父の鬱病
そういう状況が整う中、私自身の意識の目覚めに必要な局面が、さらに私を待ってくれていました。
長年、父の鬱病(うつびょう)に苦しんできた私達親子でした。しかし、その鬱病の状態も、父自身の定年時期をまだ何年か残しての退職を機に、年々その頻度も少なく、また程度も軽くなってきていました。そういうことでは、職場のストレスと人間関係の煩(わずら)わしさという外的要因のようですが、それはあくまで表面的なことです。その根本は、本当の意識の世界を知らなかったことにありました。そういう日々の中で、新たな展開があったのが、2000年6月でした。それはまたしても父であり、父の病気でした。数年前に大腸ガンと診断されて、腸の切除手術を受けたその再発が2000年6月でした。それから2001年1月に父が死去するに至る時間、つまり心が敏感になり出した1999年後半からそこへ至る時間が、私の第二のターニングポイントでした。7年前の夫の発病と死の現象が、針の向け先を変えるためのポイントであるなら、この父の死は、その向いた針の方向をきっちりと定めるために必要な現象でした。
2000年6月に病気が再発し、2週間ばかりの入院治療を終えて退院してきた父に、私は一枚の手紙を手渡しました。さらに父とともに学ばせていただく勉強が、この手紙から始まったと私は感じています。そこで、その手紙と、父が肉を置いていった時までの約半年間の中で、当時父とともに学んでいた時に綴(つづ)った私自身の思い等の中からいくつかと、さらに父の遺文を掲載させていただきたいと思います。
なお、以下の反省文等の中には、田池留吉という呼称が頻繁(ひんぱん)に出てきます。心を田池留吉に向ける、合わせる、田池留吉が自分の本当の心だ、私は田池留吉です、田池留吉を伝える、等々このような表現に少々引っかかりがあるかと思われますが、ここで言う田池留吉とは、田池留吉氏が伝えてくれた波動の世界のことです。それは、肉の田池留吉を通して伝えられた真実の世界を言います。その世界に心を向けるとか、その世界と出会うとか、その世界を信じていくとか、そういうふうに解釈してください。
(2000年7月2日)
― お父さんへ ―
退院できてよかったね。
今私が思っていることを率直に言います。お父さんにはお父さんの思いがあると思いますが、一応読んでください。
パンフレットなどを一応目にしてくれたと思うけど、田池先生が伝えてくれていることは、「私達の本当の姿はこの肉体ではなく、意識です。私達は永遠に生き続ける命です」ということです。私はこのことをただの知識ではなく、実践を通してこの心で学んでいくためのひとつの教材が、今回のお父さんの病気だと思っています。肉体をはじめ目に見える世界を現実の世界だとして、幸せを求め続けてきた私の意識は、お父さんを、お母さんを、そしてシンちゃん(愛犬)を肉体として認識しています。その思いがすべて間違っていたと私自身が気付き、心の転回を促されているのだと思っています。「死」を忌(い)み嫌うのではなく、淡々と受け止めていける心、「死」もまた喜びで、「お母さん、私を生んでくれてありがとう。私、生まれてこれてよかった」ってそんな心で自分の「死」を迎えられたらと思っています。
今世、私はお父さん、お母さんとの縁(えにし)の繋(つな)がりにより、こうして肉体を持たせていただきました。そしてようやく真実に目覚める機会を頂きました。ありがとうございます。ともにともに学んでいきましょう。神に帰る道が喜びの道でした。私はこれよりただ神の子の道を歩いてまいります。道しるべに従ってまっすぐに歩いてまいります。お父さん、お母さん、ありがとう。嬉しいです。
(2000年7月6日)
― 私の思い ―
肉って何だろうと思います。肉体があるから色々な思いを出していることが分かります。そして、本当に肉が自分だと、それがなければ存在しないと、死ねば終わりだとずっと思い続けてきました。形があれば存在を確認できるが、形がなければ何もないのだと、本当に肉、肉、の世界で生き続けてきたことが分かります。私の心に伝わってくるものは、肉を基準に何の疑いもなく生き続けてきた私の過去の思いばかりです。そのひとつひとつに伝えていくことが、今世生まれてきた私の仕事です。肉をしっかりと握ってきたから苦しかったって、死ぬことが恐怖であり、自分の存在がなくなると思ってきたことが間違いだったって、私が私に伝えていかなければなりません。それが優しさなのだと思います。自分を愛するということは、本当の自分の存在をこの心で信じていくことだと思います。今まで肉を自分だとしてただひたすら肉の人生によかれと思ってやってきたことが、実は自分にとって一番冷たいことだったって思います。この心の中で生き続けている私、苦しみ続けている私に、いっしょに歩いていこうって自分に思いを向けていくことをやっていきます。
