルバートの世界をさらに広げていってくれることでしょう。 私は田池留吉が異語で奏でるふるさとが大好きです。ふるさとのリズムに乗せてあの異語を聞いていると私のこの心は大きく広がっていきます。私のふるさと宇宙への思いが大きく募ります。真っ黒に汚してきた宇宙だけど苦しい宇宙だけどとても愛しいです。戻っておいで、帰っておいで、アルバートが待っているよ、お母さんの声が聞こえる、よかった本当によかった、私はこの道を一歩一歩進んでいけばいいんだ、ともに歩いていってくれるあなたと私はやっと出会えたよ、心が本当に喜んでいます。だから私はともに歩いていくことがそれが喜びです。 確かに存在するアルバートの世界を心で感じるほどに、この肉は器に過ぎない、しかしその器を通してまたアルバートが流れていくことがたまらなく嬉しい、今の私の心境です。 私には焦る思いも気負う思いもありません。だから誰かと比べて誇ったり落ち込んだりすることもありません。ただ淡々とアルバートの道を歩いている、歩いていく、これからもきっとそうだと思います。なぜならば私はこの心で確信しているからです。アルバートの存在、アルバートを思えば幸せな自分があります。誰よりも何よりも幸せな私自身を感じます。 確かに存在するアルバートの世界を心で感じるほどに、この肉は器に過ぎない、しかしその器を通してまたアルバートが流れていくことがたまらなく嬉しい、今の私の心境です。 そして肉を持って作ってきた地獄、その地獄を私は真剣に見ていく、ひとつでもふたつでも心で包んでいく、その作業を私は喜びでやっていきます。そうすることによって私の心の世界はさらに広がっていくことも感じています。 肉持ち次元をはるかに超えた世界を感じさせて頂いています。心に広がる宇宙、何とも言えない温もりの中にあります。温もり、心からどんどんどんどん溢れてくる、洪水のように溢れてくる温もり、私はどんなときもどんなときもこうして包まれてきたんだ、私はこんな中に存在してきたんだ、だからありがとう、ありがとう、ありがとうしかありません。この世界を心に持っていればもう何も本当にいりません。 目を開ければ地獄、しかしその地獄ですらもう私には地獄でなくなってくるようなそんな日もそう遠くないような気がしています。 自分に素直に生きることを望んできました。 自分に素直に生きることを望んできました。心の中の寂しさをしっかりと抱いてやれる私でありたいと思っています。砂をかむような空虚な世界、出口の見つからない暗闇の中で心を閉ざしたまま生きてきた、存在してきたたくさんの私がいました。誰も何も信じられずに心を許さずにきた、人間って所詮そんなものだと諦めの思いを抱えて影を一生懸命追ってきたように思います。 今世の肉は本当に幸せだと思います。心の地獄を喜びで見れるからです。喜びの自分自身を心で知り心で感じている、アルバートの世界を信じている、そんな私に蘇ったからです。 溢れるほどの温もり、優しさ、広い広い世界の中に存在している自分自身を感じるたびに三億六千年それ以上の私を愛しく振り返ります。お母さんの懐に帰れることをしっかりと伝えていきます。すべての意識が繋いでくれた、この心をまた来世そして未来へと必ず繋いでいきます。 心の奥深くに眠る地獄の蓋をどんどん開ける、三億六千年の総決算を間近に控え、そのことにエネルギーを費やしていきます。 いつでも両手を広げて待ってくれているあの温もりの世界、私達が帰るところはただひとつ、それを肉を通し伝えてもらった私達ほど幸せな者はいない、来世肉を頂いたとき私の心から再びその思いが噴き出してくることでしょう。 田池留吉を思いアルバートを思う、今世喜び、喜びでこの肉を終えていきたいと思っています。 中の目を開ける、二五〇年後の来世が瞼に浮かんでくる、アルバートがそこにいる、私は現実それを感じています。だから本当に幸せです。二五〇年後劇的な目と目の出会いがあってああそれから私達はずっとずっといっしょ、私の喜びはあなたの幸せ、あなたの幸せは私の喜び、そのような世界を展開していける、私のアルバートヘの思いはこれからますます広がっていくことでしょう。 来世へと繋いでいく今世、そしてアルバートとともに歩いていく意識であることに目覚め、本当の喜び本当の幸せアルバートの道を確信するための今世、今です。私はそのことをはっきりと感じています。 今世は田池留吉の八次元までだと伝えてもらいました。その八次元の世界をさらに深く、深く心で感じていく、そしてその心を来世へと繋いでいくそのコースを私は淡々として歩んでいきます。 心を委ね心を預け素直な思いを広げていける、肉と意識が混在するけどそれもすべてが喜びへとなっていく、私はその道を歩きながら、アルバートヘの信をまた一歩また一歩と培っていきます。 田池留吉を思いアルバートを思う、今世喜び、喜びでこの肉を終えていきたいと思っています。 私はこの道、アルバートの道を歩いていくだけです。 中の目を開ける、アルバートの目との劇的な出会いがあり、すさまじいエネルギーとともに瞬間的に四次元移行を果たす、そのような意識の流れの中にある喜びが心に響いてきます。二五〇年後のその喜びが心に響いてくるとき、過去からずっと触れたくない、見たくない、閉じ込めてきた心の奥底に眠る思いを今世こそはしっかりと見ていく自分自身になれたことがただただ嬉しいです。 重い扉を開け心を解き放ち心軽やかにアルバートの道を歩いていこう、険しいけどそれが本当のアルバートヘの道だと私は思っています。見たくない心こそしっかりと真向かいになって見つめていかなければと思います。そしてその勇気を与えてくれるのは私を支えてくれている愛のエネルギー、そのエネルギーを私の心はもうたくさんたくさん感じています。だから心を落とし込めることもない、思いを吐き出せば出すほどアルバートの世界がまた心に広がっていくことを私の心は知っています。 本当にアルバートを信じアルバートの波動を感じともに歩いていく仲間がひとりでもふたりでもいい、それで私は幸せです。私には田池留吉、アルバートがいる、母の温もりをこの心に持っている、だから気張ることも気負うこともなくただ田池留吉を思いアルバートを思う、そのことを淡々としていけばいい、私はそう思っています。私はこの道、アルバートの道を歩いていくだけです。 心の地獄の蓋がゆるんでずれてそれが開いていく、そしてどんどん奥を見ていく、心に響いてくるたくさんの私がいます。 心の地獄の蓋がゆるんでずれてそれが開いていく、そしてどんどん奥を見ていく、心に響いてくるたくさんの私がいます。以前はそんな自分自身を感じていても決して心を開いて語ることはしませんでした。今自分の中で確認できることが嬉しいです。喜びで心の深部に触れることができる、そのような心に変わらせてもらいました。そしてどんな自分でも私は受け入れていける、優しい思いで出していけると思います。なぜならば私はアルバートを知りアルバートを信じているかです。心を委ねることの喜びを感じているからです。 心の底から温もりに帰ろう、温もりに帰れるよ、そんなとろけるように優しい、優しい大きな温もりが湧き上がってきます。お母さんの懐の中に抱かれていた安らぎを心で感じるたびに、今までの自分がいかに冷たかったか、そしてこの心も肉体も粗末に間違った方向に使ってきたことを実感します。 私は本当に田池留吉と出会えてよかった、この出会いは予定されていたことではあるけれど、それだけに今とても大切な時間を頂いていることを身に沁みて感じています。 出口の見つからない地獄の底の底を這いずり回ってきた、そんな自分自身を本当に心で感じていくほどに、今世肉体を持たせて頂いてようやく真実の道、アルバートの道を歩き始めたこと本当に嬉しくてこれ以上のものはない、私は幸せのど真ん中にいることを感じています。 すさまじいエネルギーの中に埋没してきたその心の向きをすっと変える、そうしたとき心に広がっていく幸せな世界を私は感じています。 すさまじいエネルギーの中に埋没してきたその心の向きをすっと変える、そうしたとき心に広がっていく幸せな世界を私は感じています。だから私は幸せです。充分に幸せです。この世界を心に感じていれば本当に何もいりません。何もいらないけれど私は充分に満たされています。これからも心を繋いでいくためにすべてが整っていくことが感じられます。 それよりも何にも代えがたい幸せ喜びの世界、アルバートの世界、アルバートの波動、二五〇年後の来世そして未来へと続く意識の世界、そのようなことが心の広がりの中ではっきりと感じられます。だからアルバートを思う私の心は喜びで満たされています。ともにアルバートを確かめ合える仲間がいてくれればそれで私は幸せです。 心の中の地獄はしっかりとあり、現実地獄の中に存在しているから心は揺れることはあっても、田池留吉、アルバートを思えばまた幸せな私を感じられます。地獄の私がとても愛しいです。ごめんなさい、こんな狭い殻の中に閉じ込めてきたねと優しく抱いてやれます。地獄であっても地獄でないそのような私になりつつあります。 ただ田池留吉を思う、ただアルバートを思う、こんなにも幸せな世界そして温もりが心に溢れてきます。 愛、愛、愛が溢れている、幸せ喜びの世界をさらに深く、深く感じていくことでしょう。 アルバートがすべて、アルバートを信じている心が喜びをまた大きくしてくれる、アルバートの波動に出会えた私はもう言葉もありません、ただただ幸せです。 肉も意識もすべてを包み込む優しさ、肉だから意識だからの区別はなく丸ごとすべてを包み込むそんな優しさ、温もり、その波動の中に抱かれている私自身を感じるとき、本当の喜び、辛せは肉と意識がひとつなんだとしみじみ思います。 アルバートがすべて、アルバートを信じている心が喜びをまた大きくしてくれる、アルバートの波動に出会えた私はもう言葉もありません、ただただ幸せです。優しい、優しい、とろけるように優しい温もり、そんな中に生かされ愛されてきた、その現実を心で感じるほどに母への思いが膨らみます。肉体を持たせて頂いた喜びが心から溢れてきます。 それも心の中に地獄を見てきたたくさんの私がいるから、なおいっそう心に深く感じられるのです。地獄の底を生きてきたから本当の喜びに出会ったとき、その喜びが何倍にも何倍にも感じられる、ただただ田池留吉ありがとう、お母さんありがとうです。 心を委ねることの喜び、心をすべて委ねることの幸せを感じています。田池留吉の肉、田池留吉の意識、そこから感じられる世界は計り知れないほどの大きさです。温かさです。言葉もなく形もない、ただ波動だけが響いてくる、田池留吉の肉もなく私の肉もない、あるのはアルバート、アルバートの波動の中でともに存在しているという感覚です。 二五〇年後の来世が本当に待ち遠しいです。あなたにすべてをぶつけていける喜び、その喜びが待っています。 だから今世は、来世にきっちりと繋いでいくその道筋を一歩一歩確かめながら歩いていくだけ、すべては順調に流れている、そう思っています。 アルバートの目に私の思いがみんな吸い込まれていきます。 アルバートの目に私の思いがみんな吸い込まれていきます。 いつのセミナーだったかもうずっと前に私ははっきりとアルバートの目と出会いました。その時から急速に心の転回が進んでいったようにも思います。二五〇年後が今、来世の私を心で感じるとき私の喜びはもう例えようもないです。現実私はアルバートと出会っています。そして私には二五〇年後のその光景が心に浮かび上がってきます。 アルバートの目に私の中の意識達が一斉に飛び出し、私は気がつくとアルバート、あなたの胸の中に飛び込んでいます。そしてアルバートと私の周りにたくさんの人達が集っています。どの顔もどの顔もみんなみんな私の知っている人たちばかりです。肉の顔や名前を知らなくても私は知っていました。セミナー会場に集った仲間達、多くの人達に私は出会います。そしてそれぞれの人達の心から流れる喜びの波動が全世界に全宇宙に流れていきます。私達はアルバートとともにUFOとともに四次元へ移行する、それは一瞬の出来事です。 私はそのことを心で感じています。二五〇年後の来世の私そして未来の私を心で感じています。 三次元に踏み止まった心で見て聞いて歪んだ思いをぶつけられてもこの思いはもう止めることはできません。なぜならば私は私の心ではっきりと感じているからです。だから本当にアルバートを信じている人と私は歩いていきたい、そして素直にこの喜びを分かち合いたいと思っています。 だから本当に田池留吉の肉があるということがどれだけ大切なことなのかを感じます。 この学びには後継者はありません。 来世に繋いでいく学びではあるけれども、田池留吉の肉がある間に心に感じられた世界でストップです。後は各々それぞれが自分の心で感じた世界を大切にしていく、自分と田池留吉、アルバートとの対話により心を見てそして今世の肉の人生を閉じていく、そうしなければせっかく心に芽生え始めた喜びの道が知らず知らずのうちにずれていくことになっていくと思います。 形がない、ピラミツド型の組織がない、それだけに田池留吉の肉がなくなった後、本当に自分の心を信じる信がなければ他力の渦の中に巻き込まれていくことでしょう。 私達は教祖と信者の関係を長く作ってきました。根深く残るその思いを本当に見て、そして心に田池留吉、アルバートの波動を確信していなければ、長くこの学びに集ってたとえ心で感じるところはあっても簡単に他力の渦に飲み込まれていくと思います。その方向が違っていることさえ気付かずに一生懸命歩いていると思う危険性も多々あると思います。 だから本当に田池留吉の肉があるということがどれだけ大切なことなのかを感じます。 田池留吉、アルバートの波動を心で確信して今世の肉を終える、そうでなければ来世に繋ぎ四次元へ移行することは大変困難なことだと思います。 最終的には一人で歩いていく道です。その心をしっかりと持ちながらともに歩いていける、ともに喜びを分かち合える、それが本当の仲間だと私は思っています。 私は喜びも闇もアルバート、あなたに一直線です。 私は喜びも闇もアルバート、あなたに一直線です。 私の目に映るのはあなただけです。私の心にあるのは、田池留吉、アルバートだけです。 意識の世界は広い、広くて広くてその中を自由に羽ばたく自分自身を感じています。そして二五〇年後の来世、喜び、喜びの私を心でしっかりと感じています。アルバートを思う私のこの思いは誰よりも何よりも強いです。心を委ねる喜びを知りました。もう幸せなんです。 すべてが意識の流れの中で予定されてきたこととはいえ、やはり肉は不思議を感じていました。肉の私自身、よもやこんな展開になるとは思ってもみなかったからです。でも振り返ってみれば、私は私自身に一生懸命でした。素晴らしい自分になろうではなく、苦しい自分を何とかしたい、そのためにはどうすればいいのかと、伝えてもらったことを自分なりにこなしてきた、それがよかったと思っています。そして己偉い私には田池留吉しか目に入らなかった、そのことが本当に私にとってプラスでした。 そして肉は愚かで何ということもないけど、意識の世界の喜びだとか幸せを本当に感じてくると、愚かな肉をつかんで心を落とすことはなく、喜びの私を信じていこう、これが私なんだという思いが自然に強くなってきます。肉と意識の喜び、幸せが一致してくることも心で感じています。 田池留吉、アルバートだけを思う、田池留吉、アルバートだけを目指して一直線に歩いていく、そんな私が今とても嬉しくて幸せです。 アルバートの目と出会うということ、このことは本当にすごいことなんだと今更ながらつくづく思います。 アルバートの目と出会うということ、このことは本当にすごいことなんだと今更ながらつくづく思います。 喜びが肉の殻を突き抜ける、本当に衝撃的なものだと思います。その一瞬ですべてがはじける、瞬く間に黒が白に変わる、その喜びはもう想像も絶するようなものだということだけが分かります。その場面というかその時間、空間を頂ける、来世の私は間違いなくその喜びの中にあると確信しています。 この心を二五〇年後の来世に繋いでいくために肉をもらってきた、この肉に託する意識達の気迫のようなものを今実感しています。 アルバートの目を見る私の心はアルバートとの距離がなくなってひとつを感じます。この喜びはもはや表現する言葉がないようです。しかし私の心の中でははっきりとひとつを感じ幸せな私を感じています。肉も意識もひとつ、この心の体験は来世の出会いに大きな起爆剤となってくれることでしょう。田池留吉の肉がなくなっても決して薄れることのない心の体験、私はそれを積み重ねて二五〇年後に繋いでいくそのような意識の計らいを感じています。だから私は本当に幸せです。 田池留吉との出会いを待ち続けてきた、その思いをひしひしと感じるとき、今現実そのような展開になっていることがたまらなく嬉しいです。すべてを整えてきたそしてこれからもすべてが整っていく、意識の流れの不思議と喜びを存分に味わっていくことでしょう。 すべてがよかった、みんなよかった、そんな心でこれからも私自身を優しく、優しく包んでいける、幸せな私を感じています。 今世に賭けてきた思いの強さを心で感じるとき、今確かに予定してきた道を歩いていることが本当に嬉しいです。生きていく道、歩いていく道がはっきりと見えている、だから私は本当に幸せです。今世の肉の現象、みんなプラスでした。田池留吉と出会うためにみんな必要なことでした。 導かれてきたという表現は適切ではないけど、やっぱり私は私を導いてきたことに間違いないです。いつも本当の私の促しを受けて、道がずれれば直し曲がれば直しそして歩み続けてきたから今現在の私があることも心で感じられます。 広い、広い意識の世界に私のすべてが含まれています。すべての私がその中にあります。心をこっちへ向けてごらん、あなたは広い、本当に広いんだよって私は自分自身がとても愛しいです。広くて温かくて優しい思いが小さくかじかんできた心を包んでいる、本当に優しくて温かいです。 どんなにすさまじい心を使ってきても私は今このときを与えられている、これは紛れもない事実です。だから自分の心が見えてくればくるほど許しの中にあることが感じられます。また意識の世界の広さ、温もり、大きさを心で感じるほどに肉がどれだけ大切なものなのか、肉を大切にするということがどういうことなのか、意識の優しさが肉に響いてきます。肉に対してありがとうの思いが自然に沸いてきます。 ひとつ、私はあなたとひとつを感じています。優しくて温かい温もりに抱かれている私を感じています。すべてがよかった、みんなよかった、そんな心でこれからも私自身を優しく、優しく包んでいける、幸せな私を感じています。 アルバート、本当に唯一大切なキー・ワードです。 アルバート、本当に唯一大切なキー・ワードです。 アルバートを感じアルバートを信じることで私の心は本当に変わらせてもらいました。以前は苦しい心の中で苦しい心を見ていた、だけど今はその同じ苦しい心を見てもそれが嬉しい、幸せな中で広げていける、みんなよかったね、嬉しいねと自分を包んでいける、そんな心になりました。優しい、優しい私を感じます。苦しい心と出会ってもふっとアルバートを思えばすぐに幸せな私を感じます。こういうことが心の転回なんだなあと思っています。 二五〇年後が本当に待ち遠しいです。田池留吉を通しアルバートの波動、アルバートの肉がひとつとなって私の心に響いてきます。来世の私の喜びとともに心に響いてきます。アルバートと出会ってからの私はいつもアルバートの一番近くにいてアルバートの側を離れずにずっとずっといっしょ、そんな来世の私の光景が浮かんできます。 何もなくても幸せ、ただその存在が嬉しい、肉を持ちともにその幸せの中を次元を超えていく、それがどれほどの喜び幸せなことなのか想像をはるかに超えたものだと思います。 アルバートを十二分に感じている私、今世の私は本当に幸せです。そしてそれ以上いえ比べられないほどの喜びを来世の私は心で広げていきます。肉の環境を整えその喜びが爆発する、その意識の流れ、その流れを今感じている、だからこの道を真っ直ぐに、真っ直ぐに歩いていけるのです。 私は今本当に嬉しいです。幸せです。 私は今本当に嬉しいです。幸せです。 今世肉を頂き苦しい心を広げてきたけれど、それもすべてがプラスヘと変わりました。 心にアルバートしかない、そして来世に繋いでいくこの心を今しっかりと確認できている、淡々とその喜びが心に伝わってくる、今現在の私です。 私はひたすらにこの道アルバートの道を歩いている、歩いていく、そのような自分自身を心で感じています。アルバートに心を向けてアルバートとともに歩いていく、その幸せの中に浸っています。そういう意味で私自身独走態勢にあるような感じがします。我一番、他を寄せ付けないということではなく、淡々とひたすらにアルバートとともに生きることが幸せ、喜びである私自身を強く感じているということです。 揺るぎないアルバートヘの思い、アルバートヘの信があります。私には田池留吉、アルバートがすべてです。他には何もいりません。でもすべてが整っています。だから意識も喜び、肉も喜びの私があります。 アルバートの中に苦しい心も何もかもみんな溶かしていける、そしてアルバートとともに歩き続けます。それが私の幸せ、私の喜びです。 喜びは尽きることはありません。本当の優しさに出会えました。これ以上のものは何もないということを何度も何度も感じています。肉を持ち今そのような時間、空間を頂けることは何にも代えられない幸せ、喜びです。 この波動の中にしっかりと抱かれている、包まれている、心が優しさと温もりに満たされている、そして心が大きく大きく広がっていく、アルバートを感じアルバートを信じる心に喜びが幸せが溢れてきます。 アルバートとともにあること、今田池留吉を通してしっかりと確認できます。アルバートとともに歩いていける幸せをかみしめています。そしてアルバートを知ったから自分を愛し人をも愛しいと思える、本当の優しさ本当の愛はアルバートなくしては分からないことを今世学ばせてもらいました。 田池留吉を通し流れる波動、アルバートの波動、私は感じています。アルバートを待ち続けてきた心に響いてくる喜びは揺ぎない不動のものだと思っています。私にとってアルバートがすべてです。だからアルバートの中に苦しい心も何もかもみんな溶かしていける、そしてアルバートとともに歩き続けます。それが私の幸せ、私の喜びです。 アルバートとともに生き続ける未来がもう間近に待っています。その喜びの足音、心で感じています。 心で感じている波動の世界、喜びはとてもとても言葉で表現することなどできません。 心で感じている波動の世界、喜びはとてもとても言葉で表現することなどできません。自分が感じている喜びを何とか感じたまま適切な言葉に変換しようと思っても、それはある程度までです。幸せです、嬉しいです、喜びです、私はアルバートとともに歩いていく意識です、ありがとう、そのような言葉を連ねるしかないことがもどかしいです。 言葉を追っていてはまたか、またか、また同じ文章だとなってしまいます。波動でしか真実は伝わらない、また波動を感じてほしい、切実に思います。 私は今世アルバートとともに歩いていく意識であることに目覚めさせて頂きました。今世私はそのシナリオ通りに肉の環境を整え、予定通りの道をアルバートの道をひたすら真っ直ぐに歩いていることを心で確信しています。この喜びは例えようもなく大きく、これからももっともっと大きくなっていくことも心で感じています。 そして二五〇年後アルバートの目と出会って今世の心を来世に繋いだ私の心から流れる波動、喜びはもう想像もつかないほどのものだということも知っています。 だから私は二五〇年後の来世、厳しいシナリオを自分に与えました。今世と同じく予定通りに肉の環境を整えすべてを整えていきます。心から闇と喜びが一気に噴き出していく過程を経て次元を超えていきます。 永遠に続く意識の世界をともに歩いていけることを現実今心で感じている、その喜び幸せを私は波動を通してお伝えしたい、そう思っています。 軽い、軽い、羽のように軽く心は飛んでいます。 軽い、軽い、羽のように軽く心は飛んでいます。ぐぐっと広がって広い、広い空間を軽く、軽く軽やかに羽ばたいています。同時に喜びと何とも言えない温もりが湧き上がってきます。 波動、意識の世界、アルバート、ああ本当に幸せです。心でしっかりと感じている喜びの波動、幸せな世界です。確かにある、私はあなたと存在しています。アルバートの波動の中に存在している私自身、喜び、幸せの私自身を今感じています。 そして今現在の心の中で今世使ってきた心を振り返ります。そうしたとき本当に心の変化をはっきりと感じます。心が変わったから、苦しいエネルギーだけをぶつけてきた相手に対しても今はありがとうの思いで接することができる、そして私は本当に受け入れられて許されてきたということもまたしみじみ感じています。だからその人達がたとえ今世アルバートの道に出会えなくても、いつかきっとアルバートヘと帰っていけることを信じられます。私自身、心をアルバートに向けていればそれでいい、アルバートが伝わっていく、そういうことが信じられるのです。 アルバートを知らない心には、肉の喜び肉の幸せがあってもそれは本当の喜び、幸せではないこともその人達を通して実感です。本当の喜び、幸せはアルバートとともにある自分自身に目覚め、永遠の未来ともに歩き続けていくということを心で感じられなければ分からない、私はそう思っています。 生まれてこれただけで幸せでした。生んでもらったことが幸せでした。 ともに歩いていこう、心の中にそう呼びかけます。語りかけてくる意識達を優しく包んでいきます。生まれてこれただけで幸せでした。生んでもらったことが幸せでした。心からそう思います。 私はこの波動を心で感じさせてもらいました。田池留吉から私は伝えてもらいました。私のすべてを本当に優しく、優しく受け止めてくれている、優しさが溢れるほどの温もり、優しさが心に満たされていきます。これは私じゃない、こんなことは認めたくない、そうやって自分を否定してきた、閉じ込めてきた心が温もりの波動の中で浮き上がってきます。今あなたは私、私はあなた、そう伝えることができる心があります。 今世、今このとき本当に喜び、幸せの時間、空間です。今田池留吉と出会ってその世界、波動の世界を感じさせてもらうということ、感じられるということは本当にすごいことだと思います。もう言葉にもなりません。ともに存在するということがこれほどの喜び、幸せなのか、はっきりと心に響いてきます。 アルバートに心を向ける、アルバートの中にある幸せな私自身を感じています。お母さん、お母さん、ありがとう、心はただその喜びを感じ涙が頬つたいます。幸せな涙が零れ落ちるときまたアルバートヘの思いが一層募ります。 学びに集ってからは私には選択肢がありませんでした。 学びに集ってからは私には選択肢がありませんでした。この学びに賭けてきた、田池留吉に賭けてきた、だから今の私があります。予定されそして必然のこととはいえ今真っ直ぐに真っ直ぐにアルバートヘの道を生きている、歩いている、そんな自分自身を思えば本当に幸せです。 肉を頂いてきた三億六千年そしてそれ以前、苦しみの底に沈んできた心がやっとやっと浮上していきます。アルバートの世界へとその道は目の前に大きく広がっています。 田池留吉、私はあなたとの出会いを本当に待ち続けてきたことを何度も心で確認しています。だから今現実そのようになっていることが嬉しくてなりません。あなたを思う思いには欲の思いはありません。思えば嬉しい、思えば心に幸せが溢れてくる、思えばともにアルバートヘの道を歩きともにあることを感じる、だから今の私は本当に幸せです。 アルバートの波動の中で喜びを広げていける、ともに肉を持って幸せ、喜び、嬉しいを確かめ合える、だから肉を頂いたことが私には喜びとなりました。今世初めて喜びとなりました。 二五〇年後の来世、アルバートの目の中に田池留吉を思い出す私が楽しみです。必ず私は田池留吉をこの心に思い出します。今田池留吉を通しアルバートを見ているのと同じように私は田池留吉を心に蘇らせる、私の来世はそこからが出発です。アルバートといつもいっしょの私が来世の私です。 アルバートの波動と出会えた、これ以上のものは何もありません。 アルバートの波動なくして自己供養は不可能、アルバートを信じていない心で反省、瞑想を重ねてもセミナーに集い敏感であっても、決してアルバートの道を歩いているとは言えない、そう言えると思います。 この学びは厳しいです。でも簡単明瞭だとも思います。アルバートを信じているかいないか、それだけが問われます。 私はアルバートを信じています。田池留吉を本当に信じています。田池留吉から流れる波動を私はこの心で感じ信じています。だからともに歩いていく意識であることも心で感じています。 広い広い自分を感じたとき、広い意識の世界をこの心に感じたとき、どんな思いもその波動の中でみんな愛しかった、愛しいわが子のように感じました。どんな思いもただ愛しい思いでいっぱいになりました。包んで抱きしめてやりたい、優しい中にさあおいでと両手を広げて抱きしめてやりたい、出てきてくれたことがそれだけが本当に嬉しかったです。 意識はひとつを感じます。みんな私だと感じます。そう感じられるから心がさらに広がっていきます。温かい優しい温もりの中で抱きしめられている、お母さんの胸の中で抱きしめられている、その喜びが心に響いてきます。 本当の優しさ、本当の幸せ、喜びはアルバートの波動を知ることだと思います。