| 第二の人生 |
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| ― ラストチャンスです ― |
人間の叡智《えいち》を集結して、様々な分野で、今や、社会は目まぐるしい変貌《へんぼう》を遂《と》げています。
結果として、生活水準は格段に上昇する反面、格差社会の広がりは、どんどん進んでいきます。
それが、人間の心の中の闇をあぶり出していくのです。
格差社会のひずみから噴き出してくるエネルギーは、凄いです。
人間の意識の中には、こんなにドロドロした闇が渦巻いているのか。同じ人間として、到底信じられないというか、末恐ろしくなっていくというか、そのような闇の世界が露出していきます。
もともとあった人間の飽くなき野望というか、醜い局面が、あからさまになっていくのが、これからの時代です。
デシタル化の波は、超スピードで、人間社会を変えていきます。
その一方で、これもまた超スピードで、人間の心の闇の世界が噴き出してくる時代です。
そんな中で、あなたは、いったいどのようなことを思いながら生きて、そして、死んでいくのでしょうか。
コンピューターやロボットに囲まれた生活空間は、確かに快適さと利便さを、私達に提供してくれています。
そのシステムに機能の障害などが起きれば、私達の生活は、立ちどころにストップして、多大な影響を被っていくことも確かですが、デジタル化の流れは、もはや、私達の生活には欠かせないものとなり、これからも超スピードで、社会を変えていきます。
私達人間が、形ある世界を自分達の現実としている以上、より快適な、より便利な生活を望むのは当然です。
コンピューターやロボットが、私達の生活の中に、より深く関わり、浸透していき、生活を変えていくことは間違いありません。
コンピューターによって、スマートに生活環境が整備され、私達人間の動きに限りなく近い動きをするロボットが、続々と出現してくるでしょう。
そうしたデジタル化の流れの中で、確実に、快適で便利な生活は提供されますが、それで、私達が、本当に喜びを感じ、幸せを感じていくかというと、そうではないのです。
私達が、快適さ、利便さを追求していけばいくほど、つまり、巨大にシステム化された社会になればなるほど、その弊害が発生していきます。
万能細胞が作られ、優秀なロボットを輩出する時代が到来しても、それらによって、予期もしない、新たな問題が続出して、本当に私達が幸せになることなど、難しいです。いいえ、あり得ないのです。
そして、私達人間の心の奥底にある思いは、どんなに精密なコンピューターでも、解き明かすことはできないことを、私達は知っていかなければなりません。
たとえ、便利で快適で、よりスマートな生活空間が提供されても、また、より高度な先端技術により、医療の分野が特段に進み、人間の死亡率低下に貢献できたとしても、それらによって感じる喜びや幸せは、人間の本当の喜びや幸せに繋がっていくとは言い難いのです。
なぜならば、そのような喜びや幸せは、一時的なものに過ぎないからです。状況が変われば、一変します。
形の世界を中心にして感じる喜びや幸せには、その裏側というか、奥に潜んでいる思いがあります。
それらの喜びや幸せは、ただ単に喜びだけ、幸せだけではなく、その喜びや幸せには、必ず、不安や恐怖、執着といった暗い思いが付いて回ります。
だから、いつ何時《なんどき》、心の状態がひっくり返るか分かりません。
そうでしょう。状況次第では、今まで喜んでいた人の心が真逆さまに落ちていくことは、充分あり得ることです。
形の世界に喜びと幸せを求めているのだから、それが崩れ去るとか、消え去っていくとか、あるいは事態が一変すれば、心に変化が起こるのは当たり前です。
そんな不確かで不安定な条件とともにある喜びや幸せが、本当のものだとは、とても言い難いとは思いませんか。
本当の喜びと幸せとは、状況云々で変わるはずがないのです。
喜びは、消えていくものではなく、遠ざかっていくものでも、薄れていくものでもありません。
また、幸せと不幸せとが裏表にあるなんて、そもそもおかしいのです。
もっとも、消えていったり、薄れていったりする喜びや、不幸せと裏表だと感じる幸せは、何を中心にしているか、何を基準にしているかを知っていけば、納得はできますが……。
ところで、状況次第で、変化していく喜びや幸せは、本当に儚《はかな》いものだと、それは、あなたも心のどこかで感じているかもしれません。
それでも、そんな儚《はかな》いものを求めて、あなたは、これからも生きていくのでしょうか。
儚《はかな》いと感じつつ、それを追い求めていってしまうのが人生であり、人間だと、そう思っていますか。
そうではありません。
状況がどのように変化しても、決して変わることのない喜びと幸せを知っていく生き方があるのです。
つまり、本当の喜びと、本当の幸せを知っていくことこそが、まさしく本当の人生です。
そして、本当の喜びと、本当の幸せは、いくつもあるはずがありません。本当の、と言っているのだから、それはひとつです。
だから、あなたにも、ぜひ、その生き方を模索してほしいのです。