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太平洋戦争の開戦のニュースと天皇の詔書 館野守男アナウンサー
中村 茂アナウンサー
1941年12月8日
News of the Start of the Pacific War and
the Emperor's Imperial Rescript
Announcer Morio Tateno
Announcer Shigeru Nakamura
December 8, 1941


内容
/1941(昭和16)年12月8日(月曜日)午前七時、ラジオの時報のあと突然臨時ニュースのチャイムが鳴りました。館野守男アナウンサーが「大本営陸海軍部発表」の文章を読みあげ、国民は開戦を知りました。正午から宣戦の詔書が放送されましたが、この詔書には、(1)今回の戦争が「億兆一心国家ノ総力ヲ挙ケテ」戦う国家総力戦であること、(2)宣戦の相手国が「米国及英国」だけであること、(3)日本は従来からの国際法秩序をすべで「破砕スル」と宣言したこと、(4)「自存自衛ノ為」「東亜永遠ノ平和ヲ確立シ」という漠然とした言葉を使うだけで戦争の具体的な目的が明らかにされなかったことなどの特徴がみられました。

Overview / At 7:00 a.m. on Monday, December 8, 1941, after the time signal on the radio, an extraordinary news chime suddenly sounded. The announcer, Morio Tateno, read out an announcement from the Imperial Japanese Army and Navy, and the nation learned that the war had begun. At noon, the Imperial Rescript on the declaration of war was broadcast, which stated: (1) that this war was a war of total national strength to be fought "with all the strength of the nation," (2) that the war was to be fought only against "the United States and Great Britain," (3) that Japan had declared that it would "destroy" the existing international law and order, and (4) that it was "for the purpose of self-preservation and self-defense" and "for the eternal destruction of East Asia. (3) Japan declared that it would "destroy" the existing international legal order, and (4) Japan would "establish eternal peace in East Asia" for "self-defense. However, the specific purpose of the war was not clarified.

分数 サイズ
館野守男アナウンサー  00分28秒   680kb 


臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は、本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。帝国陸海軍は、本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。今朝、大本営陸海軍部からこのように発表されました。

中村茂アナウンサー代読   03分33秒   4.89mb 


詔書。天佑を保有し万世一系の皇祚を践(ふ)める大日本帝国天皇は昭(あきらか)に忠誠勇武なる汝有衆に示す。

朕、茲(ここ)に米国及び英国に対して戦を宣す。朕が陸海将兵は全力を奮って交戦に従事し、朕が百僚有司は励精職務を奉行し、朕が衆庶は各々其の本分を尽し、億兆一心国家の総力を挙げて征戦の目的を達成するに遺算なからむことを期せよ。

抑々(そもそも)東亜の安定を確保し以て世界の平和に寄与するは、丕顕(ひけん)なる皇祖考、丕承(ひしょう)なる皇考の作述せる遠猷(えんゆう)にして、朕が拳々措かざる所。而して列国との交誼を篤くし、万邦共栄の楽を偕(とも)にするは、之亦帝国が常に国交の要義と為す所なり。今や不幸にして米英両国と釁端(きんたん)を開くに至る。洵(まこと)に已むを得ざるものあり。豈朕が志ならんや。

中華民国政府曩(さき)に帝国の真意を解せず、濫(みだり)に事を構えて東亜の平和を攪乱(こうらん)し、遂に帝国をして干戈を執るに至らしめ、茲に四年有余を経たり。幸いに国民政府更新するあり。帝国は之と善隣の誼(よしみ)を結び相提携するに至れるも、重慶に残存する政権は、米英の庇蔭(ひいん)を恃みて、兄弟尚未だ牆(かき)に相鬩(あいせめ)ぐを悛(あらため)ず。

米英両国は、残存政権を支援して東亜の禍乱(からん)を助長し、平和の美名に匿れて東洋制覇の非望を逞(たくまし)うせんとす。剰(あまつさ)へ与国を誘(いざな)い、帝国の周辺に於て武備を増強して我に挑戦し、更に帝国の平和的通商に有らゆる妨害を与え、遂に経済断行を敢てし、帝国の生存に重大なる脅威を加う。

朕は政府をして事態を平和の裡に回復せしめんとし、隠忍(いんにん)久しきに弥(わた)りたるも、彼は毫(ごう)も交譲(こうじょう)の精神なく、徒(いたずら)に時局の解決を遷延せしめて、此の間却って益々経済上、軍事上の脅威を増大し、以て我を屈従せしめんとす。 斯(かく)の如くにして推移せんか。東亜安定に関する帝国昔年の努力は悉(ことごと)く水泡に帰し、帝国の存立、亦正に危殆に瀕せり。事既に此に至る。帝国は今や自存自衛の為、蹶然起って一切の障碍を破砕するの外なきなり。

皇祖皇宗の神霊、上に在り。朕は汝有衆の忠誠勇武に信倚(しんい)し、祖宗の遺業を恢弘(かいこう)し、速やかに禍根を芟除(さんじょ)して、東亜永遠の平和を確立し、以て帝国の光栄を保全せんことを期す。御名御璽。昭和16年12月8日。各国務大臣副書。