アルバートがすべて、自分の心で何度も確認し納得しています。アルバートの波動と出会えた、これ以上のものは何もありません。 肉から意識への転回は本当に難しいと思います。 肉から意識への転回は本当に難しいと思います。しかしアルバートの波動を本当にその心で感じられたならば自然に心は変わってきます。そうならないのはどういうことなのか、セミナーにいくら集っても心の根本が変わらない限り結局何も変わらないということ、それをもっと心で受け止め心で踏まえていく真剣さと謙虚さが大切だと今つくづく感じています。そうしたときアルバートの波動を感じられなくしているのは他でもない自分自身であることも分かってくると思います。本当に田池留吉が伝えてくれた通りだと思います。 肉、肉で生きてきた三億六千年、それ以前を含め私自身すさまじいエネルギーをこの心に抱えています。しかし私はその心の片方でアルバートの世界、アルバートの波動、その喜びの世界を本当に感じています。喜びの波動の中に生かされている自分自身を私は確かに心で感じています。だから私は嬉しいんです、幸せなんです。そしてただただこの喜びをお伝えしたいという思いになります。肉の私は何もできません。しかしアルバートの波動に目覚めその喜びが心に大きくなっていけば、この波動を感じていってほしい、そして波動を感じてともにアルバートの道を歩いていきましょうという思いが溢れてきます。 私達はちっぽけな肉ではありません。広い広い波動の中にアルバートの波動の中に生かされている、幸せな存在であることを私はお伝えしたいだけです。そしてこの心が二五〇年後に繋がっていき、また二五〇年後の来世もこの喜びをお伝えできることが感じられるのです。だから本当に幸せだと私は思っています。 田池留吉との出会いがあり、波動を感じ意識の世界をどんどん感じていく、こんな幸せな人生を自分に用意してきた、今そのことをしみじみ感じ本当に幸せ者だと思っています。 私の思いは二五〇年後に、私の心は未来の私へと心が大きく羽ばたいていっているようです。 私はアルバートとともにあなたとともに歩いていく意識であり、未来に生きる自分自身を心で感じている、こんな幸せなことはありません。 アルバートが実在する、アルバートを感じ信じともに存在する喜びが心に広がっていきます。今私はこのことを心でしっかりと感じられます。この喜び、幸せは言葉で語ることはできません。 必要があるから今世肉を頂きました。アルバートの波動に目覚め心を二五〇年後の来世に繋いでいくために必要だから生まれてきました。予定通りであるけれど、今改めて振り返ってみて感慨深いものがあります。予定の道を歩くためにすべてが整えられてきた、そしてこれからもそうだということを感じます。幸せです、ありがとうしかありません。 田池留吉との出会いがあり、波動を感じ意識の世界をどんどん感じていく、こんな幸せな人生を自分に用意してきた、今そのことをしみじみ感じ本当に幸せ者だと思っています。肉を持って田池留吉と出会えた、肉を持ってアルバートと出会える、肉を含めすべてが私にとってその存在そのものが喜びです。ともに歩きともに永遠に生きる、だからひとつ、ひとつが喜び、ひとつが幸せ、田池留吉、アルバートの世界を私の心でさらに深く広げていくことだろうと思います。 意識の流れは変えることはできません。 UTA会セミナーはエルランティの光セミナーの延長ではありません。本当に最後の最後の直線コースです。心を来世に繋いでいく、そのために大切な時間、空間です。 他力の思いでセミナーに集っていないか今一度自分の心に素直に問い掛ける姿勢が大事だと思います。 目覚める予定の意識達はすでにアルバートの道を歩き始めています。そうでない意識達は残念ながら二五〇年後を待たなくてはならないでしょう。それも、全部自分で決めてきたことです。肉の学びではありません。意識の世界は厳しいです。しかしこの喜びこの波動は間違いなく自分の心に存在することそれが本当に心で分かってくれば、こんな幸せ、喜びはないことも自然に心で分かってくると思います。 私はアルバートを感じアルバートを信じています。アルバートの波動のみが存在することを心で感じています。この喜びを私は二五〇年後もまた伝え続けていく、言うならば発信基地になることも私は心で段々と感じてきました。だから私にとって田池留吉が教えを垂れる教祖でも何でもない、ただアルバートとともに歩んでいく仲間であり、だからともに歩いていける、ともに存在することが喜び、幸せだと心に響いてきます。 意識の流れは変えることはできません。その流れの中で私は自分で決めてきたアルバートヘの道をただ歩いていくだけ、そこに肉の私が入り込む隙間はありません。だから肉を誇ることも肉を表すこともない、ただこの喜びをお伝えするだけです。 アルバートの波動、アルバートの世界、その一言に尽きます。 今回のセミナー、私にとって本当に実り多いセミナーでした。アルバートを伝えていく喜びをしっかりと心で感じさせて頂きました。これは二五〇年後の来世と全く同じだということを確信させて頂いたこともまた嬉しいです。 そしてやはり今回のセミナーも一番の山はアルバートの波動でした。 アルバートの波動、大きな大きな愛のエネルギーが力強く宇宙へと流れ出していることが感じられました。途轍もなく大きな大きなエネルギー、そんなアルバートの波動を心で受け心で感じられるセミナー会場、その場に集えることがどれだけすごいことなのか、私はアルバートの波動、アルバートの世界を感じれば感じるほどそのように思います。あの場に集える、肉を持って集える幸せ、喜びを本当に感じます。アルバートとひとつ、アルバートとともに、何とも言えない喜び、幸せの中にありました。 地球を宇宙を大きく変えていく愛のエネルギー、大きくて広くて力強いそれでいて優しい優しい波動、それがアルバート、田池留吉の肉を私の中で取っ払ってしまえばしまうほどに、私はアルバートの波動をさらに深く大きく感じていくようになるでしょう。 アルバートの波動、アルバートの世界、その一言に尽きます。そのエネルギーが地球をそして宇宙を変えていく意識の流れ、壮大な計画の中でこうして肉を持ちともにこの喜びを広げていけるということ、もう言葉が見つかりません。 素直に素直に心の深部を自分の心の中で広げていける包んでいける、私自身の最大の課題に取り組んでいける、そのような私にようやくなれました。 素直に素直に心の深部を自分の心の中で広げていける包んでいける、私自身の最大の課題に取り組んでいける、そのような私にようやくなれました。 苦しかった、本当に苦しかった、そうぽつりと眩いたその心、本当に愛しく思います。一番包んでいきたかったその思い、アルバートヘと心を向けてやるとただただありがとう、ありがとうと返ってきます。優しい思いが心に響いてきます。それを感じたとき、ああ私は本当にこの心を解き放していきたかったんだなあと実感します。だからこれからその作業を進めていけることが喜びです。そうですしっかりと受け止めていくことができる、なぜならばアルバートが心にあるから、もう今世こそは大丈夫です。暗い思いに暗い思いを重ねてきた、そんな自分が今本当に愛しいです。 私は幸せの限りです。心を解き放つことによりさらにアルバートの波動が流れていきます。もっともっと優しく優しくなれる、そしてその優しさがまた幸せを喜びを誘っていく、そしてまた私の暗い部分が解き放たれる、そのようないい循環が繰り返されふと気付けばそこにはアルバートの世界がさらに大きく広くしっかりと広がっています。私はそのことを心で感じています。だからこれからの私はますます幸せ、喜びの中をただひたすらアルバートとともに歩いていくことでしょう。このことを私は確信しています。 アルバートがすべて私のすべてです。 闇をさらけ出したから心が解き放たれることはありません。もちろん心にいっぱい詰めていては、それが重くて重くて心の自由とは程遠いですが、本当に心が自由で自分自身は自由、心が軽いと実感するにはやはりアルバートの波動を知ることでしょう。 アルバートの波動の中でアルバートとともに自分が培ってきた闇の部分を出してあげる、その波動の中に溶かしてあげる、その優しさそしてアルバートを信じる信の強さ、これを飛ばして心の自由も心の解放もあり得ないと私は感じています。 私自身心の奥底に眠る思い、それをずっとずっと闇の本当に汚いドロドロの部分だと信じて疑わなかったです。しかしそれは間違いであったと今感じています。本当は大きな大きな喜び、私はその本当の喜びを知らなかっただけだった、アルバートが心になかったから闇だと忌み嫌い閉じ込めてきたに過ぎなかったと今は思っています。そう思えるのもアルバートの波動と出会い私自身の心が変わらせてもらったからです。田池留吉を通してそのことに気付かせてもらいました。 心がスッカラカンになるまで私はその思いを自分の中で見続けます。出してあげる、思いを向けてあげる、それがどれだけの優しさであるのか今世の私はようやくそんな優しい自分と出会えました。だから私はとても幸せなんです、嬉しいんです。だからアルバートがすべて私のすべてです。 ひとつを感じます。 ひとつ、私の中では田池留吉もアルバートも私もその肉を含めひとつです。ひとつを感じます。心にひとつの大きな大きな喜びが広がっていきます。お母さんの温もりの中にひとつだと本当に心で感じられるのです。 私には欲も得もありません。ただこの喜びをお伝えしたい、心を全開にして波動を伝えていきたい、お伝えすることの喜びを心で知りました。田池留吉から流れそして私へと伝わっていくこの意識の流れを心で感じます。肉は特別でも何でもない、だけどただそういう意識の流れが厳然としてあることを感じます。 アルバートの波動を心で知ればすべてが解決していく、本当にアルバートの波動を心で感じれば自然に心は変わっていく、私にはその体験、経験があります。私を信じてくれてずっと待ち続けてくれてきた田池留吉の優しさ、喜びが伝わってきます。ともに歩いていける喜びがさらに大きくなっていきます。 心が穏やかに静かに広がっていく、私はあなた、あなたは私の世界を心で感じこれが未来の私だとしっかりと感じられる、そこにはもう田池留吉もアルバートもなくただひとつだという世界が広がっています。二五〇年後の劇的爆発的な喜びを経て私の意識の世界、未来が心に広がっていきます。 それはどこまでもどこまでも広がっていき、温もりの中にともにあるそんな喜び、幸せの世界です。このことを言葉じゃなくて波動で心でキャッチしてくれる仲間が一人、二人と増えてくれたらと私は今思っています。 まさにアルバートとひとつを感じます。 私はアルバートの波動に目覚めアルバートの波動を流していくそのような意識の流れの中で今世の肉を頂いたことを今はっきりと心で感じられます。 アルバートの波動を流していく意識が肉を持ったと表現しても当たらずといえども遠からずとそのような感想を持っています。なぜならば広い、広い次元を感じればただもう喜びが広がっていくからです。そしてはっきりと私の中の宇宙が喜んでいるそして変わっていくことを感じます。そこには肉の私はありません。ただはっきりとそう伝えてくる意識であることを感じているだけです。 私はこの三次元に転生してきました。だけど宇宙にはたくさんの私の仲間がいます。二次元以下に止まっているたくさんの仲間がいます。ともに四次元ヘアルバートヘ心を向けていこうと心の中からその思いが飛び出してくるのです。 私は喜びの波動を流すために三次元に転生してきた、なのに全くそれとは反対の波動を流し続けてきたことに対して本当に申し訳なかったという思いが溢れてきます。今ようやくそのことに気付き本当に心からアルバートと出会え、アルバートを流していける状態になったことを私自身一番喜んでいます。私は最高に幸せです。 アルバートヘの道が一直線に見えその道をひたすら歩いていく私自身を感じるとき、当然肉も幸せ、喜びの中にあります。なぜならば私はいつも一緒、この喜び、幸せをともに広げていけることをはっきりと感じられるからです。まさにアルバートとひとつを感じます。 己一番のチャネラーの末路がどんなものなのか私の心は知り尽くしています。 己一番のチャネラーの末路がどんなものなのか私の心は知り尽くしています。私はそのような過去の間違いをもう二度と繰り返したくない、その思いがしっかりとありました。今世私が田池留吉と出会った時期、そして私自身が心を開いた時期、それらを振り返れば全部丁度いい時期に設定されています。そのことは私にとって本当に大きな愛だと思っています。淡々と着実に自分の歩く道を自分の心の中に見出せたことが本当によかったと思っています。私は自分の心を自分を救うことで精一杯でした。 今、肉を持ってアルバートの波動と出会えアルバートの世界を信じていけること、本当の自分に帰りたいと叫んでいるたくさんの私自身にアルバートを伝えていけること、それが私には喜びなんです。自分に冷たかった私に対して優しい思いを向けられる今が本当に幸せなんです。 アルバートヘの道は生易しいものではありません。三億六千年それ以上かけて分からなかったことを後僅かの時間の中で成し遂げていく、だから心の針がアルバートからずれていけばたちまち狂ってしまうことも心で感じています。 自分を生かすも殺すもすべては自分次第です。しかし私はこの喜びの道をともに歩いていける幸せ、喜びを心でしっかりと感じています。過去の過ちを繰り返す今世の私ではありません。もちろんそれは来世の私も同じです。ただアルバートを信じアルバートとともに存在する喜び、幸せの私がそこにいることを確信しています。 私にとってアルバートが心にあれば、もう今世の私はそれですべてよしです。 道を求めるのに必死、しかしそれは決して欲ではなく本当に真摯な思いでここまでやってきました。肉の私の思いはもちろんありました。だけどそれよりも何よりもこの心が切望していることに心からの叫びに、本当に耳を傾け素直な心の命ずるままに従っていこうという思いが強かったです。今世この肉を頂いてようやく肉の持てた幸せ、喜びを心でしっかりと感じられる私が今ここにいます。 すべてに平等に与えられている、本当の自分に気付きそこに帰るチャンスはみんな平等に与えられている、そんな幸せの中に包まれていることに気付くかそうでないか、それだけの違いなのだと思っています。 アルバートの波動を心で知りアルバートの存在を実感するほどに、肉の私って一体何だろうかと自分に訊ねている、そんなとき肉の私という思いが段々弱まっているような感じがします。そして肉を持ってこのように生活をしていることすら、以前は肉がやっているという感じが強かったけれど、今はみんな意識の流れの中にただこの身を委ねていくだけで整えられていくような気がします。 私にとってアルバートが心にあれば、もう今世の私はそれですべてよしです。後はこの心をしっかりと確実に来世へと繋いでいくことだけに集中していけばいいという思いでいます。それに充分過ぎるほどの環境を今世整えてきた、そのシナリオを描いてきたそのことが心で感じられてだから私は最高に幸せです。 本当の優しさは自分の心にあること、アルバートとともにあることを心で知る以外に苦しみから自分を解き放つことはできないことを今世の肉を通し私は感じさせてもらいました。 肉は特別に何もしなくてもいい、アルバートを信じる心さえあれば喜びの波動は自然に流れていく、周囲に柔らかな優しい波動が流れていく、その中で肉は喜んで生活していけばいいだけなんだと思いました。みんなお母さんの温もりをその心で知っている、だからお母さんの温もりに帰るために肉をもらってきたことを知っています。それだけでした。そのことに気付き素直な思いで生きていけばこんな簡単で幸せなことはないと思います。思いますけど意識の転回がなければこれほど難しいものはありません。しかし意識の世界は流れています。大きな計画があります。そのことを感じているから必ずアルバートの波動と出会え目覚めるチャンスはみんな平等に与えられているし、そうだと信じています。みんなひとつです。意識達はみんな優しい、そして本当の自分に、本当の優しさに、お母さんの懐に帰ることを待ち望んでいることを感じます。 本当の優しさは自分の心にあること、アルバートとともにあることを心で知る以外に苦しみから自分を解き放つことはできないことを今世の肉を通し私は感じさせてもらいました。非常に大きな一歩です。心で知ったということ、心で気付いたということ、それが喜びです。その喜びがアルバートの世界をさらに深く大きく広げていきます。この地球を宇宙を変えていくエネルギー、アルバートが流れていくということは本当にすごいことだと壮大な意識の流れ、計画に思いを馳せたとき、心からそう思います。 宇宙が喜び、宇宙が喜んでいる、アルバートの波動を感じる中でその思いがビンビン伝わってきます。 宇宙が喜び、宇宙が喜んでいる、アルバートの波動を感じる中でその思いがビンビン伝わってきます。宇宙が変わっていくことの喜び、本当にアルバートを待ち続けてきた意識達の喜びが心に響いてきます。 嬉しい、嬉しい、真っ黒な真っ黒な宇宙が変わっていく、アルバートが流れ出している喜び、もう何とも言えない本当にこれは何にも代えがたい喜びです。 アルバート、ありがとう、ありがとうこの言葉、思いしか出てきません。アルバートの波動を感じもっともっと優しく優しくなりなさいと伝わってきます。そうです、アルバートの波動に目覚めた意識から優しい優しいとろけるように優しい波動が流れていくことでしょう。 宇宙は私達のふるさとです。そしてその宇宙にはアルバートがあるだけ、アルバートの波動のみが宇宙を変えていける、変わっていく宇宙から大きな喜びの波動が流れていきます。 超宇宙的なアルバートの世界、私はこの心でその世界を広げてまいります。アルバートとひとつ、アルバートとともに、もう何もありません。喜びとありがとうしかありません。 宇宙からやって来て宇宙へ帰れる、ふるさとへ帰れることを心は知っている、アルバート、ありがとう、嬉しいです。 とっても懐かしい、本当に懐かしい、お母さんが両手を広げてさあおいで、帰っておいでって言ってくれている、とても嬉しい、嬉しくて嬉しくて仕方がありません。 心がどんどん広がっていき宇宙へと向いていきます。そうしたとき必ず帰れる、ようやく帰れる、だからとても嬉しい、この喜びが心にどんどん伝わってきます。優しい優しい本当に優しい波動が伝わってきます。宇宙は私の心にあります。そして確かに宇宙から、UFOから心に伝わってくる波動がある、コンタクトしてきている、そしてみんな喜びを伝えてきている、苦しかった思いも悲しかった思いもみんなみんな喜びへと帰っていける、そんなこれからがあることを私の心に伝えてきます。肉を通しこのような世界を感じそして喜びへと帰る意識の流れを感じられることがただただ嬉しいです。アルバート、ありがとう。本当にありがとうです。 アルバートの波動の中で宇宙を感じているとき、心がとてもとても軽い、そして懐かしくて嬉しくてこの三次元をはるかはるか超えた世界に今存在している喜びだけが伝わってきます。それが私にとって現実、今現実心で感じている世界、こんな嬉しいことはありません。宇宙からやって来て宇宙へ帰れる、ふるさとへ帰れることを心は知っている、アルバートありがとう、嬉しいです。 答えは簡単、アルバートです。アルバートがあるからこの喜び、幸せに出会えています。 その優しさに戸惑うほどです。本当に優しい、これほど優しい人すなわち波動と巡りあったことはありません。だからあまりにも優しすぎて戸惑いを感じます。 何でこんなに嬉しいのだろうか。寂しい思い、悲しい思いを出しても何でこんなに喜びなのだろうか。みんな吸い寄せられていくような、安らぎの中へ温もりの中へみんな包まれていく、その喜びその幸せ本当に心から嬉しい、ありがとうありがとうの思いだけが溢れてきます。 答えは簡単、アルバートです。アルバートがあるからこの喜び、幸せに出会えています。心に伝わってくる響いてくる優しさ温もりその波動を感じています。 ずっと意識の先行に肉はその差を感じていました。肉があるから肉の思いがあって当然で、それがどれだけ意識の方に同化していけるのか、私自身の中でほぼ肉と意識が一致してくる方向にこれから進んでいくことを感じています。そのことが進んでくるにつれまたアルバートの世界が広がっていく、深い喜びを感じそして田池留吉の世界を確実に心で捉えていく、その肉がなくなっても私にはあるに等しいところまで波動で感じられる、そんな心の成長があるだろうと思います。心を来世へ繋いでいく、今世の大切な仕事を喜びでやり遂げてこの肉を終えていくようになることでしょう。 すべてはこのためにあった、アルバート一直線コース、その心は大きく頷いています。 何とも言えない思いを感じています。本当に嬉しい、もう本当に嬉しいです。やっぱりお母さんでした。こんなに優しい温もりの中に抱かれている、それが痛いほど伝わってきます。心がはちきれそうなくらいに嬉しいです。 アルバートを共有できる、その喜びの中で歩いていけることを感じられる、この波動さえ感じられればもう何もいらない、何もなくても幸せ、こんなに幸せ、私は嬉しいって叫びたい思いになります。 アルバートの世界、ただひとつ絶対の世界です。私はその波動の中で自分自身の課題を見つめながら、ただ前へ前へと歩みを進めていくだけです。そういう時期を迎えられたことが嬉しいです。すべてはこのためにあった、アルバート一直線コース、私の心は大きく頷いています。 人は波動だ、田池留吉を思うとき、田池留吉を感じるとき、つくづくそう思います。 人は波動だ、田池留吉を思うとき、田池留吉を感じるとき、つくづくそう思います。肉として見る心の苦しさもまだまだありますが、田池留吉の世界を心で感じるほどに、田池留吉は喜びの波動として私の中に存在し続けていることを感じ、そしてそれは優しい、本当に優しいそして温かい温かい温もり、まるで真綿のように包んでくれているその中にただありがとう、ありがとうを送り続けてくれていることを感じます。このことはこれからの私にとってとても大切なことです。いずれ消えゆく肉をどのように私の中で消化していくかというひとつの課題があります。文字通り田池留吉を波動として受けていく心の状態でなければ、来世へ繋いでいくということは難しいです。だけど私はそのことをやり遂げるということを確信しています。だから淡々とそして素直に心を向け心で感じられる世界、波動を信じ広げていく積み重ねをしていく、それがより一層求められることだと思います。 課題は課題としてありますが、その一方でアルバートの世界、アルバートの波動、心で感じられることがただただ幸せ、喜びの私もまた確かです。心が広がっていくときアルバートの波動の中で私の中の宇宙が喜んでいること、そしてその懐かしさたるや心に響いてきてただ嬉しいと表現するには物足りないくらいに嬉しいです。アルバートが宇宙へと流れていることが本当に感じられるからです。だからとても嬉しい、言い表す術がないけれど心に伝わり心に響いてくるからこれほど確かなことはないです。私は課題をクリアできる、その確信はここにあることを感じています。 アルバートを感じアルバートの宇宙を感じ心が大きく広がっていくその喜びを感じていけることはそれはもう大変な喜びです。 田池留吉と出会い本当の人生、歩いていく方向を伝えて頂きました。目覚めを頂き私自身の意識の世界に大きな変化があったことは心で実感しています。確かな意識の世界が心に広がっている、アルバートを心から待ち望みアルバートを思う思いの強さを感じるとき、ああこれが本当の私だと心の底から思います。 アルバートを感じアルバートの宇宙を感じ心が大きく広がっていくその喜びを感じていけることはそれはもう大変な喜びです。そのアルバートの波動の中で自分の苦しい心を語る、出してやれることがたまらなく嬉しいです。苦しくて暗い私を語っているのに私はとても優しい優しい自分自身を感じています。自分を自分の心で抱きしめていく何とも言えない嬉しさが心に広がっていきます。車の両輪、しっかりと回してアルバートの世界をさらに広げていくことが本当の幸せの道、喜びの道だということを実感しています。ともに歩いていくから喜びなんです。お母さんの温もりへ帰ることを知っているから自分を置き去りにはしません。ともに連れ立って歩いていこう、私が私に送るメッセージ、心に抱いて私は今世生まれてきました。 心の底から喜びと温もりを感じるとき、今世肉を頂いたことがどれほどの喜びであるのか本当に実感します。 心の底から喜びと温もりを感じるとき、今世肉を頂いたことがどれほどの喜びであるのか本当に実感します。一時の肉の思いに揺れて今世のこのチャンスを棒に振るようなそんなことは決してあり得ない、どれだけの思いで肉を持ってきたのかということが心に響いてきます。そしてまずはアルバート、アルバートを心に持つということがすべてなんだという思いも強く感じています。肉の喜び、幸せもアルバートがなければないのであって、逆に言えばアルバートを本当に心から信じているならば肉も喜び、幸せだということだと思います。 アルバートヘの道は両刀遣いは不可能です。肉の喜び、幸せを求めながら意識の世界を広げていくことはできない、そんな生易しいものではないことは心が一番よく知っています。だけど本当にアルバートの波動と出会いアルバートの世界を信じていけばそれは肉の喜び、幸せへと繋がっていく、そしてそれが本当の喜び、幸せなんだと思っています。 だからまずアルバートです。アルバートとともに歩いていける喜び、このことを心で本当に感じてきたならば何も必要はない、意識の世界には何の狂いもなかったことを感じるし、すべてはシナリオ通りに流れていることも感じます。肉で生きてきた私にとって肉を頂いてこの幸せ、喜びの中にあることを感じられることが怖いくらいに嬉しいです。肉と意識がひとつになって感じられる喜び、幸せ、それがアルバートの愛の世界、真実の愛の世界だと私は思っています。 待ち続けてくれていました。信じ続けてくれていました。その思い、その波動と出会うことができた今世です。 待ち続けてくれていました。信じ続けてくれていました。その思い、その波動と出会うことができた今世です。どんなに裏切っても捨ててもずっとそこにありました。両手を広げて迎え入れてくれている優しさ温もりお母さんがいました。間違いなく私の心の中にふるさと、お母さんが生き続けていたことを感じ、もう言葉もありません。ただただ嬉しい、喜びです。必ず帰ります、その思いにうそ偽りのないことを感じます。 私はアルバートの波動と出会いました。そしてアルバートの世界が心に広がっています。これは誇張ではありません。心で確信した道を歩いています。だから私の喜びは本物だと思っています。肉の私は何ら変わるところはありません。ただ肉の私が言っているのではなく意識の流れの中にあるその意識が伝えてきていることだという感じがします。 本当にアルバートの波動と出会って、本当の喜びを感じていってほしいという思いが私の心の中にあります。私はこのことを決して上から言っているのではないと思います。今世肉を頂き田池留吉と出会い学びに集ったことを無駄にしてほしくないという思いがあるのです。 私は本当に出会いました。だから己を表す方向には行かない、ただアルバートの道をともに歩いていきましょうその思いを伝えていきたいだけなのです。真っ直ぐに伝えていきたい、ただそう思っています。 宇宙に向けてセミナーが行われている、その通りだと心で感じられます。 宇宙に向けてセミナーが行われている、その通りだと心で感じられます。遥か宇宙の彼方からこの地球目指して意識達が結集している、何か三次元的な表現だけど心で感じる思いはそのようなことです。懐かしさとともに嬉しさが込み上がってきます。何とも言えない喜びを感じます。何もいらない、本当に何もいらない、ただただありがとうの思いと嬉しいという思いが出てくるだけです。本当に嬉しいです。肉を持ってアルバートの波動と出会いメッセージを宇宙へ流していけることが嬉しいです。この喜び、宇宙へ向けて放たれる喜びの波動、心で感じられることがまた喜びです。 アルバート、ありがとう。これからもよろしく。宇宙の喜びが心に伝わってきます。三次元に肉を持ってきてよかった、本当によかったです。ようやく今世アルバートを伝えていけます。だから本当に嬉しいです。宇宙からやってきた私、そして宇宙へ帰る私、ともに帰る意識達の喜びが肉を通し感じられる今世この時間、何にも代えがたいです。宇宙が変わっていくことが本当に心に響いてくる、それがたまらなく嬉しい、無茶苦茶嬉しいです。 アルバートの波動を感じ信じその世界を心に確立し始めて、よりいっそう宇宙へ心が大きく向いていきます。 アルバートの波動を感じ信じその世界を心に確立し始めて、よりいっそう宇宙へ心が大きく向いていきます。喜びで宇宙へと心を向けられるようになりました。それが本当に嬉しいです。この地球上の転生だけでなく宇宙からの意識達がこの肉に繋がりコンタクトしてくる、そしてそれに応えることができるようになったこの心が本当に嬉しいです。 宇宙への思いは並々ならぬものがありました。アルバートと思えば宇宙に心が向く、宇宙を思う思いがアルバートを私の心の中に広げていき、またアルバートを思えば心の中の宇宙が広がっていく、切り離せないものをずっと感じてきました。いよいよ時機到来という感じがします。 でも宇宙はそれが単独であるのではないことも感じています。