(2000年7月7日)
― 父に思いを向けました ―
人として、一人の人間として真っ当に生きてきたと思ってきました。己高し己偉しの心を、私は使っていることさえ気付かずに来ました。今ここに来てようやくその思いが、私が使ってきた思いが、すべて大変なエネルギーであり、すべてが狂っているということに気付かせていただいております。しかし私が培(つちか)ってきた心、神を求めてきた私の思いは、そう簡単に心から離すことはできません。私は神を求めてまいりました。数え切れないほどの転生の中で、私は神を求めてきた者でございます。今世もたくさんの書物より何とか真実に目覚めたいと思い、私なりにこの浮世の世界とかけ離れた世界を心に描いてきました。そこにはたくさんの人を見下げ、己は素晴らしい者として、その心のままで己の中に神を見出そうと心を傾けてきました。
私は母を見下げてきました。母に甘えることをしてきませんでした。母に寂しい思いさえもぶつけることができずに、自分の殻に閉じこもってきたのです。母に飛び込んでいけない心を抱えたまま、成長していきました。己という殻を破ることをしないで、今までの年月を重ねてまいりました。我が心に神、仏があると私は思っています。しかしその神、仏の実体が私には分からないのです。私が求め追い続けてきた神、仏を私に教えてほしいと思います。ただ、今は何となくこの思いを言えたということでホッとしています。
― 私の思い ―
私は父をやはり肉としてとらえています。だけど何とはなしに語っている父に、自分の思いが重なります。私と同じ心を使っている、だからそれは父とか私とか区別できないと思いました。私は父を通して、自分の心に培ってきた思いを、まさしく教えてもらっているのだと思います。私が求めてきた神が間違ってきたということです。父と意識の中で私はいっしょに学んでいくのだと思います。
(2000年8月3日)
― 私の思い ―
今日(きょう)仕事から帰った時、家の外で父と犬がちょこんと並んで座っていました。その光景が今瞑想している時に浮かんできました。「優しい人になってね、待ってるよ」ってとても優しい思いが伝わってきました。形で見たら父と犬は夕涼みをしていただけです。でも意識はいつもそうやって優しい波動を伝え続けてくれているのだなあと思いました。私はいっぱいの愛をもらっているのです。でもそのことになかなか気付けない、もっともっととこの心でたくさん望んできました。小さい頃、両手におやつを持っているから、どちらか片一方をあげてねって言われても、絶対両手に持たないと気がすまない子供だったそうです。あっても、あっても欲しい、「もっとちょうだい、もっと私に」と欲だらけの心でずっときました。両手に抱え込んだその隙間から、すべり落ちるくらいにいっぱいあっても、もっともらうことを望んできました。
(2000年10月26日)
―私の思い―
今世の父は、私にとって母と同じかそれ以上に私の心を見る上でその比重は大きいと思います。いつも父の言葉、態度、そして顔色を窺(うかが)って心をビクビクさせていました。父の持病がそうさせるのだと何度もそう自分に言い聞かせてきました。元気な時のお父さんが本当のお父さんなんだとそう言い聞かせてきました。しかし心の中で何度も父を呪い、殺してきました。今再びその思いが私の中で蘇(よみがえ)ります。精神的に不安定な父を目(ま)の当たりにして、その時の私の心の苦しさが響いてきます。心がビクビクして父の一挙手一投足に心が一喜一憂していた時の苦しさが思い出されました。思い出したくない、触れたくない思いでした。だけど父は今、肉の命ぎりぎりのところで、もう一度その心と出会ってくださいと言ってくれているような気がします。父に思いを向けると、申し訳なかった、申し訳なかったと懺悔(ざんげ)の思いが伝わってくるのです。肉を見ていては本当に意識の温かさが分かりませんでした。父から伝わってくる思いは優しい思いでした。そして寂しい、寂しいって訴えていました。私も父もいっしょなんだと思いました。父の肉はこれまでに何度も心を見る大きな教材を与えてくれていました。その肉を使って自分もそうですが、私や母に心の間違いに気付いてほしいと、いつも一生懸命訴えてきてくれている肉です。その父を思うと、今世の母と同様に、この父との意識の繋(つな)がりも深いものだと痛感しています。
