第二の人生
― ラストチャンスです ―


第3章



1.人生の前半部分の後始末を……


 人間は誰しも、いつか、どこかで、自分の間違いに気付くチャンスを用意しています。
 自分の間違いとは、道義的な間違いというのではなく、自分を知らずにきたことを言います。
 自分を知らずに、つまり、自分が流し続けてきたエネルギーに頓着せずに、ただ目先のことばかりにとらわれて、そこだけに執心して生きてきた間違いは、いつか、どこかで正していかなければならない。いいえ、正していくようになっています。
 
 自分達の本質である意識、エネルギーと、自分達がこれまでに流し続けてきたエネルギーの差異は、大きいです。
 大きな隔たりであればあるほど、苦しみという形で、目の前に現象化されていきます。
 大きく隔たっているからこそ、色々な人達や、周りの様々な出来事が伝えてくれるのです。
 あなたが流し続けてきたエネルギーを知ってくださいと。
 
 オギャーと生まれて、物心がついて、そして、ある程度の年齢に達し、ある程度の生活を確保するまでは、みんなそれぞれの立場で、一生懸命に頑張ると思います。一般的にはそうです。
 中には、ガムシャラに生きてきた人だってあるはずです。
 その時に使ったエネルギーは、凄いでしょう。
 人が生きていくためには、生活をしていくためには、そうです、凄いエネルギーを消費していくのです。
 人生の前半、いわゆる第一の人生においては、それは、仕方がないことだと思います。
 エネルギーを出すことに必死で、そのエネルギーを検証する余裕などなくて当たり前です。
 むしろ、人の一生の中には、そのような時期がなくてはならないと思います。
 一昔前に言われた無気力、無関心、無責任を決め込んで、何もしないからエネルギーを出していないのかと言えば、決してそうではなくて、得てして、そのような人達は、中にエネルギーを溜め込んでしまって、ある時、あるきっかけで、それが飛び出していきます。
 それよりも、たとえ、凄いエネルギーを外に撒き散らしても、勉強に、仕事などに、目いっぱい頑張って、若さの特権を十二分に活かしていけばいいのです。
 少々、羽目を外しても、失敗しても、若気の至りとして大目に見てもらえるだろうし、その気さえあれば、充分にやり直しができる時間もあります。
 躓《つまづ》いたり、転んだり、寄り道や回り道は、第一の人生には付き物です。色々悩んで迷って苦しんで、そういうものだと思います。
 
 しかし、もう、あなたは、第二の人生の時期に差し掛かっている人です。
 この時期に、第一の人生と同じように、ただエネルギーを撒き散らしていくだけでは、どうもいただけません。
 同じように、悩み、迷い、苦しみながらも、今はもう、自分が出してきた、流し続けてきたエネルギーを検証していくべき時期なのです。
 しかし、現実は、そうではないでしょう。
 豊かなセカンドライフにするためにと、あの手この手のお誘いがあります。
 そういう世間の波に乗っていけば、豊かで楽しい晩年、余生が約束されるかのようですが、人生の前半部分の後始末をしないで、そういうことはあり得ないのです。
 人生の前半部分の後始末とは、繰り返しあるように、これまでに本当に凄いエネルギーで生きてきた自分の、そのエネルギーの検証です。
 そして、その検証の方法は、「母親の反省」と「他力の反省」にあるのです。
 自分が生きてきたことと、それらの反省とは、一見すれば何の関連もないようですが、このことは、あなたが実践されていけば、あなたの心で分かります。
 二つの反省をすることにより、自分は、凄いエネルギーを流し続けてきたことが、あなたの頭ではなくて、心に響いてきます。
 凄いエネルギーに突き動かされてきたことが分かるのです。
 形の世界を本物として、その中に、喜びや幸せ求めてきた思い、エネルギーは凄いことが、段々と分かってきます。
 
 あなたに用意された第二の人生の時間を、自分の検証に費やしていきましょう。その時間があって、しかも、そうできるあなたは、幸せ者です。
 人生の前半部分の後始末をすることによって、豊かな晩年になっていくはずです。
 
 晩年よければ、すべてよし。
 私達人間の生涯は、晩年わびしければ、やはり哀しいものです。

 日の出の勢いだった頃を、未練たらしく振り返り、命の灯が消える寸前まで、この世に執着していく人達の心の世界を思う時、ああ、その人達も、ほんの少しでも、真実の世界に触れることができていたらと思わざるを得ません。