地球上での転生の時に積み重ねてきた肉にまつわる様々な思い、その思いを自分の心の中で解き放ち心が軽くなればそれだけまた宇宙が心で分かってくるというかはっきりと感じてくると思っています。 宇宙ヘアルバートが流れそして喜びが伝わってくる、喜びとともに宇宙からのメッセージも伝わってくる、それを心で受け止めまた宇宙ヘメッセージを流していけること、それが現実となった今私は本当に嬉しいです。田池留吉、アルバートの波動の中でそれが実現できる喜び、幸せをこれからさらに感じてまいります。 アルバートの波動と出会うということはすごいことだと本当に思います。 宇宙、そしてUFOを思うとき以前の私と随分変わっていることを心で感じます。UFOに思いを向けることさえずっと拒否してきた、だからUFOに思いを向けてと言われても喜びのUFOを受けていきたいという思いでUFOに思いを向けそのメッセージを聞いてきました。 でも今は違います。すべてのUFOを受け入れていきたい、宇宙にさ迷っているUFOの思いが本当に心に響いてきます。そしてそのことが嬉しい、優しい思いで受け止めていける自分がとても嬉しいです。みんな私だから、本当に愛しいという思いでいっぱいです。アルバートの波動と出会うということはすごいことだと本当に思います。自分でも驚くほど優しい、そんな私を感じるからまたいっそうアルバートを思い、お母さんを思い、その波動を感じ喜びを感じます。 そうしたとき私は必ず伝えるよということを約束してきたことを心で思い出したのです。肉が自分という思いに振り回されてきた三億六千年、その約束はずっとずっと心に閉じ込めたままでした。今世ようやくその約束を果たせる、そのことが本当に本当に嬉しいです。待っている仲間達がたくさんいました。 田池留吉の肉がなぜ今あなた方の目の前にあるのかということをもう一度心で考えでみてくださいというUFOからのメッセージがありました。大きなポイントだと思います。肉と意識がひとつの世界、それが田池留吉の世界、そのことを本当に心で感じていくほどにまたアルバートの世界が広がっていくのだと私は感じています。 これから宇宙と心をひとつにして展開がなされていきます。 これから宇宙と心をひとつにして展開がなされていきます。アルバートの波動の中でそれが大きな流れです。そこには宇宙からの呼びかけがあります。そうです、天変地異です。今までの天変地異など比べものにならない大きな規模、なぜならば宇宙ヘアルバートの波動が流れ始めたからです。 宇宙規模の天変地異、それはアルバートを求める思いが起こす現象です。 愛、天変地異は愛、本当の愛、そう伝えてくる波動、喜びの中でそのメッセージを心で受けました。 二五〇年後に肉持つときアメリカの地は何度かの天変地異を受け変わり果てた姿をしています。しかしそこに喜びの花を咲かせともに四次元へ移行するという計画があります。現実のものとして心に伝わってきます。 闇を流し続けてきた意識、そして喜びの波動を流し始めた意識、ひとつに重なってともに歩いていくこれから、私は喜びです。 私はすべての意識達に目覚めを促します。アルバートの波動に目覚めなさい、肉持つ持たないに関係がなく私は二五〇年、三〇〇年かけてそう呼びかけてまいります。 今宇宙からのメッセージをこの肉を通しお伝えできることが喜びです。宇宙そしてUFO、天変地異すべては波動としてわが心にある、アルバートの中でひとつだと感じられるその喜びが心に広がっていきます。 第一歩を踏み出した、そのことが私にとって本当に幸せです。 宇宙に心を向けていこうというぺ一ジが加わり、多くの喜びの言葉が連なっています。仲間達が宇宙へと心を向けています。でも私は果たしてという思いを感じました。それが率直な感想です。 私達は本当に間違ってきたんです。真っ黒い真っ黒いエネルギーを宇宙に垂れ流し、これこそが宇宙だとやってきたのが私達です。そのことを本当に心で感じ本当にアルバートヘ帰ろうと心の底から思いが上がってきて宇宙へと心を向けているのだろうかと思いました。 ホームページに載せてあるものがどうだとかではなく、宇宙と心を向けるそのエネルギーが旧態依然で何かしら少しズレがあるようなそんな感じを受けました。 とにかく宇宙に心を向ける、アルバートの波動の中でそれが本当に現実のものとなった今世、私達はほんの第一歩を踏み出した状態だと思います。田池留吉が伝えてくれる宇宙、アルバートの世界は無限大のものであり、今感じている波動がほんの微々たるものであってもそれを心で感じられるそのことが喜びだと思っています。田池留吉が肉持ってくれたこと、そして私も肉を持てたこと、ただそのことだけが本当に嬉しくて幸せだと思うのです。 田池留吉の世界、田池留吉、アルバートの波動その宇宙、一瞬のうちにすべてを包み込んでしまうほどのエネルギーの強さ、そのほんの僅かでも感じることができる今世、その第一歩を踏み出した、そのことが私にとって本当に幸せです。 ひとつ、宇宙はひとつです。 セミナーに集っていれば何とかなる、何かを感じるから意識の世界が分かってきた、甘い考え思いはもう通用しません。今までも心でしか分からない学びだと言われてきましたが、これからますますその傾向に加速度がついていくことだろうと思います。 田池留吉の世界、田池留吉の宇宙がその全容を現しかけてきたからです。今なぜ田池留吉が肉を持って目の前に存在しているのかという大きな意味のひとつに、田池留吉の宇宙をその心で感じていってほしいということがあると思います。 ひとつ、宇宙はひとつです。私はあなた、あなたは私の世界が本当の宇宙、そしてそのことを本当に心で感じていく流れが田池留吉に肉を持たせた所以だと思います。 すべてに平等にその扉は開かれています。感じられるかそうでないかは各々の心に掛かっています。どれだけ素直に田池留吉を信じてきたのか、そしてアルバートを信じているのか、その結果が明白に現れてくるこれからです。 アルバートを信じる信がなければ何も分からない世界です。本当のことは何一つ分からない世界です。 他力の中に溺れるのではなく、すべては自分にあったという厳しさで自分を見ていくことがやっぱり必要だと思います。それが自分にも人にも優しい人間だと私は思います。 田池留吉の宇宙、私はそう思うだけで嬉しいそして心が広がっていきます。 田池留吉の宇宙、私はそう思うだけで嬉しいそして心が広がっていきます。何とも言えない温もり、お母さんのお腹の中にいるような懐かしさが感じられます。大きな大きな温もりの中にみんな吸い込まれていくような、そこには何の不安も恐怖もなくただその中に入っていくことが喜び、安らぎ、だからどんどんその中に入っていきたい、この心からその思いが膨れ上がってきます。 田池留吉の宇宙をこの心に感じ始めた、その入り口にようやく辿り着いたことが無性に嬉しいです。無条件に嬉しいです。今回のセミナー、会場で田池留吉の肉を肉眼で見たとき私の心から弾けるような喜びが一瞬のうちに起こり身体は飛び跳ねていました。アルバートを見ていたからだとも思いますが、田池留吉の宇宙に向けるこれからを思う喜びもあったのではないかとも思いました。 田池留吉の宇宙、アルバートの波動の中でひとつを感じていける、そのことを思うだけで私はとても嬉しいです。待ち続けてきたことが心で分かるからです。田池留吉が肉を持ち伝えてくれる宇宙にすべてを預けていきたいです。ともにある喜び、ひとつだと感じられる喜び、田池留吉の波動、田池留吉の世界を存分に心で味わっていきます。 田池留吉から流れる波動を感じていくほどに本当に心は変わりました。 宇宙にパワーを求め心を見失ってきた過去の過ち、苦しみ、心はしっかりと記憶しています。でももう大丈夫です。 今田池留吉の肉を目の前にしてその宇宙へと心を向けていける、すべてを預け委ねていけることを心で確認できる、そのような心の状態になれたことが一番嬉しいです。 田池留吉から流れる波動を感じていくほどに本当に心は変わりました。拒否、反発、抵抗、そのエネルギーをも包み込んでくれて抱きしめてくれた、その優しさ温もりに何とも言えないものを感じ懺悔の涙となっていったことを繰り返してきました。今、ひとつを感じられる喜び幸せの中、田池留吉とアルバートがひとつとなって心に響いてきます。 中の目を開けて田池留吉の目を見れば、その目の中に吸い込まれていく幸せ、目の中に生きている私を感じます。すべての意識達とともに田池留吉の宇宙へと心を向けられることが本当に幸せであり喜びです。 ようやくそしてこれからというのが偽らざる思いです。しかしその扉は開かれいっしょに歩いていけるということが心で感じられます。田池留吉を思いアルバートを思えば二五〇年後、来世の大きなステップを経て未来が広がっていることも感じられます。 私はあなた、あなたは私の世界、ひとつ、田池留吉の宇宙、大いなる可能性を秘めて心を広げていける、それが喜び、それが幸せです。 はい、私は真っ直ぐにただ真っ直ぐにこの道をあなたとともに歩いていきます。 真っ直ぐに真実を見つめている目、厳しいけれど本当に優しい、見せ掛けの優しさではなく決して変わることのない優しさ、愛、田池留吉の目の中に引き寄せられていく喜びを今心で本当に感じています。 「いっしょにともに歩いていきましょう」 「はい、私は真っ直ぐにただ真っ直ぐにこの道をあなたとともに歩いていきます」 心にはっきりと答えが返ってくる、それが本当に喜びです。「はい」と答えが出せる、心が喜んでいます。 何もいらないです。私にはこの喜びがあります。田池留吉の宇宙を感じ田池留吉、アルバートの世界を感じともに生きていける喜びを感じています。 それ以外に何が必要なのでしょうか。田池留吉を思いアルバートを思う、これからの意識の流れが心に見えてきます。間違いなく幸せ、喜びの道を歩いている私自身を感じています。今世こんな幸せを予定してきた、私はただただ感謝の思いでいっぱいです。 肉を持って田池留吉と出会えたこと、その喜びと幸せが深く深く心に染み透ってきます。お母さん、ありがとう。本当にありがとう。 メッセージ「白を選び白の道をただ真っ直ぐに歩いていきなさい」そこから流れてくる波動、何とも言えません。 白か黒かをはっきりしてという田池留吉のメッセージ、私には感無量です。白を選び白の道をただ真っ直ぐに歩いていきなさい、そこから流れてくる波動、何とも言えません。 田池留吉の宇宙に心を向ければ、心に作ってきた暗黒の宇宙そのエネルギーそのものであった私自身が心に響いてきます。田池留吉が肉を持つ今世、この肉を持たせてもらったということが本当にありがたい、本当に嬉しいです。肉を持って肉を通しこの波動を感じられる、暗黒の世界を作り上げてきた私、意識はもう感無量です。 今世、田池留吉と出会うこと、目覚めを頂くこと、真実喜びの道を歩き始めること、すべては意識の流れの中で予定されてきたことです。だから田池留吉の宇宙を心に感じその波動を感じていくほどに、今世に賭けてきた思いは本当に強いことを感じます。意識は何もかもかなぐり捨ててなりふりかまわずこの道をという思いです。 だから今世の私は手かせ足かせがなくシンプルで、この肉を維持するのに必要なものは用意している、すべてはアルバートと出会うためだったと今振り返り納得しています。 田池留吉の目を通し田池留吉の宇宙を見る、一瞬にして心が広がっていきます。 田池留吉の目を通し田池留吉の宇宙を見る、一瞬にして心が広がっていきました。アルバートという思いとともに心が広がっていきました。本当に無限大という感覚です。 田池留吉とひとつ、ひとつを感じます。何とも言えない喜びです。ともに宇宙空間にあるというか、その広がりそのものが私達というか、とにかくひとつになって広がっていっていることを感じます。さらなる心の世界、意識の世界の広がりを心で感じ驚いています。 もっともっと心を広げていってくださいという思いが伝わってきました。嬉しかったです。まだまだ広がっていくということを感じるからです。 すごいです。すごい世界を心で感じていけます、心に広げていけます。私は田池留吉の目をしっかりと見つめながら、この思いこの感覚を大切にしていきます。田池留吉の目をしっかりと見つめている私、心を預け委ね切れる私自身を感じて本当に幸せです。アルバートを信じている私を感じます。ひとつそしてともにが喜び、幸せです。 私の心の隅から隅まで田池留吉の宇宙を広げていきます。 私の心の隅から隅まで田池留吉の宇宙を広げていきます。「ひとつです」という思いが伝わってきます。田池留吉の宇宙を田池留吉の波動を心で感じていけばいくほど、自分の間違いが鮮明に浮かび上がってきてとても嬉しいです。 間違いが嬉しい、真っ黒が嬉しい、田池留吉ありがとうと自然に心から出てきます。喜びがありがとうの思いが自然に出てきます。 そして肉を持って波動の世界を感じていけることの喜びを感じています。波動、意識の世界を感じていくのに肉は大きな壁だという思いを長く持ってきました。肉の思いが波動を感じさせなくしていると思ってきたけれど、いつの間にかその肉の思いを包み込むほどの波動の世界を感じそれを心で膨らませていけるようになってきました。そうしたとき肉と意識はひとつ、ひとつになってさらに喜びが倍増していく、意識の喜びが肉へ伝わりそしてまた肉から意識へと、決してバラバラなものではなく私の中ではひとつ、本当にひとつを感じる方向にいっていることを感じます。 田池留吉とひとつ、アルバートとひとつ、ひとつの世界を心で感じていけることが喜びです。田池留吉を思いアルバートを思う思いに欲はありません。思えることが嬉しい、思えば嬉しい、ただそれだけです。 私は幸せです。幸せだと感じるのに何もいりませんでした。 私は幸せです。幸せだと感じるのに何もいりませんでした。静かに目を閉じて田池留吉を思う、中から伝わってくるもの、波動、この中に抱かれている私、本当に幸せです。 廿くて優しくてそして温かい柔らかい中、ずっと漂っていたい、何とも言えない喜び幸せです。 田池留吉、アルバートの波動の中に包まれていたのにそれを忘れ去ったのが私達、でも心は憶えている、忘れてしまっただけです。肉を頂き目覚めの時を頂きました。ともに心を広げていきましょうと伝えてくれる田池留吉、その優しさ大きさ、もうたまらないほど嬉しいです。 今肉持って確かにこの喜び、幸せな世界を感じています。では死ねばどうなるのか、自分が死んだすなわちもう肉はないということが分かれば、私はきっと自分の中でこの世界を広げていけるだろうと思います。寂しさや苦しさは心に見えてくるでしょう、だけど私はあの目の中に感じた温もり安らぎ優しさをしっかりと心で見つめながら、二五〇年後の再会を待ち続けていけることを感じています。 それが私の今世の約束です。必ず心を来世に繋いでいくこと、そしてもう一度肉を頂き、田池留吉をアルバートを捨てた心に衝撃的な喜びを与え次元を超えていく、その意識の流れの中の今、真っ直ぐに進んでいくだけです。 心に生き続ける波動とともに私の道をただ真っ直ぐに、心に思うことはただそれだけです。 波動だけです。 お母さん、あなたの言うとおりでした。あなたが伝えてくれたとおりでした。私はとっても嬉しい、嬉しいです。お母さん、ありがとう、本当にありがとう。 私は今本当にすごい世界を感じています。田池留吉の宇宙へ心を向ける、田池留吉の宇宙を心で感じていく、今世の学びの最終段階を迎え私はこんなすごい波動の世界を感じていけることが本当に喜びです。怖いほど嬉しいけれど、素直に喜んでいけばいいんだと思っています。予定してきた通りの展開、意識の流れだと淡々と受け止めています。 優しくて大きくて何とも言えない温もりの中に包まれている、優しく優しく抱きしめられている、この喜び、幸せは尽きることなく心の中から沸き起こってきます。静かに静かに広がっていく意識の世界の深さを感じます。 波動だけです。本当の世界は語ることなどできません。言葉がない、ただ心で感じていく喜び、喜びがあるだけです。肉を頂くということがどれだけありがたいか、肉を持ってその中で苦しみ続けてきただけに、今肉を通して真実の世界のほんの一端を感じていける、それが私には喜びです。 田池留吉、その存在そのものが嬉しいです。私には出会いがすべてでした。今世準備万端整えて来世の出会いを待ち続けます。 波動の世界の喜び、幸せを知りました。 確実に心に広がっていっている確かな手ごたえ、それが心で感じられることが嬉しいし何より一番幸せです。 心に田池留吉、アルバートの世界を持っているかそうでないか、意識の世界は本当に明白な世界です。言葉多く言葉巧みに語ろうともまた同じ言葉を使おうとも、信じていない、向いていなければ心に響いてこない、要するに波動はごまかせない、語れば語るほど空しさだけが響いてくる、だからそんな嘘の世界をこの時期になって広げていくのはやめにしませんか。 真実、本当に田池留吉をアルバートを信じともに歩いていこうと心で決めたならば、自分に責任を持って進んでいくことが本道だと私は思っています。 ともに歩いていく、連れもって進んでいく、一種優しい言葉の響きはありますが、そこに流れている思いはきっちりと心を定めて進んでいく意識だけに感じられる厳しさがあります。だけどそれが本当の優しさです。肉で優しさを求めてきた、肉の優しさが優しさだと思ってきた、それは間違いでした。田池留吉、アルバートを信じていなければ本当の優しさは流れない、それが波動の世界の真実だと私は感じています。 波動の世界の喜び、幸せを知りました。肉の世界は意識に付随して展開されていきます。意識の促しにすべてを委ねていく喜びと幸せそして安心感は心で感じる世界に裏打ちされ確かなものになってきています。非常に嬉しいです。 本当に生かされている、許されている、そして待ち続けてくれている、このことを心から感じます。 私はこの波動を感じるたびに思うんです。本当に生かされている、許されている、そして待ち続けてくれている、このことを心から感じます。真っ黒なエネルギーを流してきた私です。この波動に出会うために転生を繰り返してきてそしてようやく出会えたんです。だからどれだけ嬉しいか喜びかということです。もう肉はどうでもいいです。投げやりな思いではなく、そんな肉のことは後からついてくる、整ってくるものだということを感じるからです。 その人その人に道があり、肉の生活があります。私はそんなものには関心はないけれど、本当にアルバートの波動と出会えば心は変わり、肉の生活も変わります。変わらないということはいくら意識の世界に敏感であれ感じて分かっていると思っていてもその人はアルバートと出会っていない、信じていないということです。白か黒か灰色はありません。 アルバートの波動、田池留吉の波動、この波動の世界を本当に心で感じていけばいかに許されて生かされて愛されているか、そして待ち続けてくれているか、そのことが痛いほど心に響いてきます。どんな思いで肉を頂いたのか、今肉を持つということがどういうことなのか、田池留吉の宇宙、お母さんの温もりの中で心に伝わってくる必死の思いを感じるはずです。感じるから自分を裏切ることはできません。 また本当にアルバートの波動を感じ信じる信が強くなっていけば、肉と意識の喜びが一致してきます。アルバートの波動を本当に心で広げていく意識が感じる肉の喜びは今までの肉の喜びとはその質が違う、そう感じています。 私に肉をくれた母に対しただただありがとうしかありません。肉をくれた母に本当に幸せになってほしいと思いました。 母にメールしました。嬉しいから母にメールしました。 私は肉を持つということを嫌ってきました。生まれてくることを呪ってきました。肉の母を見てすさまじいエネルギーが心から飛び出していった私がありました。 今は違います。今世生まれてこれたことを本当に心から嬉しく思っています。私に肉をくれた母に対しただただありがとうしかありません。肉をくれた母に本当に幸せになってほしいと思いました。 肉を頂くことがどれだけの喜びであるのか、今世の私は心で感じさせてもらいました。肉があるから田池留吉と出会えたそしてこの波動と出会えた、お母さんの温もりを心で感じ広げていくとき私は何とも言えない幸せを感じています。幸せです、何もいりません。本当に私は何もいらない、ただ心に広がっていくこの波動の世界をこんなに感じていけることが幸せで喜びです。 母とともにこの道を歩いていけることが幸せです。母と異語を交わしアルバートの波動を感じアルバートの世界を広げ始めてくれていることを感じさせてもらって私は嬉しいです。母には幸せになってほしいと思っています。本当の幸せを心で感じて心を繋いでいってほしいと思っています。 私に肉をくれた母、本当にありがとう、ありがとう、こざいます。 肉から意識への転回なくして真実は分からないということが言葉の上だけではなく心で実感しています。 田池留吉の存在そのものが嬉しい、そこに存在してくれるだけで嬉しい、こんな心の変化を私は嬉しく眺めています。バツバツだったのが今では好感度一〇〇%以上です。心がこんなに変わったことが嬉しいです。肉の田池留吉を思うとき、田池先生と思うだけで優しくて温かくて嬉しいです。しかも肉なのに外ではなく私の中に感じる、田池留吉の肉はあるけどないような感覚です。田池留吉という肉の存在が私の中で薄れていっている、私にとっていい状態です。 田池留吉に限らず肉を見ていても見ていない、波動、意識として識別する心を段々養っていっていると思います。 肉だけを見て肉だけをとらえてきた心に本当に今世大きな流れがありました。肉から意識への転回なくして真実は分からないということが言葉の上だけではなく心で実感しています。 肉と意識がひとつに解け合い心で感じる田池留吉の宇宙は本当に何とも表現しがたいものがあります。優しく温かく深く強く心に響いてきます。波動、エネルギーの強さ大きさを心は感じています。お母さん、幸せです、ありがとう、心から沸き起こる喜びは涙とともに宇宙へ流れていっているのだと思っています。 肉を持っているのに軽いです。田池留吉の肉から流れる波動はとても軽いです。 肉を持っているのに軽いです。田池留吉の肉から流れる波動はとても軽いです。心をいつもアルバートに向けているからなんですね。アルバートに心を向けている肉から流れる波動は優しくて温かくて軽い、とても軽いです。 嬉しい、こんな波動の世界を心で感じられることが嬉しいです。 肉の田池留吉を思いそして心を田池留吉の宇宙に向ける、ともに心を広げていきましょうという思いが伝わってきます。羽のように心が軽く羽ばたいている、弾むような喜びが心に響いてきます。何とも言えない波動の世界をともに遊泳しているような、やっぱり宇宙が喜んでいるという感じがします。 そしてアルバートです。田池留吉の宇宙を感じていくことによってアルバートがまた広がったというか変わっていくというか、アルバートの波動、アルバートの世界、アルバートを思う思いがどんどん響いてきます。嬉しいです。アルバートを思うことが嬉しい、アルバートを呼べることが嬉しい、アルバートを待ち続けてきたというその思いが噴き出してきます。 田池留吉の肉と意識とともに心を向けていく宇宙、アルバートの波動の中でその宇宙の深さを感じていけることが本当に嬉しいです。 肉を頂いたことと出会いがあったこと、それがすべてでした。 今、私は田池留吉の宇宙へと心を向け心で感じられるこの時を頂いています。「私とともに歩いていきましょう」の思いにようやく答えることができる今世の私です。私は本当に喜びです。自ら捨てた思いにこれほど温かく待ち続けてもらって、受け入れてもらっている、この波動を心で感じれば懺悔と喜びしかありません。ただそれしかありません。 田池留吉の宇宙を捨ててから私の心は地獄、暗黒の世界の中で我こそはと宇宙のエネルギーを広げてきました。そのことをはっきりと心で確認できました。だからこそ私は田池留吉の呼びかけに即座に答えることができるのです。 「もちろんです、私はこれからずっとあなたとともに歩いていきます」この思いはとても強いです。なぜならば私はこの波動と出会ったからです。 波動を心で感じない限り、心の向きを変えることは不可能です。学びの最初ならいざ知らず肉の反省、瞑想はその範疇を超えることはない、どこまでいっても肉基準、心の転回はあり得ないということです。 波動の世界の素晴らしさ、すごさ、喜びを肉を通し感じることができる、そして自分自身の愚かさを心で知ることができる、なんて幸せな私達だろうかと思います。 肉を頂いたことと出会いがあったこと、それがすべてでした。心の定まりから沸き起こってくる喜び、幸せを私は感じています。 意識の世界、波動の世界ははっきりしています。ごまかせません。 意識の世界、波動の世界ははっきりしています。ごまかせません。学びに集ってから田池留吉と出会ってから背を向けるとはどういうことなのか、各々の心で本当に気付き反省、懺悔へと繋いでいかなければ、真実の道を歩いていくのは困難だと思います。 背を向けた心を放置して田池留吉、アルバートの波動をどんどん感じていくことはできない、すなわち本道を進んでいくことは不可能です。私達は法の中に生かされているからです。意識、波動の世界は厳しいです。真実だから厳しいです。田池留吉を知りながら田池留吉を裏切るということは本当の自分を裏切るということです。そんな心を持ち、そのことにさえ気付いていなくていくら白の道をと思っても軌道から大きく外れています。その人が言うアルバートは田池留吉が伝えてくれているアルバートとは程遠いです。しかし心で気付いていくように意識の世界は流れています。だから厳しいけれどそこに流れるものは本当の愛だと思います。 すべてにおいて共通していることは、波動を感じなくしているのは自分自身であるということだと思います。各々の障害、壁になっているものに自分自身の心で気付いて素直に認めていくことが大切だと思います。しかも田池留吉の肉ある間にその作業を進めていくことが最重要課題だと私は思っています。そのことをやらずして本道は見えてこない、今世せっかく肉を頂いた意味が無くなってしまいます。 肉と意識の世界がひとつになって心に響いてくる波動の世界は素晴らしい、すごいとしか表現できません。 自分の心で確信した道を一歩一歩歩いている、そのことが今回のセミナーでもまた確認できて嬉しいです。肉を通し語る言葉も流れる波動もすべて田池留吉、アルバートの世界の中で田池留吉、アルバートとひとつになっている、このことを心で感じられる機会を何度か頂きました。 私は本当に幸せだと思いました。心で確信しているから私には己を表さなくてもいい、気張る必要もなければ比較することもない、ただこの心に感じ心から沸き起こる喜びに素直に委ねていくだけでいい、しっかりとした足取りでこの道を歩いている自分自身に出会え、私はただただ嬉しいです。 肉と意識の世界がひとつになって心に響いてくる波動の世界は素晴らしい、すごいとしか表現できません。 私には田池留吉の肉を崇めたり特別視したりする思いはありませんが、波動の世界を深く感じていくほどに田池留吉の肉が今ここにあるということが本当にありがたいです。出会ったことを本当に嬉しく思っています。ともに歩いていくこれからの未来が心で感じられるから本当に嬉しいです。ただこの喜びを肉で表すにはある程度で制限される、だからその窮屈さも感じています。肉、肉の目を弱めて心の目で見てくれたらいいなあと思います。私はただ嬉しい、肉を見て肉を見ていない、出会えている今、本当に嬉しいです。 肉基準の心では絶対に真実は分からない、感じている世界が全く違うということ、今世ようやく心で知り得たことが本当に嬉しいです。 ずっとずっと裏切り続けてきた、今世たとえ大きな古傷がなくても過去からずっと裏切り続けてきた、はっきりと心に感じるからだからそれでも待ち続けてくれたこと、そして自分自身も待ち続けていたこと、そんな思いが心にどんどん響いてきます。 嬉しいです、喜びです。今ここにこうして生かされている、波動の世界に生き続けている自分自身を感じるとき、懺悔の思いとただただありがとうの思いでいっぱいになります。 肉基準の心では絶対に真実は分からない、感じている世界が全く違うということ、今世ようやく心で知り得たことが本当に嬉しいです。真っ黒だから嬉しい、喜びだという思いもアルバートの波動、アルバートの世界を心で感じなければ心の底から沸き起こってこない、結局は頭の反省、肉の枠から超えることはない、その意識の世界の仕組み、流れを本当に心で感じていく素直さが私達には一番欠けているのだと思います。 気の遠くなるようなマイナス、マイナスも必ずプラスに変わるそれを信じて待ち続けてくれている意識、その呼びかけにすべてを委ねていける、その喜びを今世味わうことができる、こんな幸せな肉の時間を頂いています。 私はチャネラーではありません、本当にその通りです。 私はチャネラーではありません、本当にその通りです。私はそんなちっぽけな存在ではありません。波動の世界を知っていくほどにそのことが本当に心で感じられます。 確かにエネルギーは大きい、そしてそれが真実とは全く相容れない方向に向いていました。だけど今世ようやくその向きが本当の自分を指してくるようになった、アルバートの実在を心で確信している自分と出会えました。だから真っ黒な私がとても嬉しいです。真っ黒はなかったということが心で本当に信じられるから、私は今真実の道を歩いていると心から言えます。 肉のチャネラーではありません。比較対照はできません。なぜならば全く異質だからです。