(2000年10月28日)
― 私の思い ―
現実に死を身近に考えざるを得ない状況にあります。死ということについて、思いを向けるということは、この心の中に溜(た)め込んできた一番の間違い、肉が自分だという思いに行き当たります。その壁にぶつかります。私の心の中の一番の障害に出くわすのです。意識か肉か、そしてその心の転回を余儀(よぎ)なくさせられる現象を、今まさに迎えようとしています。私がこの学びに入るきっかけも人の死でした。肉の思いの強い私に私が出すハードルです。過去すべては失敗に終わりました。そのハードルは高く、高く私の心の中には映っています。しかし、そのハードルは飛び越えることが可能だということを、今世学んでいます。死は恐怖でも悲しみでもないということを私のこの心で分かっていくことが、本当に私の心を救うものだと思っています。そのためにどうすればいいのか、ただ私は私の心を信じていくだけでした。この心で感じた温もりを、自分の心の中に広げていくだけでした。田池留吉に思いを向けた時の安らぎ温かさそして優しい心、本当の私はこの心だと、そう信じていける信を膨らませていくだけでした。肉にとらわれている心の転回を、この現象を通して学んでいきたいと思います。今世ありがとう、また来世よろしくねという明るい気持ちで、いっしょに学んでいきたいと思います。
― 本当の私からのメッセージ ―
肉を心から離すそのお勉強をいっしょにしていきましょう。肉を掴(つか)んでいては、私達の心は苦しみだけです。死ぬのは怖いですか。何度も何度も死を体験してきたのです。私達の心の中にはたくさんの死を恐怖する心があります。過去世達はみんな肉体を亡くすことを一番恐怖してきました。死んでからの自分の世界がどれほどの世界であるか、この心で知っているからです。肉体を持って生きているという現実の中では、実際自分の死を身近に本当に自分のこととして、なかなかとらえられません。ふっとそこから気を逸(そ)らしていってしまうのです。見たくない、考えたくないと、先送りしていくのです。今しっかりとあなたの死をもう一度あなたの心で思ってください。意識です。あなたの本当の姿は意識です。それは紛(まぎ)れもない事実です。真実です。それだけが唯一の真実なのです。自分が肉だという思いを、ずっとずっとその心に抱えてきました。何度死んで何度生まれてきてもずっとその心でいたのです。だから自分が肉だと思っている思いは、あなたの心の中でこびりついているのです。しかしあなたはあなたの心を田池留吉に向けること、そして田池留吉が自分の本当の心だとその心で知っているのです。本当のあなたがいつも肉を自分だと思っているあなたに伝えているのです。それはあなたが目を閉じて心を田池留吉に合わせていくしか、そのことを感じる手立てはないのです。本当のあなたを信じてください。あなたはその肉があなたではないということを、私は本当にあなたの心で分かってほしいのです。そのために、あなたもあなたのお母さんもあなたのお父さんも、今世肉を頂いて、そして生まれてこれたのです。心を肉から離すことをあなたの心で学んでいってください。死は恐怖でも悲しみでもありません。死は喜びです。死はただ今世の肉を脱ぎ捨て、来世に繋(つな)いでいく準備なのです。死んでもあなたは存在します。あなたのお母さんもあなたのお父さんも存在します。心と心で語ってください。意識と意識で語り合ってください。お父さんに語りかけてください。あなたが感じた心の世界をあなたの言葉で、あなたの思いの中で、お父さんに語ってあげてください。でもそれはお父さんであってあなたでもあるのです。意識はひとつだからです。あなたがあなたの心で分かったことをただお伝えしていくのです。みんないっしょだった、みんなみんな、愛の中に生かされている幸せな存在であったということを、あなたの心から伝えてください。お父さんはきっと優しい優しいあなたを待っています。お父さんに優しく優しく語ってあげてください。伝えてあげてください。「お父さん、私達は意識です。私達は神に帰る神の子です」と。
(2000年11月1日)
― 私の思い ―
瀕死(ひんし)の状態であろうと思える肉体細胞に思いを向けてみました。伝わってくる思いはただただ嬉しい思いでした。ありがとう、ありがとうと喜んでいました。私達はこうやって愛を伝えていけることが、真実を伝えていけることが幸せですと伝わってきました。心臓が動いているのも、手足が動いているのも、みんなみんな当たり前でした。いつもいつも、そのひとつずつの肉体細胞が気付きを待ってくれているのだと思いました。心から出すエネルギーを受け続けてきてくれたのでした。この学びに繋がっていなければ、こんな優しい思いに触れることはなかったと思います。
