気候の寒冷化、乾燥化は、農耕民ばかりか騎馬民族にも深刻な影響を与えました。
馬という動物は消化器官が肛門のすぐ近くについており、栄養分の七十~八十パーセントを消化せず排泄してしまうといいます。馬糞が肥料に適すると言われるのはこのためだそうです。
これに対し、牛というのは徹底的に栄養を吸収するように出来ており、馬とは逆に七十~八十パーセントを吸収し、残りを排泄します。したがって牛糞は肥料に適さないのだということです。
なにも肥料の話をしようというのではありません。馬は、このような体質から、絶えず食べ続けなければならないということです。それが寒冷化・乾燥化で牧草が奪われると、食いだめの出来ない馬がまずやられるということになります。
こうして騎馬民族の移動がはじまります。
倭国にもこうして騎馬民族の一部が渡来してきました。同じように、韓半島では鉄を精製するための森林資源が枯渇し、これを求めての移動も目立ってきました。いつしか倭国の原住民達は、新来の渡来人達に取って代わられていきます。このようにして、邪馬台国も、大和朝廷も、渡来人の主導で成立していきました。
その大和朝廷が、中央集権体制を進めるうえで最大の障害となったのが、地方の部族・豪族の存在でした。邪馬台国も、その延長として誕生した大和朝廷も、部族の連合によって生まれた連合国家です。中央集権体制に移行するには、部族の力を抑えなければなりません。
先にも挙げたように、地方豪族の「神」といえば先祖神を言います。部族ごとに、自分の先祖こそ、自分達の神こそ勝れていると信じています。大和朝廷が中央集権国家を目指すためには、この部族ごとの神々を再編成する必要がありました。
このようして各地の豪族・部族に「風土記」の作成・提出が求められ、それを許に「天照大神」を頂点にした「天孫降臨神話」というストーリーが組み立てられたのです。そして各部族の貢献度により、キャスティングがおこなわれました。
神々の中央集権化が実施されたのです。
次に、こうしてできたピラミッドの上に、神事・軍事・政治を一元化した「神としての天皇=天武天皇」が乗りました。神の下にあるのでなく、天照大神までを傘下(さんか)に組み込んだ「天皇=神」という絶対専制君主が誕生したのです。
巫女王(ふじょおう)の存在も「斎王(さいおう)」という飾り物となり、それに仕える宮廷巫女も、また新たな時代を迎えることとなります。
(文責/桐生敏明)