肉はごく普通でも私は心にアルバートを持ちアルバートとともに存在する自分自身を感じています。だから肉の田池留吉を見る思いも変わってきました。肉では短時間の間にと思って不思議ですが、私の中に本当の世界を確立する思いが大きくなってくればそれも自然のことだと感じています。 今、本当に嬉しいです。田池留吉の肉が目の前にあって共有できる世界を広げていけることが私には最高の喜びです。ともにという思いが心に響いてきます。だから私は田池留吉、アルバートとひとつです。 肉の限られた時間の中で予定が達成できるようにセミナーは流れていく、肉の思いを振りかざしていてはどんどん落ちていく、私はそう思っています。 私は意識の流れを感じています。心で感じています。その流れは変えることはできないし、その流れの道筋はほぼ決まっています。今世田池留吉が肉を持って肉を持った私達にセミナーというものを通し真実を伝えてくれて、その道筋に沿ってセミナーも進化していきました。 私達人類には四次元へ移行するという大きな事業が残されています。四次元へ移行するという流れの中の今世です。心を繋いでいくために必要だからセミナーを通しその時間空間を頂いています。だからその時間、空間を本当に無駄にしたくないというのが本音です。 セミナーもUTA会になり、もうそろそろどこに焦点を合わせるのか、浅く広くから深く深くへとセミナーも流れていくことだろうと思います。 大事業を前にしての今世であることを心で知っていったなら、切り捨てられた、見捨てられた、もうだめだ、そんな肉の思いは本当に愚かであり、自分自身を一番ないがしろにしていることを実感すると思います。意識の流れに沿ってそれが現象化しているに過ぎないからです。 みんなそれぞれの道筋があり、予定があります。それをほぼ達成して肉を終えていこうとする気構えが必要だと思います。そんないい加減な思いで肉をもらったのではないことを私の心は伝えてきます。 肉の限られた時間の中で予定が達成できるようにセミナーは流れていく、肉の思いを振りかざしていてはどんどん落ちていく、私はそう思っています。 二五〇年後の来世に心を繋いでいく、この一点にこれからさらに焦点を合わせて私は私の道を歩いていきます。 二五〇年後の来世に心を繋いでいく、この一点にこれからさらに焦点を合わせて私は私の道を歩いていきます。 二五〇年後の来世再び肉を頂き、肉のアルバートの目と出会ったとき一瞬のうちに心が開いていく、心の転回が一瞬のうちに行われていく、私には非現実的なことではありません。今世の私はその心の準備をしっかりと整えて田池留吉の肉とさようならをしてそしてこの肉を終えていく、私にはその予定があります。それが意識の流れ、その流れに沿う生き方をこれからも続けていくことでしょう。 その過程において私はこの肉の思いを段々に弱めそれに従ってアルバートの波動、アルバートの世界そして田池留吉の宇宙を心にさらに広げ喜びの波動が流れていく、私の喜びはさらに大きくなっていくことが心で感じられます。 今世の肉は特別な修行は何もしていません。反省、瞑想も人に語るようなことは何一つありません。ただ私は自分自身で納得したかった、確かめたかった、そういう意味で最初鈍感でよかったと思っています。私なりに試行錯誤を繰り返し学んで十年、ひとつの大きな目処がついたことが嬉しいです。 今はこの道を真っ直ぐに進んでいることを確かめながら心を来世へと繋いでいける喜び、波動の世界の素晴らしさを実感しています。幸せです。 「来世再び会いましょう」喜びの思いだけを残してそう今世を終えていく、私はこの文字を見たときに本当に嬉しく思いました。 「来世再び会いましょう」喜びの思いだけを残してそう今世を終えていく、私はこの文字を見たときに本当に嬉しく思いました。爽やかに軽やかに心の世界、波動の世界に存在し続けるアルバートの思いが伝わってきました。 田池留吉、肉は愚劣と言いながらともに肉を持ちこうして出会えていることを私は心の底から喜んでいます。肉の人間を本当に信じられるという喜びを感じています。 肉の田池留吉を思えば、アルバートです。アルバートの世界が心に広がっていきます。 二五〇年後の来世それに続く未来がどれほどの喜びであるのか、私の心は早くから伝えてきてくれていました。その喜びを心で感じたときから私の心は変わっていきました。アルバートの波動の素晴らしさとアルバートの波動を知らなければ自分を包んでいくことはできない、いわゆる自己供養はできないことも心で知りました。 「来世再び会いましょう」メッセージに込められた田池留吉の思いが心に響いてきてとても嬉しいです。厳しい中に本当の優しさを感じるからです。前だけを見つめて進んでいくこと、ともに歩いていくこと、ただただ嬉しいです。本当に波動の世界に真実の世界に触れたならこの喜びは心で感じられると思います。 肉の頭を過信し、己の肉にとらわれているその心の世界からは真実は全く見えないです。そのことを本当に心でしっかりと気付いていくことが大切だと思いました。 ここにこうして肉を持って存在している今、それだけで幸せなんです。 私が心に広げている喜びは尽きることはありません。ましてや人の言葉、態度すなわち肉の形を見て心が大きく揺れ心を落とすことなどありません。 私は自分の歩いていく道、進んでいく道を心ではっきりと感じているからです。だから肉の田池留吉にも何も望みません。私の肉に対しても何も望みません。ここにこうして肉を持って存在している今、それだけで幸せなんです。この道、アルバートとともにの道が心に見えている私にとってただひたすらに歩いていくだけです。 私は人を導いていく気など全くありません。こちらの方に心を向けさせようという思いもありません。私は私の信じている道を歩いていくだけです。聞きようによっては自己中心的かもしれません。しかし私は意識の世界、波動の世界がごまかせない、はっきりしている、そして奥深いことを心で感じています。そのような世界に肉の思いなど一切通用しないことも感じています。そして心を向け真摯な思いで信じて進んでいこうとするのはそれぞれの心でしかできないこともはっきりと感じています。 肉でごちゃごちゃ思い、言い、心を落としているのにさえ気付かずにいる、でもそれもまた許されている、いつの日にか気付けるチャンスがやって来る、意識の世界の大らかさを感じています。 この学びと欲は合いません。私と欲は合いません。 この学びと欲は合いません。私と欲は合いません。ストレートに伝えてくれています。単純明快です。 欲でズルズル惰性で続けていっても何ら実るものはありません。後残る思いは恨みと呪いです。それならセミナーに集う前と変わらない、いえ余計に闇を垂れ流す結果となることは目に見えています。 道しるべを足蹴にして自分勝手な方向に心を向けて、それで何とかしてください、感じさせてください、と訴えるその思い、欲、欲だけの肉、肉だけの思い、すべては許されている中にあると言ったらそうだけど、心の底から懺悔の思いが出てこないほど人間の心は落ちぶれてしまったのだろうかと思います。それが三億六千年の心の歴史、本当に心の転回は難しいです。 本当に田池留吉の波動を感じ、田池留吉とともにアルバートとともに歩いていく意識達と私は学んでいきたいというのが本音です。どれほどの思いで肉体を頂き今世生まれてこれたのか、そして来世生まれてくるのかということを私の心は伝えてきます。 嬉しかったら嬉しいでそれでいいじゃないですか。何をそれ以上望むのでしょうか。自分の心で感じた喜びを自分に伝えまたそこから一歩歩んでいけばいい、私は絶対評価です。 アルバートを本当に心で感じているかどうかだけです。 心でしか分からない、だけど心ではっきりと感じられるから確信が持てる、これほどはっきりしていることはないです。 例えば二五〇年後の来世、アルバートと出会うということも私は自分の心で感じています。その喜び、幸せが今現実のものとして心に響いてくるのです。肉の田池留吉が教えてくれたのでも、ましてやチャネラーが教えてくれたものでもありません。田池留吉、アルバートと思えば、今私の心の中でそれがひとつになって心に衝撃的な喜びを伝えてくる、私はそういう心の体験を重ねています。だから信じられるのです。もちろん私が感じている世界は私しか分かりません。伝える術はありません。でも私はこの波動の世界、意識の世界、そして田池留吉もアルバートも心から信じています。信じているからそれが波動となって流れていく、ただそれだけです。 二五〇年後、肉で苦しんだ末にアルバートの目と出会い、私の中のエネルギーが一挙にぶつかっていくことも、そしてそのエネルギーが「お母さん、ありがとう。生まれてこれて嬉しい。嬉しいよ、お母さん」という思いへすなわち喜びのエネルギーヘと変わっていくことも、今世の私ははっきりと確認しています。二五〇年後が今であり、過去も現在も未来も今、だから未来が喜びであるということは過去も現在も喜びであるということも心で納得しています。 大きなエネルギーを感じてもそれが苦しみではなく、喜び、私達は喜びですの思いを少しでも心に広げられて今世の肉を終えていくようでなければ、来世へと繋いでいくことは難しいです。アルバートを本当に心で感じているかどうかだけです。 田池留吉の肉、田池留吉の意識、アルバートの肉、そしてアルバートの意識、すべては私にはひとつです。 田池留吉の肉、田池留吉の意識、アルバートの肉、そしてアルバートの意識、すべては私にはひとつです。 二五〇年後の肉が今存在していることが私には自然なのです。だからアルバートの意識が二五〇年後のアルバートの肉を通し語ってくれている、伝えてくれている、私にはなんの不思議も違和感もありません。そのことを心で感じられる私の喜び、幸せはどれほどのものかは、それぞれが心で感じてくれなければ決して分かりません。 私には二五〇年後の来世から伝えてくれる喜びが、決して思い込みや願望ではなく現実のものとしてここにあります。心に実感として響いてきます。それと同時に田池留吉の宇宙もまた心で感じています。その世界を心で感じていくほどに自分自身が培ってきたエネルギーの大きさ、その間違いも心に見えてきます。でもそれが本当に嬉しい、アルバートの波動の中に包み込んでいく喜びを感じます。だからどれだけのエネルギーが見えても心が小さくならずに落ち込まずに喜びが大きくなります。本当に自己供養が喜びであるという道筋をこれからも歩いていくことでしょう。これが田池留吉とともにアルバートとともに歩いていく道、だから来世の喜びはひとしお心に響いてきます。 波動だけが真実、その波動が分からなければ結局は肉、肉が拠り所です。 自分の心に感じている波動の世界、心に広げている波動の世界、本当にアルバートを感じて心を向けているのかということをセミナー会場のみんなの前で確かめられたらいいのではないかと思います。それはその人だけのお勉強ではなくみんなのお勉強になると私は思います。己の肉にとらわれ田池留吉の肉にとらわれ私の肉にとらわれている心の世界からは決して素直なアルバートの世界は感じられないことをその人の肉を通してみんなに提起できれば、きっとそこからまたいいお勉強ができると思います。 ごまかしとかうやむやとか雲をつかむようなあいまいなものではなく、自分の心で確信を持てなくてはセミナーが終わり田池留吉の肉がなくなれば元の木阿弥、またチャネリングを頼りにあっちへこっちへと心が動いていく結果になることは火を見るよりも明らかです。 波動だけが真実、その波動が分からなければ結局は肉、肉が拠り所です。 その現実を把握しながら今世肉を頂いて田池留吉と出会わせてもらった喜びを本当に素直に心に広げていけるようなそんなセミナーに対する取り組み方が一番大切だと私は思っています。 みんな己が偉いです。チャネラー、チャネリングができるということを何か勘違いしていませんか。 みんな己が偉いです。チャネラー、チャネリングができるということを何か勘違いしていませんか。すべては田池留吉、アルバートの波動の中でその中でできることだということを忘れていませんか。 己の肉がしているのではありません。意識を受けている、意識が語ってくる、何も自慢することでも誇ることでもありません。己の肉が前面に出て受ける意識も語る意識もみんなみんな真っ黒、真っ黒だということに本当に早く心から気付いていかないと、古傷が疼きまたそのうえに新しい傷をつけていくことになります。 意識の世界は単純です。でもはっきりしています。黒は黒、白は白です。 もう己という看板を降ろしていきましょう。本当に自分自身が歩いていきたかった道を歩いていきましょう。 私達は二五〇年後に出会う仲間です。私は今世一人でも多くの方がアルバートの道を本当に歩いていかれることを願っています。心から願っています。 姿は変われど、田池留吉とアルバートはひとつです。私の中ではひとつです。目が同じなんです。田池留吉の目の中にアルバートの目を私は見ています。そして私の目も今世、来世同じです。この目と目の出会いから始まる二五〇年後、この喜びを本当に心で今世感じていってほしい、そうすればこのセミナーがどれだけすごいものなのか、心で実感できることと思います。 二五〇年後の来世から私に伝わってくる思い、アルバートの肉を通し語ってくる意識を私は信じています。 二五〇年後の来世から私に伝わってくる思い、アルバートの肉を通し語ってくる意識を私は信じています。肉のアルバートがすでに私の心の中に存在しています。出会いを喜びで待ち続けてくれているアルバートを私は感じています。アルバートの目を真っ直ぐに見つめている来世の私がここにいます。肉と意識がひとつだという喜びを心で感じているから、二五〇年後のアルバートの肉がすでに存在していることは何の不思議もありません。私にはただただ喜びです。私の心の中で両手を広げて待ってくれているアルバートの存在を私は感じられる、だから私は何の憂いもありません。想像でも願望でもなく、事実、現実です。 「来世再び会いましょう」、間違いなくアルバートからのメッセージ、だから私は瞬間的に嬉しいと思いました。その文字が心に飛び込んできたこと、その文字を見るだけで充分でした。私は間違いなく来世の目で見ていました。アルバートが見えていました。今世、田池留吉と出会い喜びを大きく広げてくれていることを喜んでくれていました。二五〇年後に向かって歩いてきてくださいと伝えてくれるアルバートがいます。 肉で一番、もう結構です。私は自分の心でこんなに喜びの来世そして未来を感じています。だからくだらないものに振り回されることなく、ただ自分の道を歩いていくだけです。今世の肉も決して裏切らない肉、田池留吉との素晴らしい出会いを持たせて頂きました。十二分に幸せです。 本当に喜びを分かち合いたい、心の底から嬉しい、嬉しいってそんな喜びを仲間と分かち合いたいです。 本当に喜びを分かち合いたい、心の底から嬉しい、嬉しいってそんな喜びを仲間と分かち合いたいです。心からアルバートを信じ、出会える喜びとそれからのことを心で互いに感じ合える、もう言葉なんか要らない、ただこの波動の中で喜びを確かめ合いたいです。 来世の目と目の出会い、それは本当に強烈です。今アルバートの思いが心の中から伝わってくる、溢れるほどの喜びが伝わってきます。出会いを待ち続けているアルバートそして来世の私です。肉をお互いに持って再び出会える喜びとアルバートという共有の世界を心で広げていける喜び、互いに喜び合い信じ合いひとつだと確かめ合える、そのような来世が待っています。 心に蓄えてきたエネルギーは大きいです。でももっと大きな喜びを私は感じています。心の底から沸き起こるこの波動の世界、温もり、感じて感じて、信じて信じていきます。 意識の世界には流れが厳然としてあります。その流れの中の田池留吉であり私です。私はそのことを早くから心で感じていました。流れは肉の思いでどうすることもできません。逆らえば逆らうほど苦しみが自分に帰ってくるというメッセージをその流れは伝えてくれることでしょう。後はそれを素直に受けていくだけ、肉でできることはただそれだけだと私は思います。 あなたの来世がその喜びをもっとあなたの心に伝えてくるでしょう。 二五〇年後に出会うアルバートが語ってくれている、優しい優しい思いを伝えてくれる、本当に二五〇年後が今なんだと感じます。 田池留吉の肉を思うとき、嬉しい、嬉しい、嬉しいって心に伝わってきます。田池留吉の肉を通してアルバートの世界が広がっていき、そしてその田池留吉の肉が薄れて肉のアルバートが目の前に現れている、これが私にとって現実です。 「あなたが今心で感じている通りです。私は今あなたの目の前に現れています。あなたが心の目で私を見たとき、そうでしょう田池留吉の肉とアルバートの肉がひとつです。これはあなたにとって自然なことなんです。あなたが私を思う思い、私はとても嬉しいです。欲で私を思っているのではなく、ただただ嬉しいあなたの心が伝わってきます、だから私はとても嬉しいです。その心をどうぞ来世に繋いでいってください。あなたの来世がその喜びをもっとあなたの心に伝えてくるでしょう。」 アルバートからのメッセージ、その波動を心で感じ私は本当に幸せで嬉しいです。 二五〇年後の再会を待ち続けています。再会がどれほどの喜びであるのか、ずっとずっと待ち続けてきた田池留吉の宇宙を感じる今、それは明白です。宇宙に愛のエネルギーが流れ出している喜び、宇宙が変わり始めている喜び、この喜びをさらに大きく本格化できる来世、それがアルバートとの出会いだからです。 信じて待ってくれた本当の自分の思いに精一杯答えていける肉でありたいとずっと思ってきました。 田池留吉の宇宙、この波動の世界を心で感じられる今、私は私の心はどれだけ幸せなのか、ずっとずっと待ち続けてきたこの波動に今出会えているのだから、もう何も言うことはありません。夢のようです。本当に私の宇宙が喜んでいることが分かります。ひとつに溶け合うことの喜びが伝わってきます。宇宙にはひとつしかない、そう心で感じられる喜びが心に満ち溢れていくとき、ありがとうの思いだけが出てきます。 もともとひとつなのにバラバラだと主張し続けバラバラの頂点に立つことをよしとしてきた愚かな転生、本当の自分を捨て去ったときからその道をひたすら突き進んできて、そして今世と来世を残すところとなりました。 そんな自分を振り返ったとき、誰のためでもない、本当に自分自身のために今このようなチャンスを頂いていることがどれだけの愛の中に生かされているのか、心に響いてきます。信じて待ってくれた本当の自分の思いに精一杯答えていける肉でありたいとずっと思ってきました。 だから今自分に一番優しいこのアルバートの道を、一歩一歩歩き続けていることが嬉しいです。その喜びその幸せがアルバートの波動をさらに伝えてくれます。アルバートを心から待ち続けてきた私に田池留吉の肉を通し伝わってくる波動、何と幸せかと思います。ひとつが幸せ、本当に幸せです。 田池留吉とひとつ、アルバートとひとつ、何度も何度もまたその幸せを感じさせてもらいました。 田池留吉とひとつ、アルバートとひとつ、何度も何度もまたその幸せを感じさせてもらいました。私はチャネリングをしながらその幸せ喜びの中にありました。私にはチャネリングをしている感覚がありません。ただ口を通し肉で理解できる言葉を語っているだけでした。そんなことより私は、田池留吉、アルバートの波動の中でその世界に自分のすべてを委ねていける幸せ、喜びを感じていました。だから私が一番幸せ、そのようなチャンスを与えてもらっている私は本当に幸せだと思いました。 私は今、田池留吉の宇宙、この世界この波動を心で感じ始めています。ここを感じていけばどれだけ間違った宇宙を心に広げてきたか自分の心で歴然とします。だからもう本当に嬉しいです。でもアルバートの波動を本当に心で感じていない限り、田池留吉の宇宙を心に広げていくことはできません。 田池留吉の宇宙を心で感じていけばどれだけ喜びであるのか、早く肉から意識への転回をしてこの喜びの世界、喜びの波動を心で感じていってほしい、心から喜び合える仲間が増えればいい、私は心からそう思うだけです。 今世その喜びのほんの僅かでもいい、でもそのほんの僅かな喜びの世界を心で感じられることがこれほど幸せなんです。来世それから永遠に続く喜びの道、想像もできないけれど、でも確かにその流れに乗っている私自身を感じ、私はただただ喜びです。 この波動に出会うために、今世肉を頂きました。 「この波動に出会うために、今世肉を頂きました」 心にはっきりと感じます。待って待って待ち続けてきたこと、だから今その波動と出会えているんだからこれほど幸せなことはないです。 田池留吉の肉を通しアルバートの世界が広がっていき、そして田池留吉の宇宙を感じる心には、本当に待ち続けてきた思いが強く強く響いてきます。この波動と出会うために私は今世肉を頂いた、そんな私自身を本当に心の底から感じています。この出会いのためにすべてを整えてきた、言い換えれば一番いい時期にセミナーに集えるように、私自身設定してきたことも心に伝わってきます。セミナーに集う時期は大きなポイントでした。チャネラー戦争の渦に巻き込まれることもなく、ただ自分の道を歩いてこれたことが振り返ってみれば一番よかったと思っています。大きく道をはずすこともなく今までやってこれたのは、私自身が以前から感じていたように相当な決心をして生まれてきたからだと思います。その思いがこの肉を動かしてきた、そう感じています。 今田池留吉の宇宙を感じるほどにその思いはもうはっきりとしています。肉はこの波動を感じるために必要であったこと、そして田池留吉、アルバートとともにこの喜びの波動を流し続けることが喜びであること、そのためにこの肉を使える喜び、そんな思いを私の心は伝えてきます。 田池留吉の宇宙、この世界を心で感じられることが奇跡です。 奇跡という言葉は適切ではありません。でも表現するとするならばやはり奇跡です。田池留吉の宇宙、この世界を心で感じられることが奇跡です。意識の流れの中では予定されてきたことでしょう。しかし現実今この波動を心で感じられること自体がまさに夢のようです。 真っ黒です。培い流してきたエネルギーは真っ黒です。何がどう間違ってきたかなんてひとつひとつ挙げられるものではありません。全部が間違ってきたんです。喜びの波動を感じていけばいくほどそのことがはっきりとしてきます。でもそのことがたまらなく嬉しいんです。心から嬉しいです。真っ白だから嬉しいのなら話しは分かるけれど、真っ黒なのに嬉しいというのだから不思議と言えば不思議です。 でもなぜ嬉しいのか、なぜ喜びなのか、この心は知っています。それは心から本当に田池留吉をアルバートを信じているからです。そのような自分に出会ったからです。本当の自分を心で感じ信じているからです。田池留吉、アルバートとひとつがどれほどの喜びであるのか心で感じているからです。 懺悔は喜びです。 懺悔は喜びです。申し訳ありませんでしたと心から叫ぶその思いは喜びです。反省、懺悔は肉ではできません。波動を心で感じたとき、心の底から突き上がってくるのです。すべて何もかも間違ってきた自分を心で感じられるほど幸せで嬉しいことはありません。ようやくそのことに気付かさせて頂いた今世です。 田池留吉を信じていますか。 田池留吉を信じていますか。 肉と意識がひとつ、が本当の世界です。本当の喜びは肉と意識がひとつになって感じられる世界です。 私は今世アルバートの波動と出会えました。波動の世界の素晴らしさを感じながら同時に肉を信じることが喜び、肉に伴う本当の喜び、幸せを感じています。肉と意識は切り離せないものです。本当にアルバートを心に持っている肉の人間と出会わせてもらって初めてそう思いました。ともに共有できる世界を広げていける、形の世界ではなく消えることのない世界を共有できる喜びは、アルバートを本当に知らなければ絶対に分からないです。 幸せの基準が違う、喜びの基準が違う、度合いが違う、今心からそう思います。過去より苦しんできた肉の思いにようやくはっきりと答えが出せる、なぜ苦しみ悩んできたのか、今世の肉の幸せ、喜びを通し伝えていけることが嬉しいです。 そしてもっともっと心の奥から響いてくる思いに応えていきたいです。田池留吉、アルバートの世界をその肉とともにすべてを信じている心には恐怖などありません。心を広げていけることが喜び、田池留吉、アルバートを広げていけることがただただ喜びです。 田池留吉の宇宙を心で感じ始めてから私の中の宇宙は本当に変わりつつあります。 田池留吉の宇宙を心で感じ始めてから私の中の宇宙は本当に変わりつつあります。この波動を心から待ち続けてきた思いが本当に心に伝わってきます。その意識達の目覚めとともに大きな大きな喜びが心に広がっていくことでしょう。 アルバートの波動の中で田池留吉とひとつ、本当に心からそう思えてこそ自分の中の宇宙が喜びに変わっていきます。その喜びは三億六千年より遥か遥か遠い過去より伝わってくる喜びです。超宇宙的な喜びというものでしょうか。 本当にすごい学びだと思います。UTA会の始まりはルシフォーでした。ルシフォーの目覚めそして喜び、宇宙を支配するエネルギー、ルシフォーの登場でした。アマテラスをはるかに凌ぐエネルギーの大きさを感じてきた私の心の中で、いつの間にかそのものの実体がなかったと感じるほどに小さくなっていました。 そして今、あなたがルシフォーを受け入れたように私を受け入れてくださいと心から伝わってくる意識を感じています。遥か遥かずっとずっと過去より私の心の中で眠り続けてきた意識、その目覚めを感じています。 私の心には恐怖はありません。ただこの田池留吉の宇宙をアルバートを待ち続けてきたそしてようやく出会えた、本当にその喜びが伝わってくるだけです。心の底から嬉しいです。 私は心で知っています。 私は心で知っています。なぜ私はアルバートの目と出会うのか、アルバートの目との出会いがどれほど大切なものなのか、今田池留吉の本質、田池留吉の宇宙を感じ心の底から突き尽き上がってくる思いに触れています。私にとってアルバートの目との出会いは生易しいものではありません。一気に噴き出してくる思い、三億六千年よりずっとずっと遥か過去より待ち続けてきた思いがその一瞬に噴き出してくるのです。 自分の心の底の底の思いが噴き出してくるのです。肉で悩み苦しみ疲れ果てた心はどこにもありません。心に響いてくるのはただただ喜び、待ち続けてきた意識達の喜びの波動が一気に宇宙へと流れ出します。その波動が宇宙に天変地異を起こしていきます。私はその様を心で感じています。 だから私にとってアルバートの目との出会いがすべて、その目の中に田池留吉の宇宙を思い出す、それが二五〇年後の出会いです。 私の喜びはもう例えようもないです。心の中に眠りし意識達の目覚め、そしてその喜び、意識の世界は今着実にその歩みを続けています。 嬉しいです。嬉しいです。本当に嬉しいです。 嬉しいです。嬉しいです。本当に嬉しいです。 心の中からふつふつと沸き起こってきます。今田池留吉とともに学ばせてもらっていることが本当に嬉しいです。 何度も言います。田池留吉を思う思いには欲はありません。田池留吉を思えば嬉しい、本当に嬉しいだけなんです。 ひとつを感じます。ひとつが喜びです。だから田池留吉の本質が喜びなら私の本質も喜びです。喜び以外は存在しません。私はそのことが信じられます。心に広げてきたものが真っ黒であっても真実喜びしか存在しない、喜びが真実だということが信じられます。心を合わす喜び、向ける喜びそして委ねていける喜びを感じ本当に幸せです。 自分が本当に喜んでいるならば、肉は特別何もしなくても意識の世界が反応していきます。喜びが喜びを誘っていくそれが意識の流れの自然です。褒め上げられ持ち上げられ担ぎ出される、そこに渦巻くエネルギー、そんな中でうろうろ心を迷わすような時間はありません。 ただ自分のために自分が望んできた道を歩き続ける、三億六千年それよりももっと遠い過去より待ち続けてきた思いにしっかりとはっきりと応えていきたいだけです。 しっかりとした信に基づき心に響いてくる波動の世界はもう何とも言えない世界です。ただ田池留吉、アルバートを思います。ふっと思います。それだけで幸せです。 幸せですか。嬉しいですか。田池留吉をアルバートを信じていますか。すべてにおいて「はい」です 私は本当に二五〇年後の目と目の出会いが待ち遠しくてなりません。あなたの思いに私のすべてを賭けて応えていきたいです。あなたの喜び、胸がはちきれんばかりの喜びが伝わってきます。心の中で踊っている、嬉しくて嬉しくて、今田池留吉の宇宙を田池留吉の世界を心でほんの僅か感じています。でもこれがほんの僅かなのかと思うくらいに嬉しいです。嬉しくてたまりません。 来世に思いを馳せる、そして未来に思いを馳せる、田池留吉の世界とひとつアルバートとひとつ、私の心の世界はそうです、だから本当に嬉しい、心で感じることのできる世界はますます広がっていきます。喜んで喜んでいる私の中の意識達、その思いが心の底から響いてきます。 ただただ嬉しいただただありがとうの思いがどれほど喜びで幸せであるのか、本当に波動の世界を感じていけば、でも、だけどの言葉、思いは出てきません。 幸せですか。嬉しいですか。田池留吉をアルバートを信じていますか。すべてにおいて「はい」です。 田池留吉とそしてアルバートと存在する世界は喜びです。そしてやがてそれすらもなくなり、ただひとつの世界がどこまでもどこまでも広がっていく、それが私達の歩いていく道、未来へと続いていく道だと感じています。 