(2000年11月2日)
― 私の思い ―
肉ですか、意識ですか。本当にどちらを信じていきますか。そう目の前に突きつけられている状態です。苦しみ抜いてきた意識が、互いに教材になっていっしょに学んでいっているような感じがします。肉体細胞に思いを向けた時、自分が出すエネルギーで、どれだけ痛めつけられて壊(こわ)されていっても、ただ気付いてくれることを待ち続けてくれている優しさだけが伝わってきます。自分の肉体を守ることに汲々(きゅうきゅう)としている心では、そんな優しさなんか全然感じられなかったと思います。なぜ肉体を持って生まれてきたのかということをすっかりと忘れて、その肉を誇り、大切にすることだけをしてきた自分の愚かさを、改めて感じます。過去世達の思いをこの心にいっぱい抱えて、私は生まれてきました。呪いや恨みや寂しさ悲しさを、受け止めてほしかったのです。
(2000年11月3日)
― 父に思いを向けました ―
お母さん、ありがとうございます。お母さん、ありがとうございます。ありがとう、ありがとう。私は幸せです。私はあなたに生んでいただいて幸せです。懺悔(ざんげ)です。懺悔です。私はこうして肉体を持たせていただいたのに、その意味を取り違えてきました。しかし私はここに来て自分が意識であることを伝えられました。自分の人生は本当に間違ってきたということが、この心で分かってとても嬉しいです。今、私は静かにこの肉を終えていきたいと思っています。この心に伝えてくれた温もりを、私は忘れずに来世へと繋(つな)いでいきたいと思っています。今世、肉の田池留吉と見(まみ)えることはなかったけれど、私は来世、必ずあなたに出会えることができると信じています。ありがとう、ありがとう、みんなにありがとうの思いを伝えて、私はこの肉を終えていきたいと思っています。
(2000年11月5日)
― 本当の私からのメッセージ ―
ありがとうの思いで、この肉を離していけたなら、それは最高に喜びではないですか。肉体細胞は最後の最後まであなたに愛を伝えています。すべてが愛の中に生かされています。私はあなたに今そうお伝えできることが幸せです。肉体を頂いて、私達はようやくこのように出会えることができました。私は私の仕事をして今世の肉を終えていきます。あなたもそうです。愛をその心から流し続けていくのです。私は田池留吉を信じています。そして、その私から流れる波動をあなたの心でどうぞどうぞしっかりと知ってください。愛あふれる人になってください。愛はすべてを癒(いや)していきます。喜びの波動はすべてを癒していきます。私は喜びです。田池留吉を心の底から信じている私は喜びです。
(2000年11月25日)
― 私の思い ―
私が一番分かっていませんでした。セミナーに何度も何度も集わせてもらって、そして現象の時間に自分のエネルギーを心で知る機会を与えられても、なお私は一番分かっていませんでした。父の肉にしがみついている私の心でした。父を肉として見て、意識というものは度外視していました。学びは学び、そしてこれはこれと、自分の中で器用に使い分けていました。私の本音は「お父さん、死なないで」でした。どうしてお父さんだけがこんなに早く死ななければならないのか、と私は父の肉にしがみついていました。そんな私に父は伝えてくれていました。「ありがとう、ありがとう。私は嬉しいです。嬉しいです。あなた方と今世このように出会えて私はとても嬉しいです。どうぞ悲しまないでください。この肉は病(や)んで、もうあとわずかです。でも私達はずっといっしょです。ずっとずっといっしょです。私は田池留吉でした。私は田池留吉でした。ありがとうございました」
何度もこの心で殺してきたけれど、そんな私に父は愛をくれました。私に教えてくれていました。私の心の中の闇を教えてくれた愛でした。そして今、父の肉は最後の最後まで私に伝えてくれています。「私達は意識です。私達は意識ですよ。ともにともに学んでいきましょう。私もあなたから、そしてあなたも私から学んでください。今世このように親子の縁を頂きました。私は、あなたから田池留吉を伝えていただきました。そして、私はこの肉を通してあなたに学んでいただきたいのです。私達は永遠に生きる存在であることを、しっかりとあなたの心で学んでいってください」
(2000年11月28日)
― 父の意識が語ってきます ―