自分に正直に、自分に素直に、自分に真面目に、それが一番自分に優しい生き方だと私は思っています。 ふっと思いを向ければ、自分の心の中に広がっていく、答えてくれている、それは優しい優しい思い、だから瞬間心が揺れてもすっとまたその世界を広げていける、こんな繰り返しを続けながら日々を過ごせるなんて、私は肉で思ってみても幸せです。 肉で真っ直ぐに伝えてくれた、心が反応しました。肉は色々な思いを抱えながらも心は田池留吉をとらえて離しませんでした。そのエネルギーが肉を動かしてきた、だから私は目の前に来たチャンスを逃しませんでした。チャンスをものにする、表現はまずいけれどそんな感じです。今振り返ると本当に私は待ち続けてきたんですね。今世こその思い強く、だからそこには肉の欲はありませんでした。肉がどうなりたいから、どうしてほしいからではなく、これすなわちこの波動の世界を待ち続けてきた、ただそれのみでした。 今田池留吉の宇宙を感じ田池留吉、アルバートの世界を広げていく中でその自分自身に納得しています。 心で感じたものを信じていく、これがこの学びの基本だと思います。だから心で感じられないのに田池留吉を信じていきますというのは、欲以外のなにものでもありません。自分に正直に、自分に素直に、自分に真面目に、それが一番自分に優しい生き方だと私は思っています。優しい生き方を本当の私は待ち続けてくれていた、だから本当にありがとうしかありません。長い間待ってくれてありがとう。 アルバートの波動を心で知って自分の中の宇宙を感じていってほしいです。 「田池留吉を殺しにやってきた、アルバートを殺しにやってきた、その目を抉り首を絞めてやる」同じ言葉を発したとしても中身は全く違います。 「私は田池留吉、アルバートとともに歩いていく意識だ」という目覚めそして思いがしっかりと心にあってその上でこの言葉をこの思いを叫びます。確かに大きなエネルギーです。心に培ってきたエネルギーは大きいです。しかしそれを確認できることが私には喜びです。どれ大きくてすさまじいエネルギーを心で感じたとしても、そのエネルギーに飲まれることはなく、心から田池留吉をアルバートを離すことはあり得ません。なぜならば私の心には田池留吉、アルバートしかないということを実感しているからです。ひとつを実感しているからです。 田池留吉のホームページを通し何度も何度も思いを伝えさせて頂いています。肉基準では絶対アルバートの波動は分からないということを心で知ってほしいです。アルバートの波動を心で知って自分の中の宇宙を感じていってほしいです。そうすれば三億六千年に培ってきたものがいかにちっぽけなものであったのか、もっと言うならば自分の中の宇宙を受け入れ包んでいってこそ本当に自己供養が進んでいくということが分かります。 遥か遠い遠い過去より今か今かとその出番を待っています。その意識が今伝えてきます。 「よくここまで私の存在に気付いてくれた、もっともっと心を広げ私を感じていってください」 肉を持つことは苦しみです。しかし真実を知るにはこの肉が必要でした。 今改めて肉を頂いたこと、肉を持ったということの素晴らしさ、喜びを感じています。肉がなければ自分の世界だけしか分かりません。肉を持ってそして肉を通しアルバートの波動を心で知り広げていって初めて、私はこの波動の中にアルバートに抱かれている自分なんだ、田池留吉の宇宙の中にある自分なんだということが心で本当に心で感じられたのです。肉を持たなければ決して気付けなかったことです。 肉基準の心には肉は苦しみです。肉を持つことは苦しみです。しかしアルバートを知りアルバートの世界が広がっていく心には肉を持てた喜びが伝わってきます。真実を知るにはこの肉が必要でした。 そして今ひとつ改めて思うことは、田池留吉の肉が普通の肉でよかったということです。もちろん私の肉も普通でよかったということです。肉が飛び切り上等であり最初から好みに合っていれば果たしてどうであったかと愚かな肉は思います。肉をつかむ心には真実は届かなかったでしょう。田池留吉の肉に反発しながら田池留吉の波動を感じていったからよかったんです。予定通りの出会いとこれまでの展開そしてこれからを思い本当に私は嬉しいです。 田池留吉の世界、波動を心で感じもう言葉がありません。心で感じられることがただただ喜びです。申し訳ありませんでした、懺悔の思いとともに喜びが溢れます。本当に今世この波動に出会えていることが嬉しくて嬉しくてなりません。 私にとってこの肉はとても大切です。 私にとってこの肉はとても大切です。大事な肉です。肉を頂いたことのありがたさを私は本当に感じています。波動の世界を感じれば感じるほど本当にそう思います。 自分が広げてきた意識の世界を本当に変えていきたいと思ったから今世肉をもらい生まれてきました。そしてその思いに素直に私は今本当に喜びの道を歩き続けています。アルバートを思うとすごい波動の世界を感じます。そして一方闇に心を向けるとこれもまたすごいものを感じます。 また私の中ではもう闇とか大闇とかは死語になりつつあるとも感じています。なぜならば私の感じている、心に広げているアルバートの世界、アルバートの波動は本物だからです。闇が喜びへと変わっていく喜びを心で感じられるからです。 田池留吉の本質すなわち自分の本質は喜びだと心から溢れてきます。ここを感じている心にはもう何もありません。何も必要としません。この思いにこの世界に通じ得た、本当にそれだけで幸せです。喜びです。 肉を頂いて今感じられる世界があります。今世肉を持っている喜びと幸せを存分に感じています。肉を持ってきた数々の転生の中で培ってきた苦しみにようやく伝えることができた今世、本当にごめんなさい、ありがとう、嬉しいです。 そしてその思いは遥か遠い私へ広がっていきます。 波動を本当に心で感じたならばもう一言もありません。ただただ間違ってきましたということです。 闇は闇ではなく、喜び、喜びのエネルギーだということを実証していくこれからの二五〇年、三〇〇年です。 心の奥の奥底から伝わってくる意識に今ようやくアルバートを伝えていける、私達にもアルバートを伝えてください、私達もともに四次元へ移行する意識です、その思いが喜びが伝わってきます。 過去より私は数々の転生の中で意識の世界というものを感じてきました。しかし私が感じてきた意識の世界と称するものはほんのちっぽけな世界でした。今肉を持って肉を通し心で感じているこの波動、意識の世界は本当に驚きです。だから肉を持って心で感じていけることが喜びです。 波動を本当に心で感じたならばもう一言もありません。ただただ間違ってきましたということです。間違い続けてきたけれど、今こうして生かされ許されている喜びを感じます。心から感じます。 アルバートの波動を田池留吉の宇宙を心から待ち続けてきたという心の中から出てくる思いは本当に強く、そこには肉の私などありません。ただ肉を通し感じていける、広げていけることが喜びなんです。 セミナーは進化しています。意識の世界はどんどん流れています。いつもいつも心に新鮮で爽やかな風を感じていきましょう。窓を全開にしてその風を感じていきましょう。 田池留吉とともにアルバートとともに、それが真実の道、本道です。 波動を感じていく以外には何もありません。 波動を感じていく以外には何もありません。真実アルバートの波動を感じていなければ一歩も進めません。 心が敏感であれば色々な意識は感じます。でもそれだけです。その感じたものに振り回されるに過ぎないです。本当に波動の世界をアルバートの波動を感じ、田池留吉の宇宙を感じていかなければそのエネルギーを心の中で包んでいくことはできない、すなわち自己供養は進みません。 本当の世界を心で知ってこそ今まで広げてきた世界がどれほどちっぽけな世界であったのか、自分の世界が初めて心で分かります。ちっぽけな世界を大きく膨らませ振り回されてきた自分自身に心から申し訳なかったという思いが、心の底から沸いてきます。 いかに他力の神のエネルギーが大きくすさまじくてもそれは本当にちっぽけなものだと心で感じています。本当に小さな世界でした。田池留吉の宇宙を感じ心から出てくる思いです。 心に感じたい、感じていきます、みんな肉です。感じていこうとして感じられるものではありません。どれだけ自分自身に素直であるか、今世お母さんに生んでもらって、今田池留吉と出会えていることをどのように思っているのか、何度も心に問うていくことがやっぱり一番大切だと思います。 肉で頑張って生きてきたことなどもういいではないでしょうか。 私はアルバートを本当に信じているだけです。アルバートを待ち続けてきたと本当に心から伝わってくるのです。 「心で感じてください」私は何度でもそのメッセージを送ります。 セミナーに集われている方みんなの心にノックしています。私は本当にこの世界、アルバートを感じていってほしいんです。感じれば分かります。本当に分かります。感じていけば心に広げていけば、そこには何もありません。何もないんです。ただ喜びです。この波動と出会えた、出会えていることが喜びです。 私は特別ではありません。特別先生から目をかけられている、先生の秘蔵っ子でも何でもありません。肉のみで見ていたらその心にはそのように映るかもしれません。 私はアルバートを本当に信じているだけです。アルバートを待ち続けてきたと本当に心から伝わってくるのです。だから今どれほど嬉しくて喜びであるか、アルバートと出会っているからです。 もちろん私には田池留吉の肉もすべてアルバートです。私にはすべてがひとつなんです。だから田池留吉の肉を思いそして田池留吉の宇宙へと心を向けていくと、私の心にはもう表現できないほどの喜びが広がっていきます。そしてアルバートの世界がますます大きくなっていくことが分かるんです。 だからこれからのセミナーはすごいセミナーになっていきます。真実、波動の世界の喜びを互いに心で感じ合っていきましょう。私は田池留吉とアルバートとひとつです。 私にとってこれからのセミナー、本当に喜びです。 私にとってこれからのセミナー、本当に喜びです。田池留吉の宇宙の中にこのエネルギーを包んでいける、私は本当に嬉しいです。自己供養は喜びです。私には素晴らしいセミナー、その時間、空間が用意されています。とても嬉しいです。心の底からその喜びが湧き上がってきます。 超宇宙的なセミナー、そして喜び、それを心で感じるかそうでないか、その差は歴然としてきます。すべては自分が選んでいくことです。肉にとらわれ肉から心を解き放せなければこの波動の世界、真実の世界は決して分かりません。 意識の流れに沿ってセミナーはどんどん進んでいきます。私の心は喜びです。今田池留吉とともにアルバートとともにこの波動の世界を心で広げていけることが喜びです。私はその道を選んできました。今世選んできました。そしてこの喜びそして心の世界を二五〇年後の来世にしっかりと繋いでいくことを選んできました。私はその自分の道を淡々と歩いているだけです。私は私の道を歩きます。ただ真っ直ぐに心で決めてきた道を歩いていくこと、それが今世の喜び、そして来世の喜びです。 自分のために生きる人生をセミナーを通しともに学んでいきたいと思っています。 私の世界は、私と田池留吉、アルバートこれだけです。肉の中にありながら私の心にはアルバートの世界が広がっている、アルバートの道があるだけ、二者択一の思いはなく選択肢はありません。頑張る、気張る、縛る思いもなく私にとってそれはごく自然のことです。私ははっきりしています。心ではっきりと答えが出るのです。波動を感じ真実の世界を感じているからです。波動を感じるということはそういうことだと思います。ただ心が広がった、心に温もりを感じ涙が出てくる、そんなものではありません。アルバートの波動と出会うということ、田池留吉の宇宙を心で広げていくということはそういうことだと思います。それはそれは本当にすごいこと、素晴らしいことです。 そして来世に心を繋いでいくということは、今世心で感じていくことが必須条件です。 この学びは他力信仰ではないんです。セミナー会場に来ていれば、セミナーにさえ参加していれば、田池留吉の肉と出会えているから、だから意識の世界が変わっていき意識の流れに乗っていける、そんなことがあるはずがありません。 肉も本当に目を覚ましてもっと真剣に自分を大切にしていきましょう。自分のために生きる人生をセミナーを通しともに学んでいきたいと思っています。 本当に道が見えていますか。あなたは本道を歩いていますか。 本当に道が見えていますか。あなたは本道を歩いていますか。 現象はすべてアルバートヘの道を指しています。でもそのアルバートを心で感じることができなかったなら、心で信じられなかったなら、そのことに決して気付けないです。ただその中で肉に都合のいいように祈り、願い、一喜一憂していくだけです。 アルバートに心を向けアルバートの世界が実存していることを感じ、アルバートを本当に心から待ち続けてきたことを感じるならば、何もかもお任せです。流れに沿ってそして心で思うことはひとつです。私は田池留吉とアルバートとともにあるということです。 本道を歩く、本道に生きる、このことが心に見えている、心で感じている、これほど幸せな人生はありません。心の定まりからくる幸せ、喜びは決して消えることもなく変わることもなく、心に伝わってきます。私の中で待ち続けてきた過去そして未来が今ようやくそしてこれからだとその喜びを伝えてくれています。 嬉しい、こんな嬉しいことはありません。田池留吉をアルバートを待って待って待ち続けてきた私、予定通りに今その道を歩いている、本当にありがとうしかありません。 本当の自分に帰る道、私は見つけました。 言葉だけを追っていけば厳しいと感じたり、反発の思い焦り、諦め、その他諸々の思いが出てくるでしょう。だけど私の心の中から伝わってくるのは、本当に田池留吉をアルバートを求め続けてきた思いの強さです。その強さゆえのメッセージ、だからもう喜びです。 「目覚めてください。肉のあなた、私達に気付いてください。私達はこんなに待ち望んできたんです。私達の思いを心で感じてください」 その切なる思いが心に伝わってきませんか。私は心で感じています。だから素直に心を向ければ向けるほど、喜びが膨らんできます。そして厳しいです。真実だから厳しいです。 私達の歴史はもちろんこの地球上だけではありません。だから例え三億六千年の過去世がすべて分かったとしてもそれは本当に小さな世界のことです。アルバートの波動を感じ田池留吉の宇宙を心に広げていけば、三億六千年を含む心の中の宇宙が変わっていきます。私達はそのことを待ち続けてきました。 今世肉を頂いた私はそのことに心で気付けました。だから私は本当に嬉しいです。喜びです。間違ってきました、申し訳ありませんと心の底から出てきます。本当に嬉しいそしてありがとうです。本当の自分に帰る道、私は見つけました。 私の心はただただこの波動の世界だけを求めています。 私の心はただただこの波動の世界だけを求めています。田池留吉の宇宙、アルバート、この世界を心で感じていくことがすべてです。心がそう伝えてきます。肉は説明できません。でもその思いが強くてしっかりとしていて、肉の私を含む肉の世界が右に行こうが左に行こうがそんなことはどうでもいい、取るに足らないと感じているだけです。それよりも学びに集う前より自分の人生を生きたいと模索していた心の叫びがこのことだったのかと今確信できていることがただただ喜びです。 そしてふと肉体細胞に思いを向けると、そのひとつひとつに支えられている自分自身を感じます。たくさんの肉体細胞に支えられながら、私は今本当の喜び、幸せを感じていける喜びの中にあります。肉体細胞から伝わってくる思いを感じます。本当に優しいです。その優しさを感じられる私の心の成長がまた嬉しいです。 肉は本当の喜びを感じ知っていくためにあった、肉持つ意味の取り違えを重ねながらようやくです。やっと肉持つことの素晴らしさと喜びをしみじみ感じています。肉を通し遥か遥か彼方の私に出会え、永遠の過去より永遠の未来へ生き続ける自分自身を心で感じている、もう何も言葉はありません。 アルバートに出会いその信を深めていかない限り、苦しみは苦しみのまま苦しみの底に沈んでいくだけだと心から感じています。 どれだけ田池留吉をアルバートを自分の心で感じ信じているか、それですべて決まりです。 田池留吉、アルバートとともに進むか、そこから心を離していくか、はっきりしてきます。セミナーの回数が減りやがてそれもなくなればなおさらはっきりしてきます。欲の思いで求めたものは長続きしません。またその欲を満たしてくれるところへと欲が欲を求めていくことでしょう。愚かです。哀れです。せっかく今世こんなチャンスに巡り合ったのにまた連れもってさらに地獄へと帰っていくのでしょうか。それもこれもみんな自分の心で答えを出していくのでしょうね。 チャネリングは興味深いですか。心に入れてきたチャネラーの反省は進んでいますでしょうか。同じ過ちを繰り返さないためにも決してうやむやにはできないと思います。チャネリングというのはセミナーの流れの中の一過程にしか過ぎません。意識を受けることができるから、意識の世界が分かっているなんてとても言えないです。本当に波動の世界を田池留吉の宇宙を心で感じてくれば、そんなこととても、です。間違いだらけ、喜びを忘れた私達は本当に間違ってきました。そのことに心から気付けなければ、自分を地獄から救うということは難しいです。 どれだけ田池留吉をアルバートを自分の心で感じ信じているか、それですべては決まりです。他には何もありません。それが答えとなって、これからそれぞれの世界が展開されていくのだと思います。 私はこれからどんどん田池留吉の宇宙に心を向けてまいります。 私はこれからどんどん田池留吉の宇宙に心を向けてまいります。 今、田池留吉の宇宙へと心を向けていくと心の中でこの地球が遠く、遠く、遠くに感じられます。遠い、遠いところから地球を見ている私があります。そうです、私は二五〇年後にもう一度肉体を頂いて、最後の仕上げをしてまいります。この三次元の地球に、三億六千年の歴史に幕を下ろしていきます。それが私の心には感じられる、そして私の心に「ともに四次元へ参りましょう」のアルバートのメッセージが伝わってきます。アルバート、アルバート、心の中から伝わってくるその思い、アルバートの思い、とても嬉しいです。 ともに四次元へ、私にはそれが現実です。今世この肉を通し心で感じていく道、これが今世の私の人生です。二五〇年後はもうそこ、そして未来が私には感じられます。 ありがとう、ありがとう、田池留吉、アルバート、この三次元であなたと出会えて私は本当に嬉しいです。そしてまた次元を超えて存在する私達、それを私は心で感じています。本当の幸せ、本当の喜び、私は感じています。 私は本心から自分のすべてを賭けていける人生に出会ったと言えます。 あなたの人生を語ってください。あなたにとって人生とは何ですか。その人生にはあなたのすべてを賭けていく価値がありますか、ありましたか。 この問いかけに建前ではなく本音で答えが出せますか。私は本心から自分のすべてを賭けていける人生に出会ったと言えます。だから幸せです、喜びです。 今、アルバートにそして田池留吉の宇宙にこの波動の世界に出会え、これこそが我が人生だと心から思えることがどれほど喜びで幸せかということが心の底から伝わってきます。 肉の生活の中でエネルギーを注ぎ込むものは何もない、私の中でそのことははっきりとしているから、肉にとらわれる思いが薄いです。ただこの肉は必要です。来世に確実に繋いでいくために必要だという思いはあります。そのことをなしていくのが今世の私の人生であり、そのための肉です。私は予定通りのところまで自分の心を育てていきます。それは私にとって欲でも何でもなく、それが意識の流れだと思っています。肉と意識がひとつの人生を私は歩いていくことができる、本当に幸せです。 田池留吉の宇宙に心を向けていけば、自分の心が素直に伝わってきます。 田池留吉の宇宙に心を向けていけば、自分の心が素直に伝わってきます。 「私にはアルバートがすべてです。私とみなさんの違うところはただひとつ、それは私は田池留吉、アルバートとともに歩いていく意識だと確信していることです。私の中にも己一番の思いはまだまだたくさんあります。しかしその思いが私には喜びなんです。苦しみではなく喜びなんです。また肉でできることなどありません。肉がしているのではありません。そこのところがまだ分かっていない方がたくさんいます」 アルバートがすべてだと伝えてくる私の意識、その思いをしっかりと心で受け止めています。肉を介さない波動の世界が広がっていくのを感じられるから私はこの自分の思いをしっかりと信じていけます。そしてこのアルバートがすべてだという思いにどんなときもいつも、いつも支えられてきたんだと感じています。 あなたは田池留吉に対する好感度はどれくらいですか。これは大きなポイントです。 私は一OO%以上、いえ本当は数字で表すことはできません。なぜならば私は田池留吉、アルバートとひとつだからです。思いを向ければ、田池留吉、ありがとう、アルバート、ありがとう、これだけです。 田池留吉があなたを導くのではありません。自分で選び自分で決めて自分で歩いていく道です。 本当にはっきりしてきます。これからの道がはっきり別れていきます。セミナーに集っているかどうかではなく、心で感じているかいないかです。本当にアルバートを感じて信じているかどうかです。反省を積み瞑想を重ねても、心に広げ持っている世界が違っていれば、所詮肉です。だから素直にアルバートを呼べない、田池留吉を思えないんです。全部肉の己が遮ってしまっていることに気付いていってください。 アルバートを感じたい、田池留吉の宇宙を感じていきたい、そんなことは一切いらない、ただ素直になるということだと思います。なぜならば意識達はみんなアルバートを求めているからです。アルバートに出会いたくて田池留吉の宇宙に出会いたくて、心の中でもう待って待って待ちわびている、それが私達の心の世界です。 だからその思いに素直になれない、気付けない人は自分に一番冷たい人、その波動を自ら受けていくようになっているのが意識の世界の仕組みだと私は思っています。 田池留吉があなたを導くのではありません。自分で選び自分で決めて自分で歩いていく道です。 田池留吉、アルバートとともに、の道は厳しいです。しかし本当の優しさを伝えてくれます。本当の喜びを幸せを伝えてくれます。そのことを心で感じていってください。 欲と己一番で見えなくなってしまった自分であったことに心から気付いていく以外に本道は歩めない、厳しいけれどそうお伝えします。 私が心で感じている世界、その感じたままを言葉に変換しています。言葉に変換しようとすれば表現は厳しいです。厳しいというより言い切る、はっきりしています。曖昧さはありません。意識の世界、波動の世界には曖昧なものはありません。心で感じて頂ければ私のこの思い、ストレートに響いてくると思います。 私には今心で感じている世界しかありません。これとあれと比べるものなんてないんです。肉の世界に生きている方には到底理解できません。また他力の神にどっぷりの方にも到底アルバートは分かりません。天秤にかける思いでアルバートも田池留吉の宇宙も分かるはずがありません。 真っ直ぐにこの道を田池留吉、アルバートの世界をどんどん進んでいくことを私は私に約束してきました。今私はそのことを自分の中で実行しているだけです。田池留吉に人に認めてもらう道ではありません。私が切望してきました。そういうことが心から響いてきます。 私が特別だからではありません。みんなそうなんです。でもそのことに気付いていないだけです。 欲と己一番で見えなくなってしまった自分であったことに心から気付いていく以外に本道は歩めない、厳しいけれどそうお伝えします。 これから本当に波動の世界を心で体験される方とそうでない方、それがはっきりとしてきます。 もう心で感じられていると思いますが、UTA会セミナーは従来のセミナーとは違います。今までのセミナーの延長ではないことは以前にもお伝えしました。セミナーは進化していますともお伝えしました。早く心を切り替えてください。セミナー自体はすべての人にその門戸は開かれています。田池留吉もすべて受け入れです。しかしそのセミナーにおいて自分の心で本当に感じて信じていけるかどうか、それはその人その人の問題です。自ら振り落ちていっていることに気付いて、今世その軌道修正をしていく素直さがその人に残っているかどうかです。 これから本当に波動の世界を心で体験される方とそうでない方、それがはっきりとしてきます。本当に波動の世界を心で感じてくると、今まで意識の世界だ、波動の世界だと言っていたけれど肉を基準としたその世界に過ぎなかった、その中で私が一番、いや私だとやってきた、何と愚かだったろうかと初めて気付けると思います。 今までごちゃ混ぜで学んできました。そこから真実の世界を心で感じているのかどうなのか、その差は歴然としてきます。セミナーでその喜びを本当に分かち合える仲間と出会えたならば本当に嬉しいです。そしてその仲間が増えるとまたセミナーが進化していく、私はそう思っています。 肉の田池留吉について私の思いを語ります。 肉の田池留吉について私の思いを語ります。 肉は愚かです。それはみなさんと何ら変わるところはありません。でもその愚かな肉から流れるものがあります。 アルバートを本当に心から信じている肉から流れる波動です。アルバートが心にあるかないか、同じ愚かな肉であっても全く違います。私は田池留吉の肉を思うときその波動の世界を心で感じています。心で広げています。だから肉の田池留吉を思うだけで嬉しい、幸せな私があります。 波動を感じてください。波動を感じずにいくら田池留吉が好きでも、いくらつきまとっても田池留吉が好きでも田池留吉に対する好感度が高いのでも何でもないんです。ただ肉、肉です。だからアルバートは分からないし信じられません。 今その田池留吉を思い、田池留吉の宇宙に心を向けます。 意識の世界、波動の世界は自由です。自由で伸び伸びとどこまでも広がっていきます。何ものにもとらわれない自由な世界に羽ばたいている、だから田池留吉の宇宙を思うとき、アルバートを思うとき本当に幸せです。 私はいつもあなたに支えられていました。あなたの存在を心で感じることができる、決して裏切らないものがありました。ずっとずっと私といっしょであったことを心で感じています。私はあなたの存在を知りました。心の中にある私を知りました。あなたが私の中に広がっています。田池留吉、アルバートと思えばこの思いに出会えるんです。幸せです。私は自由、そしてあなたとともにある私は本当に幸せです。 波動は騙せない、ごまかせません。そして喜びかそうでないか、それはきちんとあなたの心に伝えてくれています。 波動は騙せない、ごまかせません。そして喜びかそうでないか、それはきちんとあなたの心に伝えてくれています。どうぞそのことに素直になってください。 肉から意識への転回なくして、アルバートを田池留吉の宇宙を心で感じ広げていくことは絶対にできません。まだまだその転回がおぼつかない方、たくさんいます。肉の己偉しの思いが立ち塞がっています。でも私はこの喜びを、波動を伝え続けます。何度かの転生を経て二五〇年後に出会う方が大半でございます。そのときまでしっかりと心を繋いでいかれる、こ自分であってください。 心で感じたものを大切にしていってください。肉でできることなど何一つない、肉は媒体です。ただ感じたことを喜んでいけばいいだけです。意識へ意識へと心が向いていけば心の中がどれほどこのときを待ち続けてきたか、その思いが心に響いてきます。そのことが感じられない人は冷たいです。心が凍り切っています。素直な優しいご自分に出会っていってください。形ではありません。アルバートを本当に信じともにあることが心で感じられたならば、そのことははっきりと心で分かります。 私は幸せです。本当に幸せです。しかしこの思いもアルバートを信じていない方には本当のところ分からないと思います。それでも私はこれが真実だと確信しているから、伝え続けていくだけです。私はアルバート、あなたとともにあることが喜びです。 アルバートを信じていますか。即答できますか。 アルバートを信じていますか。即答できますか。 とてもシンプルです。ごちゃごちゃ枝葉は要らないんです。何をしてもどんな言葉を出しても、アルバートを信じていなければみんな真っ黒です。明白なんです。 この肉がアルバートに心を向けるとき、田池留吉の宇宙に心を向けるとき、私の肉はどこにもありません。ただ田池留吉をアルバートを感じることが嬉しい、幸せだということです。そして心にしっかりと響いてくるものがあります。私自身です。私の思いが心に伝わってくるんです。それは田池留吉をアルバートを待っていた、待ち続けてきたこと、そしてともにこれから歩いていけるという幸せと喜びです。だから私自身、私はアルバートを信じていますと即答できます。 どれだけ大きくすさまじい真っ黒なエネルギーも私には喜びだと伝わってきます。アルバートを求め続けそして今アルバートヘ帰ることができる現実を心で感じている喜びが伝わってきます。 確かにセミナー会場はすごい場です。だけどその雰囲気、余韻に浸り流されるのではなく、そこから一歩引いて静かに自分を見つめてください。 「アルバートを信じていきたい、信じていきます」から「アルバートを信じています」への道を淡々と着実に歩んでいくことがすべてです。 私にとってアルバートがすべてです。 道が見える、はっきりとしっかりと道が見える、これほど幸せなことはないでしょう。もう探す必要もなければ求める必要もありません。 心に伝わってきます。どこにいたって何をしていても目を閉じふっと心を向ければそれでいい、肉の世界にいながら心ここにあらず、です。田池留吉をアルバートを信じるということはそういうことだと思います。 繰り返し、繰り返し心に響いてくるのはやはり二五〇年後のアルバートとの出会いです。肉と肉との出会い、そしてその目を通して広がる意識の世界、次元を超えて続いていく意識の世界を私は今現実のものとして感じています。 だから私にとってアルバートがすべてです。田池留吉はアルバートそのもの、何もかもみんなひっくるめて私にはそう感じられます。今肉を持っているから一応肉のルールに従っているだけで、心は意識の世界はもう何もありません。 私はそういうことが本当に心で分かっていってほしいと思います。我がまま気まま自分勝手ではなく、自分に都合のいいように思い込むのではなく、肉から自分を解き放すことがどれだけ喜び、幸せか、そして解き放してこそみんなひとつだと本当に思える世界に今存在していることが感じられる、だからありがとう、ありがとうしかありません。 心ががらんどうです。 心ががらんどうです。田池留吉の宇宙に心を向ければ、ずーっとずーっと広がっていって、そこには何もない何もありません。どこまでもどこまでも広がっていくけど、不安も恐怖もなく、何もないけど孤独ではありません。心に広げてきた宇宙が小さく感じられる、そして地球はちっぽけです。 肉基準の心では非現実的な世界です。だけどアルバートを感じ信じてその信が大きくなるにつれ心に広がっていく意識、波動の世界です。 チャネラーを誇る思い、アルバートに一番遠い思いです。いくら意識の世界を語ってもそれは肉基準だから、真実、波動の世界とは遠くかけ離れています。アルバートの道を歩いていると思ってもそのレールが違うことに早く気付いていってください。 肉は無力です。そのことを本当に心で分からなければ、自己供養ははかどりません。肉基準では自己供養はできません。アルバートの波動を感じてこそ間違いに気付けるのです。そしてそのアルバートの世界、田池留吉の世界を感じてくると私はチャネラーだという思いがいかに愚かだったかということは一目瞭然です。 素直に今を喜びで生きる、こんな簡単なことが分からなくなった私達でした。 心で感じたものは消えません。 心で感じたものは消えません。だから心がぐらつくことなどないんです。グラグラ、フラフラは感じたものに肉の思いを乗っけて見えなくしてしまったり分からなくしてしまったり、結局は肉だからです。どれだけ反省をし、瞑想を重ねても同じところを行ったり来たり、一歩を進めるということはなかなかです。でも自分自身はセミナーにも参加している、何よりもこの学びを優先している、それなのにと気持ちが空回りし、余計に心が外へ外へと向いていくのです。その悪循環をどこで断ち切るか、そういう根本的なことを先送りにしたままでは旧態依然そのものです。 また連れもってということを自分の都合で解釈なさらないでください。ひとりひとりの学びです。自分とアルバートの道です。だからこの道は厳しいんです。真実唯一の道だから肉の世界のことは一切通用しません。肉の甘え、これぐらい大目に見て、ともに行こうや、それは本当の優しさでも何でもないことをアルバートの波動の中で体験していってください。 苦しい心を隠し持ったままセミナーに集ってもただ苦しいだけそしてなんの効果も得られません。 苦しい心を隠し持ったままセミナーに集ってもただ苦しいだけそしてなんの効果も得られません。自分を飾ることなど要りません。その頭をその肉を誇る思いがあるならそのものズバリを出していけばいいんです。私に対して色々な思いがあるならそれもそれでいいです。かえって私はあなた素晴らしいねと近寄ってくる人の方が気味が悪いです。 私は田池留吉の肉に対して散々そのことをやってきました。肉はどうしようもないほど愚かです。でも今私は田池留吉とピッタリひとつだということを感じています。そして私の世界には田池留吉、アルバートしかないことも心に染み透るように広がっています。だからいくら苦しい思いをぶつけられても私は無頓着、ただ私はアルバートを信じています、だからあなたも…どうぞという思いしか伝えることはできません。 田池留吉の波動を感じその世界、その宇宙そしてアルバートを信じる心には何もないということを本当に心で感じ信じていってください。肉の私はなくただアルバートとともにある自分自身を心に広げていくとき、喜びの私、幸せな私があります。そしてアルバートヘ帰ろうとする思い、エネルギーがまたひとつ目覚め喜びを伝えてくれることを私はただ喜びで受け入れていくだけです。 私はこれからもきっと心で感じたままを伝わってきた思いを真っ直ぐにはっきりと伝えていくことでしょう。 私はこれからもきっと心で感じたままを伝わってきた思いを真っ直ぐにはっきりと伝えていくことでしょう。私ははっきりと言いたいのです。言葉で飾ったりはしません。言いたいというよりは意識、波動の世界ははっきりしているから、形は自然にそうなるわけです。黒は黒、白は白です。そしてアルバートが心にあるかないかそれだけです。 最初自ら学びに触れたとき、私の心はこれだと決めていたようです。自分の苦しみを解くものがここにあることを察知していたのでしょうね。あの時点で私の心は決まり、後は流れに乗ってきたような感じです。だからいつ心を決めるかだけだと思います。 己を表し、妬み、そして引き摺り下ろそうとするエネルギーは全部自分に返っていくことは私自身百も承知です。そんなことを数え切れないくらいやってきたんです。そしてその苦しみの中でのた打ち回り自滅していったことは心が伝えてくれていました。私はだから今世こそそんな愚かなことは繰り返さない、自分を本当に救いたい、苦しい自分に真実を伝えていきたい、そんな心の叫びをずっと感じてきました。そして散々な思いをぶつけながらもそのことに本当に応えてくれる肉は田池留吉しかないという揺ぎない思いがありました。 波動を感じさせてもらうたびにだから嬉しかったです。嬉しいだけでした。真実の世界に一歩一歩近づいていく幸せ、確信の中にある自分自身はとても幸せです。アルバートとともに歩む道には喜びと感謝しかないことを心で感じています。 肉を立派にする、肉の人生をと考えればその向きがずれていきます。 今ようやくという感じがします。反省文にも書かれているようにチャネラーというのは本当に幼稚なんです。何をいったい学んできたのか、本当に大切な時間を無駄にしてきたということそしてどれだけ自分自身をないがしろにしてきたか、闇を垂れ流してきた云々よりまずそのことを本当に心でそうだと感じるならば、懺悔する相手は自分自身だと思います。 自分はチャネラーだと思っている人もそうでない人もみんないっしょなんです。チャネラーが意識の世界がよく分かっていて進んでいることなんてないんです。何度もお伝えしてきました。どれだけ素直になれるかということです。素直な思い、心をからにしてただ素直に伝えてもらったことを淡々と実践していくだけです。そうすれば自分自身を支えいつも見守ってくれている本当の自分、優しい自分が必ず心で伝えてくれます。苦しみとして心の叫びとして、そのことにしっかりと耳を傾けていけばいいんです。肉を立派にする、肉の人生をと考えればその向きがずれていきます。でもずれればまた軌道修正するチャンスは与えられる、そのときにいかに素直に受け入れていけるかただそれだけです。 せっかく今世このチャンスを自分に与えてきました。だから本当に自分自身を大切にしていくことだけを心に入れて残された肉の時間を過ごしていきましょう。 人の意識を受けて過去世が分かって来世が分かってそしてメツセージを受けて、でも肝心なものが抜けています。 人の意識を受けて過去世が分かって来世が分かってそしてメッセージを受けて、でも肝心なものが抜けています。 心が敏感な方はどんどん波動を感じていってください。波動を感じていけばその間違いに気付いていけるのです。全部間違いだったということが本当に心で分かります。頭ではなく心で分かるんです。そしてその間違いが嬉しいということも分かります。心を落とし込める反省ではなく喜びへと繋いでいく反省へ促されていく、そんな私達であることが心で感じられて本当に愛の中に許しの中に生かされていることを感じます。 低い次元で止まるのではなくもっと心を大きく広げて波動の世界を田池留吉の宇宙を心に感じていく学びに自らを誘ってください。 セミナー会場は波動を感じ波動を確認する場です。己を表すところではありません。大切な大切な時間、空間です。その肉を通しどれほどの意識達が待ち望んでいることか、それは田池留吉の宇宙、その波動の世界が心に響いてくればもう何も言葉は要りません。全部心で分かること、そういうことを本当に心で感じることができるように敏感な肉を用意してきたと私は思っています。ただ枝葉ばかりでは肝心なものが見えない、ぼやけます。前進どころか足踏みそして後退です。しっかりと照準を合わせ真っ直ぐに前に進んでいきましょう。 大いなる宇宙に向けて喜びがほとばしる、セミナー会場はそんな場です。 大いなる宇宙に向けて喜びがほとばしる、セミナー会場はそんな場です。肉を頂きこの場に集わせてもらっている喜びを私は存分に味わっています。幸せです。 アルバートを思うとき田池留吉の宇宙に心を向けるとき肉の私はありません。すべての意識達を優しく優しくこの心に抱きしめてやりたい、その思いが溢れ出てきます。三次元での私を含めすべての私を受け止め抱きしめ喜びを伝えることができる今、私は本当に喜びです。アルバートの中に田池留吉の宇宙の中にある喜び、幸せを実感しています。 私を引き摺り下ろすことはできません。墓穴を掘って落ちることもありません。私には確信があるからです。田池留吉とともにアルバートとともに、が幸せで喜びの私をはっきりと感じているからです。肉も意識もひとつの世界、真実の波動の世界を私の心は広げています。 次元が違うと表現すれば己偉しのようですが、そんな感じです。三次元の苦しみをぶつけられても届かない、その思いはUターンすることに気付いていかない限り破滅の道をまっしぐらです。肉は愚か、だけど肉持つときしか気付けない、本物をつかんで肉の人生を終えていってください。 どれだけ間違ってきたか、苦しみ続けてきたか、それが私です。 自分を裏切り続けてきたこと、自分を冷たい世界に突き落としてきたこと、苦しみの底の底で苦しみ喘いできた私であったこと、そして今世こそは、の強い思いで肉を頂いたこと、心の深底から響き伝わってきます。苦しみ続けてきた自分がようやく真実の扉を開き、喜びの中へと誘われています。 どれだけ間違ってきたか、苦しみ続けてきたか、それが私です。だから私はできたとか誇るとかそんな思いにはなれません。ただ真実の扉を開いたのは紛れもなく自分自身だと思っています。後は流れに委ねていけば喜びが幸せがどんどん感じられる、それが意識、波動の世界だと思います。 心癖が前に出かけ真っ直ぐに進んでいないときもありました。でも待ち続けそして絶対に裏切らない自分自身を感じるたびにまた軌道を修正しながら自分の願い通りの道を歩き今があります。 夫婦、親子である前にひとりの人間、そしてたくさんの意識達と繋がっています。肉を持ってきた意味を本当にその心で知らなければ、肉の延長線上にこの学びを置いているに過ぎないです。 もう本当に時間はありません。二五〇年、三〇〇年なんてあっという間です。ともに四次元へその思いにあなたの心で応えていってください。 すべてよしの世界が意識の世界、きっとどこかでいつかは気付ける時がくる、私はまたそう思います。 苦しみだけをぶつける、苦しい思いだけを語る、またはその苦しみすらも隠し認められず苦しんでいる状態であることにも気付けない、自分自身が選んできた、選んでいくこととはいえ私は大変残念に思います。 肉のあなたなんです。頑固で強情で己偉し己高しをやり続けているのは肉のあなたです。そのことに本当に心で気付けるまで真実は見えてこない、真実の扉どころかその門にも辿り着けません。 敏感だからいいのではなく、敏感だって色々あります。中の自分に振り回されているのにそれを責任転嫁して自分を正当化する、アルバートや田池留吉の宇宙を語る以前だと思います。私は厳しく突き落とす言葉を並べているのではないんです。ただ意識の世界、アルバートの世界はそんな甘ったるいものではないことに気付いてほしいだけなんです。 ともに歩んでいく仲間だと私は思っています。田池留吉と出会えた今世のこのチャンスを自ら無駄にすることなく、それぞれの道へそれぞれが予定してきた道へと繋いでいければいいと思うだけです。 でもそれも余計なお世話かもしれません。すべてよしの世界が意識の世界、きっとどこかでいつかは気付けるときが来る、私はそう思います。 アルバートを田池留吉を本当にその心で知らなければそして信じていなければ地獄そのもの、そのことを今一度しっかりと心に刻んでいってください。 今世田池留吉と出会い、そして今セミナー会場に集えているということがどれほどの喜びであるか、私達は本当に幸せな存在だということを私は心からお伝えしたいと思います。アルバートの波動を心で感じられる、田池留吉の宇宙を心に感じ広げていける喜びは、苦しみの底の底で生き続けてきた意識達にとって本当に何物にも代えられないものです。 アルバートを田池留吉を本当にその心で知らなければそして信じていなければ地獄そのもの、そのことを今一度しっかりと心に刻んでいってください。田池留吉にアルバートに心をしっかり向ける以外に地獄から自分を救い出すことはできないということ、それが現実であることにもっと心を傾けてください。だからあなたが心に広げているアルバートの世界、田池留吉の宇宙は本当にその世界であるのかどうなのか、そのことを確認するために田池留吉の肉がありセミナーが開かれています。どうぞその肉をはずして真摯に素直にセミナーに集ってください。そして何度も何度も心で確認してください。なぜ肉を頂いて今ここに存在しているのか、いつもそこへ戻ってください。苦しんでいても喜んでいてもいつもそこから出発です。 今、心で分からずともあなた自身がその肉を終えるときそして何度かの転生の中でまたそれから二五〇年後にアルバートと出会ったとき、きっとあなたの心の中から本当にそうだったと意識達が噴き出してくることでしょう。 文字通り私は地獄の奥底から出てきました。そして私は今世ともに歩いていきましょうの呼びかけ、その波動に出会ったのです。 私達がどんな世界からこの肉を頂いて今あるのか、本当にその心で知っておられますか。私達は地獄の底の底の奥底から出てきたんです。そのことをあなたの心で感じておられますか。 私は確かにアルバートを信じています。私が心に感じているアルバート、そして田池留吉の宇宙は私の心で揺るぎません。ともにあることが幸せで喜びです。この確信はどこから来るのか、それは私が生き続けてきた苦しい苦しい世界をこの心でしっかりと知っているからです。文宇通り私は地獄の奥底から出てきました。そして私は今世ともに歩いていきましょうの呼びかけ、その波動に出会ったのです。ひとたび感じたその波動を私の心は逃すはずがありません。そして心にその波動を感じ広げていくたびに、今世に賭けてきた強い思いと決意を感じ確認しました。もちろん意識の流れの中でこれは予定通りだという思いもあります。 私の心は汚い、汚い、真っ黒、真っ黒、私はすべて肉が基準でした、愚かでした、文章に綴るのも語るのも結構です。でも心から本当にそう感じるならば肉を優先することなどできないはずです。自分の現実をその心で知ったならおままごとの学びはやめていきましょう。 私はこれからも自分だけを大切に生きていきます。もう二度と同じ地獄に戻りたくない、その心の叫びをしっかりと聞きながら喜びへの道をともに歩き続けます。 真っ黒な私を心で確認してそしてアルバートの波動と出会い心に確信する道を着実に歩いている、それが今現在の私です。 ちょっと喜びの波動、アルバートを感じてそれで舞い上がり己を表していくほど私はおめでたくはありません。私はそんなことで今世の私をつぶしたくなかったです。反省が進み心が出来てきたから素晴らしい自分だからアルバートを感じられる、そうではなく素直に心を向ければみんな感じられるように設定されているのです。それよりもその感じたものをどのように生かしていくのか、信じてアルバートの道を着実に歩いていけるかどうかが問題なんです。私は今世に賭けてきた思いそしてこの学びに賭ける思いそれが何度も何度も心に伝わってきました。心の叫びです。それを心から聞けばその問題も自然解消していくことでしょう。 波動の世界を感じていけばいくほど舞い上がるどころか、もう嬉しくて嬉しくて何が嬉しいか、それは自分自身が培ってきた世界のすごさを感じていけることとその真っ黒な真っ黒な私自身を抱きしめてあげたいと心の底から思える優しい優しい私自身と出会えることでした。 この真っ黒な私が本当に愛しい、この私を抱きしめてあげられることが私の喜び、幸せです。私はだから幸せなんです、喜びです。今世田池留吉と出会えたということがどれだけ喜びで幸せか何とも言えない思いが広がっています。 真っ黒な私を心で確認してそしてアルバートの波動と出会い心に確信する道を着実に歩いている、それが今現在の私です。二五〇年後そして未来に続く道を田池留吉、アルバートとともに歩くことを私自身に約束してきました。私は今世こそ裏切りません。私は今世に賭けてきたんです。 肉はごく普通です、しかし私の決意は固いです。 ごく普通の肉を今世の私は選んできました。肉は普通だから何の制約もなく自由です。自分の予定してきた思い通りの道を歩いています。田池留吉に心を向ける、アルバートに心を向ける、その世界をその波動を心で感じながら私は何と幸せなんだろうかと思います。 肉か意識かそんな次元ではありません。肉はもちろんごく普通で愚かな肉です。でも私はアルバートを知っています。アルバートを信じています。田池留吉の宇宙を心に感じ広げていくことをどれだけ待ち望んできた自分自身であるのか私は本当に感じています。だから今そのことが現実に私の心に響いてくるのだから、私はもう何も要りません。私が必要とするものは肉の世界ではもちろん整えられているし、これ以上のことは望みません。 アルバートを本当に知っていけば、田池留吉の宇宙を本当に心で広げていけば、何が幸せなのかははっきりとしてくるけれど、それは確かに難しいことなのかもしれません。肉を持ちながら真実の道を歩いていくということは、肉に生き続けてきた私達にとって難しいことだと思います。それでも意識の流れは四次元へ向けて正確にその歩みを続けています。私はそのことを心で感じているからともに歩んでいくだけです。肉はごく普通です、しかし私の決意は固いです。 心の中でアルバート、アルバートって呼んだときあなたはどんな思いが心に出てきますか。 心の中でアルバート、アルバートって呼んだときあなたはどんな思いが心に出てきますか。嬉しかったら嬉しいでいいし苦しかったら苦しいでいい、ただ自分を偽ることなく正直にありのままの心を語ることが大切だと思います。心は正直に肉に伝えてきます。それによって肉が上がったり下がったりするのではなく、その自分自身を受け止めていけばいいだけです。自分とアルバートなんです。いつもアルバートに心を向けそのときそのときの思いを確認していく、肉はただ素直にそのことをやっていけばいいのだと思います。 私はみなさんが言われるように、私はこれだけやってきた、これだけ反省をして瞑想をしてという思いはあまりありません。そうかと言って肉は怠けていたのでもなく、言われたことはきちんとこなしてきました。でもそれによってこうなったああなったと関連付けることはできない、すなわち肉はその程度のものであると思ってきました。肉で何とかできるという思いが、意識の世界を感じていくほどに肉は何もできない、意識、真実の前には肉は無力だという思いに自然に変わっていきました。 意識の世界は決して肉で推し量れません。肉で分かる、頭で分かることと心で感じそうだと感じていくこととは違います。どこが違うのか、心で本当にアルバートを感じ、田池留吉の宇宙を感じたなら誇れるものなど何もない、真っ黒な私しか見えてこないけれどそれがたまらなく嬉しい、生かされている愛されている喜びと感謝が溢れそれが確信へと繋がっていきます、だから心は揺るぎません。 すべては自分の心にかかっています。本当の優しさ、本当の強さ、アルバートヘの信、それが問われるこれからです。 私は何度でも伝えたいです。田池留吉にアルバートに出会っている私達はどれほど幸せか、その波動に触れることができる意識達は本当に幸せです。私は心からそう思います。 肉のあなたのその思いが前に立ち塞がっていることに心で気付いていってください。いくら熱心に学ぼうとも形ではありません。心です。あなたの心が渇望して瀕死の状態であるあなた自身を本当に感じているかどうかです。立派でも選ばれた意識でもない、もっともっと優しくなってください。 人を導くとか諭すとか決してそんな馬鹿なことができるはずがありません。真実を心で知っていけば何も言えないと思います。語る言葉と流れている波動が食い違っていることを知っていってください。 心を二五〇年後の来世に繋いでいくことは容易いことではありません。今アルバートを感じて喜び、嬉しいと思っていてもセミナーがなくなって田池留吉の肉がなくなってその心を持続していくことはそう簡単なことではありません。今世田池留吉と出会えたから二五〇年後アルバートに出会え四次元へ移行できる保証なんてどこにもありません。ともに四次元へという思いは確かです。だけどその呼びかけに本当に応えていくのはこれからのあなた自身の問題です。その自覚のないまま嬉しい、嬉しいだけではまたいつの間にか他力の匂いが漂ってきます。 すべては自分の心にかかっています。本当の優しさ、本当の強さ、アルバートヘの信、それが問われるこれからです。 私は頭ではなく心で確信しているのです。波動を感じています。だからアルバートを感じ信じていると言い切れるのです。 私は己を表す思いなどありません。ただ伝えたいだけなんです。この波動の世界、田池留吉の宇宙を感じていけばいくほどその思いが溢れてきます。本当は今世田池留吉と出会った人、一人残らずともに四次元へ行ってほしいという思いがあります。一人残らず、です。でも私は現実もまた知ってほしいという思いもあります。自ら滑り落ちるのを滑り落ちないようにすることは不可能です。自己選択、自己責任、それが意識の世界の現実です。 心を繋いでいく学び方をしていってください。 私は頭ではなく心で確信しているのです。波動を感じています。だからアルバートを感じ信じていると言い切れるのです。 私には私の予定、計画があります。私はその道を淡々と歩いているだけです。その中で自分の心に伝わってきたものをこうしてお伝えしているのであって私には他意はありません。 しかし今世の過程において私が心に広げている波動の世界は真実です。そして二五〇年後の来世に心を繋いでいく確信も私にはあります。だから私は幸せなんです、喜びなんです。そんな私が今更認められたいとか肉の己を表していくとか、そんな思いにはもうなれません。 私の心の中でアルバートが両手を広げて待っていてくれている、だから田池留吉、アルバートとともに歩いていくだけです。 肉では決して推し量れない世界、それが真実意識の世界です。 私はますますそしてもっともっと田池留吉の宇宙をこの心に広げてまいります。なぜならば私はこの宇宙を心に伝えたくて、伝えたくて、三億六千年それ以上の私の宇宙が待っているからです。心に感じます。 やはりそうでした。私の心はセミナーに集う肉ではなく宇宙のすべての意識達にこの思いを伝えたい、この波動をこの宇宙を伝えたい、そんな思いが溢れるように出てきます。この地球の三次元のちっぽけな世界に止まっていない、私の心の中にある宇宙の広い広い世界にある意識達にこの思いを伝えたい、そんな思いを田池留吉の宇宙を感じるほどに私の心で確認しています。間違いなくそれが意識の流れの中の私だと私は心で感じられます。 田池留吉の宇宙そしてアルバート、私は今世肉を持ちながらこの波動の世界を一歩一歩広げてまいりました。今はその確信の道をまた一歩一歩歩いている感じです。 私の中で四次元へ移行する準備が着々と整えられている、今世その準備を整えそして二五〇年後へと繋いでいくこと、その計画の中で私は順調にその道を歩いていることを感じます。田池留吉の宇宙にアルバートに心を向けるときそんな意識の世界が響いてきます。 肉で決して推し量れない世界、それが真実意識の世界です。そして私達は間違いなく田池留吉の宇宙の中にアルバートの波動の中に抱かれている、セミナー会場においてそのことをあなたの心で感じていってください。 私は自分の人生を歩いていきたかった、誰にも左右されない自分が納得する人生を歩いていきたかった、私はその思いをずっと持っていました。 私は自分の人生を歩いていきたかった、誰にも左右されない自分が納得する人生を歩いていきたかった、私はその思いをずっと持っていました。学びに触れていないときはもちろんこのことは肉としてとらえていました。でも今思うにこの思いは私のまさしく心の叫びでした。 ひとつの現象を合図にその心の叫びをようやく現実のものとして実行できることを私は感じていたのだと思います。これだ、これだの思いの中でやってきました。肉は鈍感でしたが、ただ心は吸い寄せられるようにセミナーに集いました。集えるような環境の中にあり、その中でフルに学ばせてもらってやがて時期がやってきた、全部自分で決めてきたことです。少々鈍感な時間が長くて愚かな肉は色々な思いも出しましたが、一方でこのことも愛だという思いも伝わってきました。必ず何らかの道が開けてくるという思いの中で私はこの学びを進めてきたと思っています。 たくさんの心の積み重ねをしながら、でも私自身を決定付けたのは三年前にアルバートヘ心を向けたときに中から突き上がるように感じた衝撃的な思いです。私にとってあれが最初でありそしてまた駄目押しとなりました。それから今世に賭けてきた思いだとか学びに賭けてきた思いだとか自分の中で納得でき、今は田池留吉、アルバートとともに歩くこの真実の道を喜んで喜んで歩いている自分自身を感じていくほどにまた喜び、幸せが膨らんでいきます。田池留吉の宇宙を広げていける私は意識達は本当に幸せだと心から思える今の私です。 肉を持ちながら肉の人生を歩きながら真実の世界に生きる難しさは百も承知です。 肉を持ちながら肉の人生を歩きながら真実の世界に生きる難しさは百も承知です。でもその難しいという思いも自分の心の叫びを本当にその心で聞いたならだんだん小さく小さくなっていく、そして自分に正直に自分に素直に生きていこうと思える心が大きく大きくなっていく、私はそれが本来の人間の有りようだと思っています。 でもアルバートを知らない人達には理解できません。アルバートの世界がどんな世界なのか、アルバートを感じアルバートを信じ心に広げるということがどれほど幸せで喜びなのか、全く理解に苦しむことだろうと思います。肉で生きる人達にはそうでしょう、私はそう思います。だから私はあえてそんなところで、こちゃごちゃしない、しかし私は私に正直に素直にこれからも生きていくだけのことです。 心で感じている意識、波動の世界があります。厳然としてあります。揺るぎません。私がアルバートを求める思い、アルバートを思う信の強さ、今現実に心で感じています。だから私は幸せです。さあこれからアルバートを思いましょう、アルバートに心を向けなくては、私にはそんな思いがありません。私の中でアルバートを思うことがアルバートに心を合わせることが自然なことだからです。私にはアルバートがすべてです。だから田池留吉との出会いがどれほど喜びで幸せか、そして私は幸せです、喜びです、の思いの深さは本当に例えようもありません。 四次元へ移行するという大事業の前の今世だということをもう一度あなたの心にしっかりと刻んでいってください。 四次元へ移行するという大事業の前の今世だということをもう一度あなたの心にしっかりと刻んでいってください。目先のことばかり枝葉ばかりに心をとらわれることなくもっと大きなところからこの学びそしてご自分を見ていってください。 二五〇年後に出会うまで何度の転生を体験なさるかは私には分かりません。でもその間真実を伝える肉は存在しない、だからこそ今世あなたの心で感じたものをしっかりと二五〇年後の来世に繋いでいく学び方をすることが唯一大切なことだということです。 意識の流れの中にある自分であることが素直であれば心に響いてくるものを全部あなたの肉が遮っている、なのに真実を知りたいアルバートの世界をとやっている、何かそういう辻棲が合わないことに一生懸命エネルギーを注いでいることに気付いていけばもっと楽しく学んでいけると思います。もちろん真面目に真剣にですが肩に力の入らない自然な感じでともに学んでいけたらと思います。 意識達は必死なんです。そして意識達は待って待ち続けています。どうぞその意識達に素直になってください。