ありがとう、ありがとう、ありがとうの言葉を私はあなたに伝えたい。今世このようにして田池留吉と出会えたこと幸せでございます。私は来世、来世あなたと出会います。ああ、アルバート、アルバート、私はアメリカの地においてあなたをお待ちしております。この心を忘れずに、私は来世あなたと必ず出会います。ありがとう、ありがとう、嬉しいです。嬉しいです。
― 私の思い ―
私は、ああ信じていきたいけれど、信じていきたいけれど、ああでもあなたを恨む思いが出てきます。私は意識を信じていませんでした。ごめんなさい。父の肉にしがみつくこの肉の思いが、苦しくて苦しくてなりません。
私を置いていかないで、私を置いていかないで。ひとりぼっちは嫌だ、ひとりぼっちは嫌だ、怖くて怖くて怖くてなりません。
肉で引き裂かれた恐怖そして悲しい思いが出てきました。心に抱え切れないほどの悲しみと、恐怖の思いがあります。今その思いが出てきました。死を恐れているのは私でした。肉の別れを嫌ってきたのは私でした。悲し過ぎる、寂し過ぎるその心の闇をしっかりとしっかりと握っています。だから生まれてくるのが嫌でした。また肉で別れなければならない時を迎えることが恐怖でした。この心を思い起こすことが嫌でした。でも田池留吉は喜びで受け入れていきなさいと伝えてくれています。あなたが意識であると信じるということはそういうことですよ、と伝えてくれています。
― 田池留吉からのメッセージ ―
あなたが生まれてこれたこと、お母さんがあなたをこの世に出してくれたこと、それはそれは大変な喜びなのですよ。肉として生き続けてきたあなたの心の中には、死を恐怖する心、そして死は悲しみだととらえる思いが、しっかりとあります。私は死もまた喜びであると伝えています。あなたが死を迎える時、その時あなたの心が何をつかんでいたのか、はっきりと見えてくるでしょう。肉を持っている間にしっかりと学んでください。私から流れる波動を、あなたの心で知っていってください。あなたの心を私に合わせることを実践していってください。
(2000年11月29日)
― 父とともに田池留吉に心を合わせます。父から思いが伝わってきます ―
あなたには、本当の愛を知ってほしいと思っています。今私の肉体を通し、そして私の死に様(ざま)を通してあなたの心で学んでほしいと思っています。ともに学ばせてください。あなたの心で分かったことを、私に伝えてください。私は今世間違った道を歩いてきました。田池留吉と出会うそのチャンスを与えられながら、己偉しの心で自分の信じる道を私は捨て切れなかった、それが残念でなりません。しかし私はあなたの心から流れてくる思い、波動を信じていきたいと思っています。どうぞ私に伝えてください。この愚かな父に伝えてください。
― 私の思い ―
私は何も分かっていませんでした。何も自分の心に伝えていませんでした。父はそのことを私に教えてくれているのだと思います。田池留吉に心を合わせるだけでした。私はこの学びの原点を忘れていたように思います。自分を信じていきます。私が田池留吉であるという信を深めていくことがすべてだったのです。
私はこの心で知っています。来世私はあなたと出会います。そして今世学んだことを私は必ず来世へ繋(つな)いでいきます。私は意識でしたと、この肉の思いを緩(ゆる)めていくことを約束したのでした。来世アメリカの地においてアルバートと出会います。私はあなたと必ず必ず出会います。
私はあなたの未来の意識、私達はいつもいっしょでした。あなたとともに私達はいつもいっしょです。未来へと、未来へと、私の心は広がっていきます。この宇宙の中で、私の意識はどこまでもどこまでも広がっていきます。この心からあふれる喜びの思いをあなたに伝えていきたいです。
― 田池留吉からのメッセージ ―
今世、田池留吉は肉を持ちました。すべての意識が目覚めるために、あなた方の目の前に肉を持ちました。そして私のほうに心を向けてくださいと伝えました。私から流れる波動を知ってくださいと伝えました。喜びの波動を流し始めた方が、少しずつ少しずつ増えてまいりました。これからすべてが始まります。宇宙が変わってまいります。私田池留吉の波動に目覚めた意識が、宇宙を変えていきます。もう言葉はいりません。ただ心と心が通じ合う世界が広がっていきます。
(2000年12月1日)
― 私の思い ―