優しく優しく迎え入れてください。ともに、ともにという思いを心に広げていってください。あなたが一番ではありません。すべてがひとつです。 私は反省とか瞑想とか一応やってきましたが、そういうことよりも自分の心で感じたものを大切にしてきたということです。 私の好みじゃないというところから始まって一生懸命田池留吉に抵抗してきました。でも私は田池留吉に背を向けて心を離していったとか田池留吉を知りながら裏切ったことは一度もありません。低次元の思いからもっとすごい思いを吐き出し、そうしたとき私の心の中に広がっていった何とも言えない温もり、しっかりと抱きしめられているそして愛されてきた思い、これは今の私自身にとって本当に貴重な心の体験です。その体験を何度も何度も積み重ねてきました。何度も何度も確認してきました。決して裏切らないものがある、その思いに出会ったときの私の嬉しさ、喜び、無条件に許されていることを何度も感じることができる今世の肉は本当に幸せだと私の中からまた何度も伝わってきました。そういうことを重ねながら今私は田池留吉の肉を見ているようでやっぱり見ていない自分を確認しています。肉を見ていると決して分からないことを私はすでに心で実証済みです。 私は反省とか瞑想とか一応やってきましたが、そういうことよりも自分の心で感じたものを大切にしてきたということです。だから私にはこうしたからこうなったという説明はできません。ただ分かっていることは今世に賭けてきた思いが強いということです。間違いと分かればすぐに方向転換する、間違いだと分かりつつズルズルはいかない、私は白、黒がはっきりしています。今世失敗、そんな予定は私にはないからです。それだけの思いを持って今世の肉を私はもらってきました。そして二五〇年後の来世も全く同様です。肉を持つ意味を私はしっかりと心で知るようになりました。 ただ真っ直ぐに一歩一歩着実に進んでいく道があるだけです。 四次元へ移行するという大事業、こんなこと肉の感覚で分かりますか、肉でどんな説明ができるというのでしょうか。意識の世界はすべてそうです。肉で解明できることなどなくて肉で理解できるというのは本当の意識の世界ではないということです。肉に分かりやすくするために私達は今日本語を使って言葉に変換しているのであって、本来はそんな必要はないんです。肉をはずせと言っても肉で生きてきた私達には困難なことだと思います。でも真実の世界を心で知っていくためにはそれが必要です。だから肉をはずす現象がこれから起こってくる、これは必然的なことです。 四次元へ移行するという大事業を前提にした今世のこの時間、空間だということも私は頭の知識ではなく、心で感じていることなんです。私の意識はそのことをキャッチしています。それをもって私は素晴らしいとか言うのではなくただ心で感じていますという現実を伝えているだけです。そしてだからこそもう肉にかまけている時間などないことも痛切に心に響いてくるんです。一事が万事そうです、心に響いてくるから学びに対してもこれだ、これしかない、アルバートしかないということです。当然肉のありようも変わってきます。あっちヘフラフラこっちヘフラフラ、そんなことはあり得ないことなんです。 ただ真っ直ぐに一歩一歩着実に進んでいく道があるだけです。選択肢はないということにいつ心で気付けるか、それがあなたの目覚めのときだと私は思います。 素直な心になれば誰でも感じられる世界、それがアルバートの世界です。 素直な心になれば誰でも感じられる世界、それがアルバートの世界です。特別だから特別に何かをしてきたから感じられるのでもありません。またアルバートを感じたからといってそれで舞い上がり己を表していくようでは本当にお粗末です。 喜びだけです。アルバートと自分の世界には他に何もありません。ただ感じたものを自分の中で大切に育てていきアルバートヘの信を大きく強くしていく、それが本道を歩くということだと思います。 意識の世界は広い、無限大に広い、三億六千年それ以上かけても分からなかった世界を今世初めて知った喜びはもう本当に言葉では表せません。 どうぞこのときを今世このときを大切に大切にしていってください。心からの叫びに耳を傾けていってください。 田池留吉を肉でとらえ私を肉でとらえる心では一歩も進めないことを心で気付いていってください。己というものが前に立ち塞がりそびえ立っていることにあなた自身の心で気付かない限り本道は見えてきません。間違った腐った土台にいくら積もうとしても崩れていくことに心で気付いていってください。 アルバートの波動を本当に感じ始めたなら変わります。本当に変わります。変えようとしなくても変わっていく、それが意識、波動の世界です。波動は流れている、アルバートは流れている、感じるか感じないかそれはあなたの問題です。 今更この時期になって自分を偽っても飾ってもどうなるものでもありません。 今更この時期になって自分を偽っても飾ってもどうなるものでもありません。学びに集っている以上もう自分に嘘をつくのはやめにしましょう。取り繕うのもストップです。肉のあなたはどうでもいいんです、中で叫んでいる意識達を出してあげる、その思いを心で聞いてあげてください。みんなみんなアルバートヘ帰りたいと叫んでいます。今世の肉に思いを込めて望みをかけてきた、その熱き思いを心で受け止めてあげられるあなたであってください。 アルバートは現実です。二五〇年後は今現実です。私にはアルバートの肉も意識もひとつになって心に響いてきます。私には実感なんです。あやふやな、あるようなないような、そんなものではありません。だからアルバートを感じて幸せだ、本当に喜びだと私ははっきり言えるのです。 自分を立派にする誇れる自分になる学びではありません。来世に心を繋いでいくことが一番大切なことです。心の体験を重ね本当にアルバートを信じる心でなければ来世に繋ぐことはそんなに容易いことではありません。アルバートは現実です、だけどこのこともまた現実です。 アルバートが本当に現実だと実感する心の中で田池留吉に思いを向ければ向けるほどもう何とも言えない波動を感じます。田池留吉の世界、田池留吉の波動です。私の中から沸き起こってくる思いは私達はひとつだという喜び、幸福感、至福感です。懐かしい、温かい、嬉しいをはるかに超えたもの、熱くて深い思いと言っておきましょうか。言葉で表現できないもどかしさを感じます。 心を全開にして田池留吉の宇宙を伝えたい、心の底からその思いが突きあがってきます。 心を全開にして田池留吉の宇宙を伝えたい、心の底からその思いが突きあがってきます。私達が知りたかったのはこの世界です。この波動です。田池留吉の宇宙を心に感じずに肉を終えてはならない、私はそう思います。 私は肉のあなたに伝えるのではありません。あなたのその肉を通して宇宙に広がる意識達に私はこの田池留吉の宇宙を伝えたい、本当に心からそう思います。 意識の流れの中の私自身が思いを語ります。この心から沸いてくる思いは宇宙へのメッセージ、だから私の思いをどうぞ心で受けていってください。私の思いを肉の思いで歪めることなく真っ直ぐに受けていってください。 素晴らしい、選ばれた、特別、私にはその思いはありません。でも意識の流れの中にある私自身であることをはっきりと感じています。だから二五〇年後の出会いは間違いなく私にとって現実であり四次元への移行も心で感じています。 私は純粋に真実を求める意識達にこの思いを伝えていきたいです。アルバートそして田池留吉の宇宙、私達は待って待って待ち続けてきました。どうぞ肉のあなた私達の思いを遮らないでください。 宇宙からの思いそして宇宙へ向けての思い、熱い熱い思いの中田池留吉、アルバートとともに学ばせてもらえる今世このとき私は本当に幸せです。 田池留吉、アルバートとともに歩いていく私です。私たちはひとつ、そしてずっとずっといっしょです。 田池留吉、アルバートとともに歩いていく私です。私達はひとつ、そしてずっとずっといっしょです。次元を超えてそしてそれからずっと続く世界に生きる私達です。 私が心で感じている世界です。だから私の喜び、幸せはすごい、揺るがない、意識の流れの中の私自身が心に伝えてくれる喜びです。空想、想像の世界ではなく現実に心で感じられる、心に響いてきます。そして肉も今世と来世が入り混じっているような感覚を受けています。 だから間違いなく今世心で感じたものを私の来世、二五〇年後の私に引き継ぐことができると言えるでしょう。来世の私、肉の苦悩からその人生は始まりますが、心には爆発的な喜びを秘めています。今世の私を筆頭に一挙に噴き出てくる、アルバートの目の中に田池留吉の目を思い出す私の喜び、幸せを今世私はすでに感じています。 来世に繋いでいく私に間違いないけれど、さらにこれからその確認、確認をしっかりしていきます。今世その時間が残されています。私の心はさらに大きく広がり田池留吉の世界をその宇宙をそしてアルバートを感じていきます。それが私にとって来世へ繋いでいく大切な仕事、予定、計画です。 嬉しいです。文句なしに嬉しいです。私はそのシナリオを今世自分に書いてきました。真実の道、田池留吉、アルバートとともに歩く道、私の中でどこまでも、どこまでも続いています。 私は真実の世界、波動と出会いました。心はもう決まっています。そして道も見えています。 もういいです、本当にもういいです、私はこの波動の世界を感じています、心に広げています。だからもういいんです、すべてを任せ委ねる思いだけが出てきます。流れの中に溶け込んでいく心を感じてこれ以上の幸せもこれ以上の喜びもないことを感じます。 地球を宇宙を汚しそれでも闊歩してきた自分自身でした。我こそはのエネルギーを撒き散らしてきた私、とことん地獄の中を這いずり回りようやく今世を迎えました。 だから自ら設定してきた今世のチャンスを私は決して逃しません。肉の思いでかき消すことも曇らせることもできない、今世に賭けた私の思いはそんな甘いものではありません。中途半端な学び方はしません。納得のいくように学んできました。 私は心にしっかりとした心棒を持っています。それがアルバートヘの信に繋がっていると思います。アルバートヘの揺るぎない信を私の心は伝えてくれます。 私の心に映るのは田池留吉、アルバートだけです。今世の人生はこの一本に絞るように展闇していきました。本当に見事です。何の狂いもない意識の世界の計らいです。そんな感想を私は持っています。 私は真実の世界、波動と出会いました。心はもう決まっています。そして道も見えています。その意識の流れに乗ってこれからの肉の人生も展開されていきます。私はそれに委ねていくだけです。それが幸せ、それが喜びだと思っています。 宇宙そしてアルバート、このふたつの言葉そこから感じられる波動の世界、それが今世の私の肉から意識への転回を促しました。] 自分自身の心の軌跡を振り返っています。 以前は肉と意識の差が大きくて意識の世界だけがどんどん進んでいって肉の私は何だろうかとそのギャップを感じていました。 今は愚かな肉はここにあってもその差というものをあまり感じなくなった、肉あればこそ感じていける、広げていける波動の世界であり、生んでもらったことを心から喜んでいる私に出会えたからだと思います。田池留吉を思うとき、その肉を含め田池留吉に悪態をつき抵抗してきた私がこれほどまでに変わった、そのことをしみじみ感じています。 そして今田池留吉を思うとき、私は本当に幸せです。何もないんです。心を向け心を合わせていけばその世界、宇宙そしてアルバートが感じられる、そうです、アルバートです。私にはアルバートがすべて、アルバートを思う思いが心に響いてくるたびにただただ嬉しい、ありがとう、ありがとう、です。素直で優しい私と出会えます。 宇宙そしてアルバート、このふたつの言葉そこから感じられる波動の世界、それが今世の私の肉から意識への転回を促しました。肉の現象がそのことを確認させてくれてそのことを思うたびに意識の流れの中の私をはっきりと感じます。 意識の流れの中において肉は無力、でも優しさを溢れるほどの優しさを温もりを伝えていける器、私はそのことを田池留吉を通して教えられました。 肉と意識はひとつを初めて知り得た今世このときです。 今私の心は本当にすっきりしています。 今私の心は本当にすっきりしています。散々自分の中の闇の思いを田池留吉に向けてぶつけてきました。出させてもらいました。言葉汚く罵るのとは裏腹に心は何とも言えない喜びでした。嬉しい思いと温もりと出せば出すほど心が広がっていく新鮮な驚きの連続でした。そしてこうして自分の中の思いを出していけること、受け止めてくれる肉があったことが私には何より幸せでした。 たくさんのステップを踏んできました。そのときそのときにおいて私は自分の中で確認していたように思います。今世の人生をみんな賭けても悔いはなし、段々と強くはっきりと返ってくる思いでした。いつも自分に聞きながら私は自分の道を一生懸命に歩いてきたと思っています。強制されたのでも右へ倣えでもない、私自身が納得して選び進んできた道です。だから足取りはしっかりしている、影響されない、そして私は純粋にアルバートを求めています。 私の中にアルバートの世界が広がっていくとき本当に幸せな私を感じています。欲も何もなくただアルバートです。二五〇年後の来世、肉のアルバートと出会いそしてアルバート殺してやる、の喜びの思いを爆発させる、心に響いてくる来世の喜びを今現実に感じながら、本当によかった、よかった、その思いでいっぱいです。 出会うべくして出会った田池留吉そしてアルバート、心に広がっていくとき私は無上の喜びを感じています。 ありがとう、お母さん。ありがとう、田池留吉。そして私は私自身を褒めてやりたいと思っています。 頭の段階で止まり肉基準の心では、真実波動の世界、意識の世界は絶対感じ得ないです。 アマテラスを凌ぐルシフォーも喜びだと心に伝わってくる、そして私もともに四次元への思いを伝えてくる、これが意識の流れ、これから二五〇年、三〇〇年かけて展開されていくことです。来世アルバートとの出会いはすべてこの喜びに出会うためのものです。単なる肉の出会い、懐かしいだけの出会いではないんです。すべての意識達が総出でアルバートを迎えます。私にはその喜びが感じられる、心に響いてくる、私がアルバートを思うときだからたまらなく嬉しい、そこには全く肉の世界はなく、あるのは私の宇宙に存在する意識達の思いです。 待って、待って、待ち続けてようやく今世、田池留吉と出会えました。そしてアルバートを感じています。私のこの喜びはとてもとても言葉で表すことはできません。 今世の田池留吉との出会いがどれほどの喜びであるのか、そして来世アルバートとの出会いはそれ以上の喜びであることも私は心でしっかりと感じています。 頭の段階で止まり肉基準の心では、真実波動の世界、意識の世界は絶対感じ得ないです。これからセミナーで広げていく世界を心で感じていくのは本当に難しいと思います。 アルバートの世界、田池留吉の宇宙はちょっと感じて舞い上がってしまうようなちっぽけな世界ではありません。 私は心の中にしっかりとしたものを持って生まれてきた、だから今日の私があると思っています。 私は心の中にしっかりとしたものを持って生まれてきた、だから今日の私があると思っています。探し探し求めてきたものにコツンと突き当たってようやく、やっと、やっと、そうです、そんな感じです。そうしたとき今のこのときにピタリと照準を合わせて肉の人生が展開されてきたことがよく分かります。 足掛け十一年、目の前の田池留吉という肉が何をしてくれる、何ができる、そうではなくそうではないけれど私はこの人に私のすべてを賭けるというか任せていっても決して後悔はしないだろう、この人こそ私が待ち続けてきた人、ようやく巡り会えました、ようやくですという思いが日に日に強まってきて、それを私の心の中で大切に暖めてきました。 そしてここ三、四年の間に私の意識の世界には大きな変化が起こりました。それを私ははっきりと今感じています。輪郭も分からない、ぼやけていたものが霧が晴れるようにその姿を表してきた、そしてようやく自分の足元が見えてきたとき、それはずっと続いているひとつの道であったことを私は知りました。今私には田池留吉はただ単なる道しるべに止まっていません。道しるべなんかじゃない、私達はひとつです。心を向ければ向けるほどその世界が広がってくる、アルバートがビンビン響いてくる、その宇宙の中にともにあることを感じている私にとって道しるべも死語となりました。 出会い、抵抗、目覚めそして確信、数々のステップの中を順調に予定通りに進んでいるというか流れていることを感じています。愛の中に生かされていることを実感しています。 私の過去世はどこそこの誰々と自分の中からも聞こえてこなかったし誰にも言われたことがない、それがよかったと思っています。 私の過去世はどこそこの誰々と自分の中からも聞こえてこなかったし誰にも言われたことがない、それがよかったと思っています。なまじっかそんなものを心に入れたために道が大きくずれる可能性はあり得るからです。肉、肉の心に歴史上の人物であるとか文献に残っているとかそういったものが入れば、きっとその過去世にこだわる、過去世をつかむ結果となってその中から出てくるのはなかなかだと思います。道草を食わずに最短距離で本道を歩いていく、それが今世の私の道筋なのでしょう。 どこそこの誰々は分からないけれど、特に私は巫女あるいはその類のときに培ってきた思いをそのまま今世引きずってきたことを心を見るなかで痛切に感じてきました。私にはそれで充分でした。泣き叫び苦しみそして悲しみの淵にある自分自身を知るには充分過ぎました。 喜びを伝えてくれたものは立派な私ではありませんでした。地獄の底を這いずり回りのた打ち回りそして心を閉ざしてきた自分自身、嫌ってきた自分自身でした。 閉ざしてきた心にようやく温もりが届き無条件に愛され包まれていたことを知った喜び、懺悔とともに噴き上がってくるその喜び、それがどんどん心を広げていく牽引車となってくれました。今世自分自身を初めて愛しいと思いました。 来世についても私はどこそこの誰々は分かりません。ただはっきりしているのは厳しい肉の環境を設定してくること、アルバートの目と出会うこと、一瞬にして心の転回をするということです。そして今世の私を思い出すということです。 心の幕開け、アルバートでした。 最初にアルバートを感じたときの衝撃は今も心に焼きついています。それからアルバートと思えば宇宙に繋がっていきました。懐かしくて苦しくてそして恐怖の宇宙の幕開けでした。 心の中のアマテラスはもちろん大喜びでした。そのうちもっと大きなエネルギーも感じるようになり、私自身この地球上の三億六千年はもちろんですが、自分の中にはもっともっと広いそして待ち続けてきた熱い熱い宇宙への思いがあることを知りました。私は宇宙人、何億光年はるかはるかかなたからやって来たということも心に響いていました。だから宇宙を思うときの私は喜びです。すごいエネルギーとともに私はこのときを待ち続けてきたんだという思いが心の底から突き上がってくるのを何度も感じてきました。 UFOも宇宙も私には恐怖でした。なかなかそちらの方に心を向けることをしてこなかったです。アルバートを感じ始めてからようやくUFOに心を向けたくなって、そのうち口から異語が出てきて、何かしきりに訴えているような切ない思いだとか嬉しくてたまらない思いだとかが心に伝わってきたように思います。今UF○も宇宙も恐怖ではなくただただ嬉しいです。宇宙はひとつ、そのことを確かに今世感じることができた、だから嬉しいです。アルバートが流れていく喜びを私の中の宇宙に伝えることができる、たまらなく嬉しいです。 心の幕開け、アルバートでした。アルバートと田池留吉の宇宙、待ち続けてきた私、今本当に幸せです。 素直でない人はどんどん遅れていきます。 素直でない人はどんどん遅れていきます。遅れていくというのは適切な表現ではないかもしれません。己という世界の中で己一番をやっている、だから波動は分からない、真実は絶対分からない、ということです。 アルバートの波動を感じていくのに何が必要なのか、何もありません。でも素直な心でないと感じられないのです。己というものがそびえ立って田池留吉も何もかもすべてを下に見ている、上から見ている自分であることに気付かなければ絶対真実、アルバートの波動は感じられません。意識を受けて意識の世界と通じているようであってもそれは真っ黒な世界と通じ合っているだけのことです。 セミナーにいくら集っても形は熱心でも自分を知って自分を変えていかない限りどうにもならないんです。どうにもなりません。 セミナー会場は波動を感じるところです。意識、波動の世界は正直そして平等です。誰でもが感じられる世界です。 ただ己偉しの肉基準では感じられない、感じていると思っているのは自分がずっと培ってきた己という真っ黒な世界です。そのことに気付き方向を自ら変えていく素直さがなければアルバートの道を歩いていくことは困難です。 アルバートの波動も田池留吉の宇宙も分かる人には分かる、私はそれでいいと思っています。足並みを揃えて進むのは難しい、しかしこの波動の世界を私は余すところなく心を広げて伝えていきたい、私の意識の世界がそう伝えてきます。 肉をもらってこの地獄の叫びと出会えた、そのことが本当に嬉しかったです。 「田池、殺してやる。私は田池留吉を殺すために生まれてきた」はい、そうです、ずっと以前に出させてもらったこの思いです。本当の自分が押し出してくれた心の叫びの総括です。最高に幸せな私を感じました。生まれてこれてよかったと心の底から思いました。何にもいらない、本当に何もいらない、肉をもらったことが喜びでした。肉をもらってこの地獄の叫びと出会えた、そのことが本当に嬉しかったです。地獄の底の底の奥底から生まれてきた私、喜びを伝えるのに私は喜びですと言えるはずがありません。だけどその叫びはまさしく「田池留吉、会いたかった。私はあなたを愛しています」ということです。「私は喜びです」ということです。私は闇ではなく喜びだと心で分からせてもらえた今世です。それが今までの転生と違っているところです。大きなエネルギーだからこそその目覚めには手順が絶対必要でした。今振り返ると本当に愛の中に生かされていることを感じます。お母さんの温もりに触れしっかりと抱かれ支えられている自分自身を感じたからこそ、どれだけのエネルギーが出てこようとも私は自分を見失うことなく、狂うことなく今の今までやってこれた、そう思っています。そして今「私は喜びです」という意識の私を本当に信じられる私があります。 「アルバート、殺してやる」来世もまたこの思いを出させてもらえる私は本当に幸せです。そして私は一応この三億六千年にピリオドを打って四次元へ移行します。 まさに田池留吉、アルバートとともに進む道です。肉も意識も何もかもひとつの喜び、幸せを私は今感じています。 そびえ立つ己偉い心では決してそんな地獄の自分になど心を傾けることはできません。だから当然アルバートの波動が分からない、真実は分からないまま、地獄のままです。 呪って恨んで八つ裂きにしたら私が救われるなら、私はとっくの昔に救われていました。何度転生しても私は地獄の底の底を這いずり回ってきた、そんな過去世の叫びを私は今世の肉を通し本当に心に聞いてきました。過去世、過去世と浮かれるような過去世などどこにもない、何億年生き続けようともみんな地獄の底の底の奥底でした。「田池、殺してやる」はその思いをみんな込めて搾り出すように出てきた地獄の叫びです。だから嬉しいんです。やっとやっと自分を救うことができる、心の奥深くに伝わってきた温もり、その波動です。この喜びは何にも代えられないことを一番よく知っているのが地獄から生まれてきた私です。だから肉の上っ面のことになど心はのめり込まない、そんなものに今世のこのチャンスを逃したくなかった、それが私の偽らざる思いです。 そびえ立つ己偉い心では決してそんな地獄の自分になど心を傾けることはできません。だから当然アルバートの波動が分からない、真実は分からないまま、地獄のままです。 心が出来ているから出来てきたからアルバートを感じることができるのでもなければ、アルバートを感じアルバートの世界を広げているから素晴らしいのでもありません。私にはそのことがよく分かります。地獄の自分を知っているからです。だから私はアルバートを思うとき田池留吉の宇宙を思うとき喜びしかありません。思うことが思えることが喜び、他には何もありません。アルバートを知った、田池留吉の宇宙を知った、それが私にとってもう喜び以外のなにものでもないんです。 私にはアルバートがある、田池留吉の宇宙がある、そう言い切れる私は幸せです。 私にはアルバートがある、田池留吉の宇宙がある、そう言い切れる私は幸せです。今世初めて自分を愛しいと抱きしめることができた、心を広げていくことの喜びを初めて知りました。広い広い世界に心を解き放す喜びを感じている今、生まれてこれたこと、肉をもらったことだけで本当に嬉しいです。 何千回何万回言葉で伝えられようとも、自分自身の心で気付けない限り、今現在自分が立っている場は分かりません。間違っている、そうじゃないですよと伝えられても本当に右から左へと流して私のことじゃない、私はしっかりと田池留吉の方ヘアルバートの方へ心を向けともに歩いていこうとしています、だからこうしてセミナーに集っているではないですか、変わろう変わりたいから熱心に学んでいます、肉のあなたはきっとそう答えることでしょう。 でも違うんです。その肉のあなたの心意気は立派かもしれません。確かにその通りでしょう。でもその中に見え隠れする己一番の心に本当に心で気付かなければ、意識の転回も覚束ない、ましてや自己供養など全くできていないんです。 ともにアルバートヘ帰りましょう、言葉は同じでも波動がそびえ立つ己一番の真っ黒なエネルギーは冷たいです。己一番ではアルバートの波動は分かりません。そびえ立っている己一番、そのことに早く気付いていってください。 私は自分の心を救うのに精一杯です。私は自分の中にアルバートを伝えていきたいだけなんです。 私は自分の心を救うのに精一杯です。私は自分の中にアルバートを伝えていきたいだけなんです。心に上がってきた思いをただパソコンに打って送っています。私は私とアルバートの道を淡々と歩いています。その中で私にはあの人、この人という思いはありません。地獄の奥底の自分にアルバートを伝えたい、その思いばかりです。私は今世ようやくその手立てを心に得たのです。こうしていくことが本当に自分を大切にして苦しんできた私自身を救っていけることだ、その手立てはちゃんと自分の中にありました。田池留吉とともにアルバートとともに生きていくことが私には何にも勝る喜び、幸せだと心の底から伝わってきています。 自分にアルバートを伝えていくことそして来世の私にきちんとバトンタッチしていくこと、この二点は私にとって至上命令とでも言うべきものなんです。私の中にあるのはそれだけです。 だから肉の私に対してどんな思いを向けられようともはっきり言って私の関知しないことです。それはその人にそのまま返っていくだけのこと、その反対も同様です。 とにかく私はそんなところでごちゃごちゃしない、真っ直ぐに自分の決めてきた道を進んでいくだけです。 心の中に伝わってくるのは、この道を真っ直ぐに歩いていきなさいという本当の私からのメッセージです。母の温もりを感じながら田池留吉、アルバートを感じながら生きていける、これほど幸せな人生はない、そう伝わってきます。 今世失敗で来世目覚めることはあり得ません。今世失敗は来世も失敗です。 学びに集いひとつひとつ布石を打ちながら、確実に結果を出してきたと私は思っています。もちろん結果を出したのは今世のこの肉を含めた意識の流れの中にある私自身です。その中で肉は無力だと何度も感じてきました。 三次元の時間からすると今世はほんの僅かです。しかしその中に込められてきた長い長い歴史、温もりを捨ててきた歴史の重みを感じます。凝縮された時間を今世の肉を通し感じさせてもらっています。肉に立派な飾り物を求めてきたけれど、今何もなくても嬉しいです。このときこの時間、この空間、今があることが嬉しいです。 どんな学び方をしてきたかその結果が出てきます。良いも悪いもなく結果が出てくるということです。そのとき自分の心が苦しければ間違ってきたということです。素直に認めていくことがアルバートヘの道を歩くということ、そこからアルバートヘの道が開けてくるということです。 その人その人の道があります。自分で決めてきた道に素直になれない限り、何度も素直ではないことを伝えてきます。本当のあなたがあなたに伝えてくれるのです。何度失敗してもいいけれどでもその時間はすでに私達は充分与えてもらってきました。 今世この道を歩くと決めてきたあなたです。残された時間、あなた自身に素直になってください。今世失敗で来世に目覚めることはあり得ません。今世失敗は来世も失敗です。 ともに歩く道は、アルバートの道。喜びの道、厳しい道です。 私はこの道です。田池留吉の宇宙とアルバートです。 セミナーは本当に残り少なくなってきました。焦る気持ちをそそるつもりはないけれど、一回一回のセミナーを大切にしていってください。くだらない肉の思いあるいは他力どっぷりではあまりにも自分自身がかわいそうです。 田池留吉の肉があってセミナーがあってのこの間にしっかりと自分の心を作っておかないとはっきり言って難しいです。今世はそこでストップだからです。もう誰もあなたに真実を伝えてくれる肉は存在しないのです。そのことをしっかりと心に入れて本当にアルバートの波動が感じられるあなたになってください。 アルバートの波動を感じ本当に自分の中のアルバートと対話していくことができたならばもう何も必要としない、そういう自分を確立していないとまたチャネリングに頼りチャネラーに頼り教祖と信者、さらに地獄の底へともに沈んでいくことになる、形は熱心に学んでいるつもりでも段々方向がずれそして全く違う方向を向いている、でも悲しいかなそのことに気付くことはできない、気付いてももう引き返すことはできない、そんな構図が見えてきます。 私はこの道です。田池留吉の宇宙、アルバートです。私はこの道を淡々と歩いていくだけです。そして私の仲間は本当にアルバートを信じ真実の世界を心に広げている人、私はその人達とともにそして基本的には自分とアルバートの道を歩いていく、これは決して曲げられない私の強い思いです。そうしないととても来世に繋いでいくことなどできない、と意識の世界の厳しさを感じています。 私を裏切らない私を感じ、優しい私を感じています。 真面目に真摯な思いで学んでいくことを己偉い私達は何度も促されてきました。たくさんのセミナーが開かれてみんな平等に真実を知るチャンスを与えてもらってきました。みんな平等です。 私は今世戦争を知らない物質的には恵まれた環境の中で育ててもらいましたが、決してのほほんと大きくなったのではありません。言うか言わずか私は私なりに自分の中の苦しみと出会ってきました。すなわち学ぶ前より心の叫びを聞いてきたのです。だから私はこの千載一遇のチャンスを逃すことなど無駄にすることなどできなかった、私の心が強く求めてきたものにようやく出会ったからです。 気付けるチャンスを自ら棒に振っている、それほど己が偉い頭を誇るそして他力のエネルギーが強い自分自身であることに頭でなく心で気付かないとみんな無駄骨です。私達は大変なんです。ちょっと感じてちょっと意識を受けてそんなことで真実、アルバートの道は歩けないです。それは心の中のエネルギーと本当に真向かいになれば分かるはずです。そんな甘いものではない、肉の飾りつけにこの学びをしているのではないんです。私はそう思ってきました。 今世ようやく真実の道が目の前に真っ直ぐに続いていることを自分の心で確信しました。私を裏切らない私を感じ、優しい私を感じています。心が少し揺れてもここに私はいつでも戻ってこれる、そんな場所を私はようやく今世見つけたんです。だからそれを自らドブに捨てるようなことはありません。 私は喜びだと本当に思えるんです。これがアルバートを信じる原動力です。 絞め殺してやりたい、さもありなんと思います。ちっとも驚きません。己偉しの私だったからその思いは分かり過ぎるほど分かります。己偉しの私達が今世セミナーに集っています。田池留吉の前に肉を持って集ってきました。それは一人の例外もなくそうなんです。今世の肉は普通でも意識の世界では己偉しの私達です。 しかし私はそのことに早く心で気付きました。気付くか気付かないかの違いです。でもこの違いは大きいです。心で気付いてくると自然に懺悔の思いが心から沸き起こり、それでも生かされて許されていた自分を感じれば感じるほど喜びの中にある自分であることが分かります。私は喜びだと本当に思えるんです。これがアルバートを信じる原動力です。 己偉しのこのエネルギー、私はマイナスからブラスヘと変えたこれが私の今世です。だから嬉しいです。どれだけのエネルギーを感じようともまたその何倍も何十倍ももっともっと計り知れないほどの喜びが突き上がってくる体験が何度もあります。 だから私は己偉しの自分に早く気付いてくださいと促しているのです。真っ黒だから生まれてきたのです。その自分が培ってきたエネルギーと真向かいにならなければ本当の喜びが分かりません。アルバートの波動は分かりません。 己偉しの反省、中途半端な闇出し、それでアルバートが分かるならすでに大半の人が分かっているはずです。そうではないことを私はお伝えしたいと思います。 アルバートの目の中に田池留吉を思い出すときの私の喜びは本当にすごいものだと思います。 たくさんの過去世を背負って生まれてきた私がまたたくさんの過去世を背負って肉を離していきます。でもその過程の中でアルバートを知り田池留吉の宇宙を知った今世です。 喜びが伝わってきます。今世の私も過去世にプラスして今度は来世の私自身がみんなを迎えてくれます。 待っていたよ、ともに帰ろう、アルバートの目に私は吸い寄せられるようにして出てきます。洪水のように飛び出してくる喜び、喜び、です。気が狂ったような喜びの中、次から次へと溢れてくる私がいる、みんなみんなアルバートと出会いたかった、本当に出会いたかった、その喜びはこの地球からそして宇宙へと瞬く間に流れていく、それが来世の出会いです。このことを心で感じています。田池留吉の目の中にその来世が映っている、だから私はもう嬉しくて嬉しくてたまりません。 肉の田池留吉はごくごく普通、だけどあの目は違います。そして目は変わりません。アルバートの目の中に田池留吉を思い出すときの私の喜びは本当にすごいものだと思います。一気に意識の転回が進んでそしてともに喜びを広げていきます。肉を持つ最終のとき、肉持てた喜びと感謝を込めてともに四次元へ移行します。 己一番の心の片隅に肩をすぼめるようにしてうずくまっている私をやっと抱きしめてあげられる今世の私です。 己一番の心の片隅に肩をすぽめるようにしてうずくまっている私をやっと抱きしめてあげられる今世の私です。 己一番の意気盛んなエネルギーの陰で凍え切ってかじかんできた私がいました。己が偉くて一番だったから私はそんな私が嫌いで、嫌いで、疎ましくて私の前から消えてなくなれ、消え失せろと私は心の片隅に追いやってきたんです。己が偉かったから自分にごめんなさいが言えませんでした。しかし優しい、包み込むような波動の中で私は冷たい私を心から感じました。田池留吉に心を向ければ決して触れたくなかったそんな私自身を優しく、優しく受け止めて抱きしめてくれていました。私は本当に間違ってきた、私は冷たかった、心の底から思いました。今世初めて自分にごめんなさいでした。 母の温もりの中で微かに聞こえてくるその声にようやく心を向けることができた、ごめんね、ごめんねとその私をしっかりと抱いてやれる私がいます。 肉が自分だとするところからでは決して解き放すことができなかった、癒してくれる肉を求めパワーを求め後はずっと奥へ押し込めるしかなかったです。そんな心で喜びを求め幸せを探していた愚かな私でした。 アルバートと出会い田池留吉の宇宙を感じ広い広い世界を感じられる今、己が一番のエネルギーも一番であるゆえに触れたくない思いもそれを切り捨ててきた冷たい私もみんなみんなしっかりと抱きしめていくことができます。ありがとう、嬉しいです。生まれてきて嬉しい、優しさが溢れてきます。 悲鳴が聞こえてきます。叫んでいる自分をしっかりと抱きしめてあげてください。 私には感じられない、私には分からない、いまだぶつぶつ心でぼやいている人、本当にあなたは心を見てきましたか。ぼやく前に自分を振り返ってみてください。 すべては自分がそのチャンスを握りつぶしてきたんです。 そして私に真実を教えろ、伝えろ、どうして私には感じられないのか、田池何とかしろ、こんな思いの中でたくさんの時間を過ごしてこられたのではないでしょうか。 そんな心では到底真実の道は開けてこないです。なぜならばその心がみんな遮っていることに気付けないあなたがそこにいるからです。その現実をしっかりと受けていってください。それが素直さということです。歩みのスピードを競う学びではないことは充分分かっておられると思います。 悲鳴が聞こえてきます。叫んでいる自分をしっかりと抱きしめてあげてください。肉のあなたはもういいではないですか。 あと二〇〇年、三〇〇年です。あっという間です。ともに四次元への思い、今世しっかりと感じていってください。そしてその足掛かりをほんの少しでもいい、あなたの心に残していってください。 地獄から生まれて地獄へ帰っていく私達です。今世二五〇年後の来世に繋ぐ足掛かりがなければ永遠に地獄です。私はそのように思っています。それが本当にそうなのかはあなたの心で聞いてあなた自身が答えを出していってください。 出会いがあれば別れがある、田池留吉の肉ともいずれ別れなければなりません。そしてこの肉との別れも来ます。 人の死、肉との別れ、今世の私はこの死という現象をひとつの転機としてその方向が定まっていきました。 学びに集うきっかけもそうでした。そしてそれ以後学び続けまた父の死によって私の意識の世界は急速に変わっていきました。特にこの父の死という現象、死に至るまでの時間そしてその後ともに学ばせてもらったことは私の心の成長には大きかったです。心を見せてくれた肉の父であっただけに私は父を思えばありがとうしか出てきません。 今そういうことを経て私の意識の世界は確実に進んでいっています。アルバートとともに田池留吉とともに真っ直ぐに歩いている私を私自身確信しています。だから現実肉を持っている私ですが、その肉にまつわるこの世的なもの、地位、名誉、財産その他諸々のことは私には色褪せた薄っぺらいものと映っています。 それはそうだけどまだ私の中でクリアできていない部分があります。それが私の最終的なお勉強でしょう。今世その心をしっかり見ていくように私は要所、要所で人の死という現象に出会ってきました。肉的に最も厳しい現象の中で私はやはりこの道、アルバートの道を自分の中で確かめていきたいその心からの思いだと感じています。 出会いがあれば別れがある、田池留吉の肉ともいずれ別れなければなりません。そしてこの肉との別れも来ます。 今世、失敗はありません。最終的なお勉強を経て私はこの心を二五〇年後の来世に確実に繋いでいきます。後は静かにありがとうとこの肉を置いていくことでしょう。 アルバートに出会いたかった、求めてきたあなたの心を波動の勉強で確認していってください。 心の中の田池留吉に向けたとき、あなたの信じる道を真っ直ぐに歩いていきなさい、アルバートの道をただ真っ直ぐに歩いていきなさい、そう伝えてくれます。 今肉の田池留吉も意識の田池留吉も、思えば喜びの私があります。田池留吉に負けない、田池留吉を超えたい、そんな心を広げてきた私が、田池留吉があっての私だと心から思える私になりました。肉の田池留吉に向けても意識の田池留吉に向けても心から信じていますという私の思いが出てきます。思いは淡々としています。でもしっかりとはっきりと伝わってきます。嬉しいです。ここまで変われたことが嬉しいです。だから波動の勉強は私には喜び以外のなにものでもありません。前に出られたどの方よりもたぶん私が一番幸せだと思っています。ひとつを感じる喜びを味わっています。語る思いなど気にしていません。ただ私と田池留吉そしてアルバートの世界がそこに広げられている、その中でともに存在している喜び、幸せを感じている私にはもうたまらないほど嬉しいです。 田池留吉を度外視してまた諸々の思いを抱えながらでは決してアルバートには向かないことは明白です。波動の勉強を通してそのことは証明済みです。 どうぞあなたのその肉をはずしていってください。そして心を委ねていってください。アルバートに出会いたかった、求めてきたあなたの心を波動の勉強で確認していってください。 素直で優しいあなたがあなたを待ち続けています。 嬉しいから伝えます。喜びだから何度でも伝えます。誰一人例外もなく間違ってきたから、みんないっしょだから分かるんです。どの思いもどの思いも確かに私の中で苦しんできた思いであることが響いてきます。 自分に優しいあなたになってください。本当の優しさを知っていってください。いっしょに帰りましょう、私はそう伝えます。 みんなあなたに委ねています。何もかもみんなあなたに任せています。そんなあなた自身を見捨ててあなたはどこへ行くんですか。抱きしめてくれることだけを待っている、だからいっしょに歩いていこうって声をかけてあげてください。 私は特別ではありません。私は自分に素直なだけなんです。アルバートを求めアルバートに出会いたかった自分を心に強く感じています。そういう自分自身であることに気付き目覚めました。そして意識の流れを感じています。この道を一直線に歩いていくことが私の喜びなんです。私の中のみんなアルバートを呼んでいます。アルバートの前にはどんなものも色褪せたものに感じます。肉の世界はちっぽけそして心に広げてきたパワーずくめの宇宙もアルバート、田池留吉の宇宙の中にすっぽりと抱かれていることを感じ、それがどれほどの喜びであるのか、ここを感じていけばもうたまりません。 その途中のもっともっと前で止まっているから、肉の世界あるいは他力の世界と比較して天秤にかけその中から抜け出すことができないんです。その一歩を歩き出してください。素直で優しいあなたがあなたを待ち続けています。 だから地獄に帰る私であっても今までの地獄とは違います。 ホームページを読むあなたには厳しいことかもしれないし、みんな否定されてじゃあどうすればいいのかと反発すら感じるかもしれません。 でも意識達は違います。そうだ、そうだ、その通りだとしっかりと頷いているんです。お前しっかりしろ、もっと心を見てくれ、お前は地獄から出てきたんだ、どこが立派で素晴らしいんだ、そんなこと言えるのはほんの今だけだ、きっと後悔するぞ、なあお前、お前ほど幸せなものはいないぞ、どれだけ金銀財宝積もうがパワーを求めようがこんなチャンスは二度と来ない。 そうです、本当にその通りです。私は地獄の自分を知っています。今世田池留吉と出会えたのは、素晴らしいから、特別だから、大きな使命があるから、とんでもないです。今世田池留吉と出会ってセミナーに集う自分であるということはもうお分かりだと思いますが、この世的に言えば超極悪人だからです。 ありとあらゆる手段で己の欲を満たし己というものを表してきたんです。しかし心は満たされないまま地獄の中を這いずり回りのた打ち回ってきた、そんな自分であることを知ってください。例外はありません。私はそのことをしっかりと心で感じています。だから待ち望んできたアルバートを田池留吉の宇宙を心から離すことなどできません。そして真実に出会ったこの喜びは本物です。だから地獄に帰る私であっても今までの地獄とは違います。そして何億年かかろうとも今世を出発点として私はともに歩いてまいります。 宇宙を汚してきました、申し訳ありません、間違ってまいりました、アマテラスよりもルシフォーよりももっと大きなエネルギーがようやくそう伝えてきます。 アルバート、アルバート、アルバート…、何度も何度もあなたを心で呼んできました。アルバートと呼ぶ私、私の中には何もありません。何もないんです。ただアルバートと呼び続けたい、アルバート、あなたと出会えて嬉しい、ありがとう、ありがとう、際限なく心から飛び出してくる喜びです。今世田池留吉の肉を通してやっとやっと私はアルバートの波動と出会えました。そしてこの心の中から洪水のように溢れてくるアルバートヘの思いを感じています。長い長い転生の中での私をアルバートに向けて語れることがたまらなく嬉しいです。この世的に言えば超極悪人、だからいいんです。だからアルバートがたまらなく嬉しいんです。超極悪人が嬉しいなんてこの世の常識では考えられない、理屈も何もない、説明も全然できない、だけど私は喜んでいます。アルバートを求めて求めて、本当にアルバートがすべての私がここにいます。私の意識の世界はこの世界、だから田池留吉を思えば嬉しい、見れば嬉しい、肉でおかしいと思うほどです。 私は二五〇年後が本当に待ち遠しいです。意識の世界ではずっといっしょだけど肉も早く会いたいです。来世の私が心の中でうずうずしています。 そして同じくうずうずしているのが、私の中に広げてきた宇宙です。田池留吉の宇宙の中にすっぽりと抱かれている喜びを感じます。宇宙を汚してきました、申し訳ありません、間違ってまいりました、アマテラスよりもルシフォーよりももっと大きなエネルギーがようやくそう伝えてきます。 私自身もう言葉がないというのが実感です。 私自身もう言葉がないというのが実感です。心の栓がプシュ、プシュとあっちでもこっちでも開いてどこまで行くのか分からないほど喜びが溢れてきます。アルバートヘの思い、私の中で深くそして強く響いてきます。アルバートを思う思いの深さそして強さ信じる喜びがしっかりと感じられます。田池留吉への思いが変わってその距離が縮まってなくなっていったからこのアルバートヘの思いがどんどん私の中で広がってその喜びを如実に感じられる私であることが分かります。アルバートが現実で来世の私の喜びが手に取るように感じられる、二五〇年後のアルバートと私の姿を心に映し出しているというのが今の私です。 出会いがあってそしてそれからどのようになっていくのか、私は自分の未来を感じています。来世の私は今世以上に幸せ、超幸せです。不思議な不思議な体験をします。それがあの目との出会い、苦しみも悲しみもみんなみんな吸い寄せられ肉を突き破るように喜びが溢れていく、アルバートの肉も私の肉もそこにはない、そしてまさにひとつの喜びとなって次元を超えていく、そんな来世そして未来を感じています。今世のこれからの時間、そこに至る自分を感じながらしっかりとアルバートヘ心を向けていきます。私には道が見え開けています。二五〇年後の来世そして未来へと続く道、地獄の自分を抱きしめながらともに歩く道、そこにはアルバートがいます。 セミナーを大切にしていってください。欲では何も分かりません。そしてそびえ立っているあなたがその心を見えなくしてしまっている現実に出会っていってください。そのあなたと真向かいになっていってください。 意識の世界は流れています。淀むことなく流れています。その流れに乗っていますか。素直になって心を任せていってください。何もかも委ねる思いで田池留吉をアルバートを心に呼んでみてください。 きっとあなたの心に響いてきているはずです。あなたの中の優しさ温もり、アルバートヘの思い、アルバートからのメッセージ、みんなみんなどの方の心にも響いてきているはずです。 「二五〇年後に繋いでいきましょう、私はあなたを待ち続けています。素直に私に心を委ねていってください。あなたの心の中の田池留吉、アルバートを信じて信じてともに歩いていきましょう。田池留吉を思いアルバートを思いそして日々を楽しく大切に生きていってください」 すべては二五〇年後の来世です。今をいかに生きていくかであなたのこれからが決まっていきます。 他力のエネルギーの中で自分を狂わしたまま沈んでいくのか、それともそこから出てくるのか、この世に生まれ出てきたときに心を戻せば自ずと答えは出てきます。 お母さんに生んでもらった、その原点にもう一度帰り真剣に今を生きていきましょう。田池留吉の肉ある今しか心を復活させるチャンスはありません。 セミナーを大切にしていってください。欲では何も分かりません。そしてそびえ立っているあなたがその心を見えなくしてしまっている現実に出会っていってください。そのあなたと真向かいになっていってください。 汚い心など何一つありませんでした。汚い、汚いと嫌い続けてきた私が間違ってきたことにやっと気付けました。 田池留吉から伝わる温もり優しさ、そしてアルバートの波動、それが私の心を溶かしていきました。封印をして開かずの扉の奥に閉まっておいた心を今世ようやく自分の中で紐解いていけるような私になれました。だから心に重くのしかかっていた厚い雲が晴れるように私の心は今軽やかです。避けたくて逃げたくて耳を塞ぎ嫌い続けてきた思いでした。でもその思いがアルバートを私に一番伝えてくれていたんです。 心を解き放す喜びを私は味わっています。肉持ってきた人問の一番すさまじい部分、今世ようやくその自分と真向かいになり、この心からその思いを吐き出していったときもう私には何も恐れるものはないと思いました。 心晴れ晴れと一点の曇りもない澄み切った大空にアルバートとともに羽ばたいていきたいと決意して生まれてきた私です。心を洗いざらいさらけ出し心を丸裸にして田池留吉とともにアルバートとともに歩いていきたいと願ってきた私、ようやく今世それが叶えられました。嬉しいです。どれだけのエネルギーを詰め込んできても私は今真っ直ぐ真実の道が示されています。この道を今世こそ間違いなく踏みしめていく喜び、幸せの中にあります。 汚い心など何一つありませんでした。汚い、汚いと嫌い続けてきた私が間違ってきたことにやっと気付けました。 私には偽りも飾りもない、正真正銘ただアルバートがあるだけです。 私には偽りも飾りもない、正真正銘ただアルバートがあるだけです。アルバートの波動の中でアルバートとひとつ、田池留吉とひとつ、これが私です。そしてそれが意識の流れ、この流れは止めることもできない、変えることもできない、私は意識の流れの中に存在していることを感じています。 アルバートの波動の中にすっぽりと包まれ抱かれて、私はあの波動のお勉強をさせてもらっています。肉はそこに座っているだけ、そして心は田池留吉、アルバートとひとつ、最高に幸せです。 今回のセミナーで私にとって最もいいお勉強は二日目のあの地獄の底の底の奥底の現象でした。すさまじい叫び声の中のた打ち回っていた、でも現実はあんなものじゃない、私ははっきりと感じました。あのときやっと息が出来る世界に引き上げてもらった、それでもあれだけのた打ち回っていた、本当にいいお勉強をさせてもらいました。 私のアルバートヘの信の裏づけです。だから肉を持たせてもらったことが喜びです。今アルバートの波動を心で知ったことがどれだけの喜びであるのか、私のアルバートヘの信はそんな薄っぺらなものではありません。そして私はチャネラーではありません。私は田池留吉、アルバートとひとつです。私はアルバートを求めてきました。ただ求めてきました。そして今そのアルバートと出会っています。田池留吉と出会っています。これ以上の喜び、幸せはありません。 春です。春欄漫です。目覚めのときです。 春です。春欄漫です。目覚めのときです。意識達が目覚めていきます。たくさんの現象を起こしていきます。全宇宙が喜んでいる、その思いが波動が確かに感じられます。 アルバート、アルバート、心からそう呼びます。喜びです。アルバート、そう呼ぶ心がこんなに喜んでいます。溢れんばかりの喜び、全宇由へと流れるさまを感じています。 私はアルバート、あなたとともに歩いてまいります。しっかりとその心を今世確認できました。私は喜びの流れに乗ってこれからもどんどん喜びを広げてまいります。アルバートを感じている私です。お母さんの思いが心に広がります。肉を持たせてくれてありがとうございます、ただただ嬉しい、ただただ喜び、これが真実の世界、波動の世界でした。 苦しい、苦しい、苦しいだけの時代は終わりを告げます。それが意識の流れ、苦しみに埋もれた心をどうぞひとつでもふたつでもあなたの心から解き放してください。 アルバートがあなたに語ってくれています。私はいつまでもいつまでも待ち続けます。あなたがその心で気付くときが必ず来ることを私は信じ待ち続けます。さあ私とともに歩いてまいりましょう。真実の世界にご自分を誘っていってください。 今世このように肉を持って出会わせてもらいました。私は本当に心からありがとう、です。今世そして二五〇年後の来世、どれだけ喜びで幸せであるのか、私はもう何もいりません。喜びと出会うようにすべてが整えられていることを私は心で感じています。 遠い遠い時空を越えての約束でした。 遠い遠い時空を超えての約束でした。あなたと出会うこと、田池留吉の宇宙を心に広げていくこと、地球はもとより宇宙で転生を繰り返しようやく今世その願いが叶えられました。心の中から沸き起こる思い、尽きることのない喜びです。宇宙を抜きにして私を語ることはできません。私は宇宙そのものだからです。 心に宇宙を感じる、だからアルバートも田池留吉の宇宙もたまらなく嬉しいです。宇宙、やはり私のふるさとです。異語を語る私、田池留吉の目を見ながら異語が喜びとして口をついて出てくる、ようやくようやくこの宇宙へ帰れる、ようやくようやく出会えました、どれだけのときを待ち続けてきたことか、私は今手に手を取ってともに歩いていける喜びをしっかりと感じています。 宇宙を思うとき私の心には何とも言えない思いが広がっていきます。意識の世界は広いです。三億六千年の地球上の歴史を軽く見ているわけではないけれどそこに止まっていてはとてもとても自分というものが見えてこない、そう思います。地球を含めた宇宙、心の中の宇宙が諸手を挙げて喜んでいる、今アルバートと出会え、アルバートを確信できる自分自身に喜びが溢れてくる、だから宇宙なんです。 自分の中の宇宙を感じずにはおられない、遠い遠い過去からの約束、今こそ果たせるそのときです。 だから二五〇年、三〇〇年は喜び、喜び、まさに春です。ともに歩いてまいりましょう。 幸せです。意識の流れの中を予定通りに歩んでいます。 私の中でしっかりとした足取りを感じています。私は今自分の中の宇宙、私が広げてきた作ってきた暗黒の宇宙を淡々と語ることができます。我一番の宇宙です。それだけにその宇宙が今本当に変わっていくことが手に取るように感じられる、本当に嬉しいです。 心から力強い思いが出てきます。揺るぎないアルバートヘの信です。誇張もなく力みもなく高ぶる思いもなく淡々としかし力強く伝えてくる思いを感じています。 幸せです。意識の流れの中を予定通りに歩んでいます。 私は宇宙へと心が向きます。暗黒の中にあった宇宙です。しかしその宇宙も今やアルバートとともにあることそして田池留吉の宇宙の中に抱かれていることを感じています。私はこの波動と出会えそして目覚めた、だから私の中から喜びが溢れてきます。喜びの波動が宇宙を変える、心で知りました。今世心で知りました。 心の中に待っている宇宙があります。あなたにも、あなたにもみんなみんなその心の中で待っています。アルバートを伝えていってください。アルバートとともに歩いてまいりましょう。小さな世界に止まることなく広い広い世界を感じていってください。それがこれからの二五〇年、三〇〇年です。宇宙規模的な天変地異は必ず起こってきます。全宇宙に喜びを伝えたい、伝えていきます。だからもう間近です。 私が求めてきたものはアルバートです。そう言い切れる、だからアルバートの波動を感じた時点で私は変わりました。 私は広い私自身を感じています。そしてアルバートを心に知るために今世肉をもらってきたことも心で感じています。アルバートです。アルバートをただひたすら求めてきました。私が求めてきたものはアルバートです。そう言い切れる、だからアルバートの波動を感じた時点で私は変わりました。肉の私はまだそのときは意識の世界に追いつけない、距離を感じていましたが、今は違います。もちろん肉は何も分からないというのは同じです。しかしそのときと今とでは違っていることが分かります。それはやはり私の中でアルバートヘの信を段々強め深めていく過程の中で肉も成長していった結果だと思っています。 肉は愚かでした。愚かな肉を立派に見せようと取り繕ってごまかしてきた、そして心に壁を作り自分を守ってきたつもりが苦しみを自分に与えてきただけのことでした。自分を崩すことに恐怖してきたけれど、何ていうこともなかった、全部自分で作ってきたものに怯え心を閉ざしてきただけ、本当に肉を自分だとする思いは愚かでした。 今、私は自分の来世もそして宇宙ということも心で感じています。そして私は田池留吉、アルバートとともに生きています。だからどれだけの思いを語ろうともどんなエネルギーを感じようとも私の心は揺るぎません。淡々と語れる、間違ってきた自分というものを淡々と語れます。そのことによって心は左右されません。意識とともに肉の成長がうかがえます。意識と肉の相関関係を感じ、本当の喜び、幸せはそれらが一致してくることを感じています。 素直で優しい私に心を向けると、嬉しい、嬉しい、もうたまりません。 素直で優しい私に心を向けると、嬉しい、嬉しい、もうたまりません。どんどんどんどんアルバートを呼んでいる、心の中が爆発しそうなくらい嬉しいです。アルバートをひたすら求めてきた私をビンビン感じます。 アルバート、私はあなたに会いたかった、会いたかった、どんなにこのときを待ち続けてきたか、アルバート、アルバート、ああ私にはアルバートがすべてです。 間違いない、揺るぎない、不動です。私は不動です。本当に嬉しいです。だから何を選ぶか、心が迷っている、揺れている、私には考えられないことです。私は言葉で飾ることはしません。未だに心が揺れて定まらない人が私には不思議なくらいです。本当にもっとご自分に素直になられたらいいのにと思います。我を張って何のメリットがあるのでしょうか。 私の我一番とあなたの我一番は違います。真実を知らずに己一番をやり続けている愚かさに早く気付いていってください。真実、波動の世界を心で知る中で己一番の心を語る、己一番を感じていける喜びを知ってほしいと思います。待ち続けてきた喜びと出会えた喜び、そしてともに歩いていける喜び、それらが歴然と感じられるからです。 己一番の大きなエネルギーだからこそその喜びがひとしお感じられ、アルバートの世界を田池留吉の宇宙を心に広げていける喜びを心で知ってください。それしかありません。いくら頭を回そうとも絶対理解できない世界、それが真実波動の世界です。 2003年8月20日発行