私は田池留吉と出会うために生まれてきました。今世、田池留吉と出会うために生まれてきました。お父さん、お母さん、ありがとうございます。私は私の願い通りに田池留吉と出会い、そして真実に目覚めるためにたくさんの愛を頂いております。ともにともに帰る意識でございました。とてもとても嬉しいです。こんなにも愛され、こんなにも許されていたことが、やっとこの心で信じられるようになりました。田池留吉、ありがとうございます。私はあなたを信じ、そして自分の過去世を受け入れてまいります。未来は今の私でした。過去もすべてすべて私とともにありました。私は本当に幸せです。田池留吉と出会えたことがとてもとても嬉しいです。もう何もいりません。私は私が決めてきた道を、ただひたすら歩いていくだけです。私の心の中の田池留吉と、そしてアルバートとともに歩いていきます。私はあなたを信じて信じてまいります。私は、遠い過去より自分の心を捨ててきました。田池留吉もお母さんもすべて捨て去りました。温もりを捨てたのは私でした。申し訳ありません。申し訳ありません。あなたはずっとずっと私とともにいてくださいました。私はあなたをどれだけの思いで、捨て去り殺してきたのでしょうか。しかしあなたは変わることなく私に愛を愛の心を思い出してくださいと伝えてくれました。私達はいつもいっしょですよ、私とあなたはひとつですよ、と変わることなく抱きしめてもらっていました。心を広げてまいります。あなたに伝えてもらったこの心を信じてまいります。私はずっとずっとあなたといっしょであったことを、信じていける私は今、幸せです。
(2000年12月2日)
― 父の意識が語ってきました ―
今一番幸せで、穏やかな時を送らせてもらっているのではないでしょうか。現実は大変な状態です。しかし私にとっては今が一番幸せな時なのです。心が穏やかです。そしてこの肉体細胞は、最後まで私を支えてくれています。私に愛のエネルギーを流し続けてくれています。みんながそうでした。私の周りの者達はみんなが愛でした。私はそのことにようやく気付き始めています。私は今幸せです。長き転生にわたって、私はずっと神を求め続けてまいりました。神、仏の世界を私は極(きわ)めていきたかったのです。どんなに求めても求めても、私は悟りを開くことなどできませんでした。この心に残るものは、己を責める思いでした。そして孤独の世界でじっと己の心を閉ざしたままの意識でございました。私はすべてのものを下に見ておりました。常に常に私が上にありました。お母さん、許してください。私はあなたを見下げて見下げてまいりました。母の温もりに私は気付くことなく、己の世界だけに閉じこもった意識でございました。母はいつも私に伝えてくれていました。優しい温もりの心で私を包んでいてくれました。私は妻にその温もりを求めてまいりました。あなたの優しさに私は縋(すが)っていきたかったのです。でもあなただって、とてもとても私は寂しい、と訴えておりました。私達は今世お互いにその心を見て修正するために、夫婦の縁を結ばせてもらいました。あなたには大変お世話になりました。あなたにとって私という存在は、大変大変やっかいな存在であったと思います。私はあなたにとって何一ついい夫ではなかった、夫らしきことは何もしてやれなかったと思っています。でも私はあなたと出会い、こうして夫婦でいられたことがとてもとても嬉しいです。子供達もすくすくと成長してくれました。そしてこの年になって、ようやく私は私の間違いに気付くことができたことがとても嬉しいのです。自分のこの肉体から私は自分の流してきたエネルギーを教えてもらっています。後はただ一日一日を大切に、あなた方と過ごせることを私は願っています。あなた方の学び、そして田池留吉という存在は私が探し求め続けてきたことを、伝えてくれているように思います。それが真実だと私は今、思っています。私に許されている時間、ともにともに学んでいきたいと思っています。そして、また来世あなた方と出会えることを、私は楽しみにしています。
(2000年12月4日)
― 父の遺文より ―
以下の文章は、父がその日から、痛み止めの少しきつい薬を飲むので、頭がハッキリしているうちに今の自分の心境を書くと言って、食卓の上でさらさらと書いたものです。この一カ月後に父は入院しました。
あと何日間で、入院生活、そして来世への「旅立ち」を控えたこの時期に、先の『遺言状』とは別様の「遺文」を一文草します。
過去四十年間を回想して、全く不良な夫であり、父親であったことを反省して、それを〈バネ〉として、残りの今世の生活を、人間として純粋な思いで、家族と接することのできることは幸福です。
人間は綜合的な「愛」に見守られて生きているということを認識することができ、そういう心境で、静かに『死期』を迎えられることは、自分という人間がなんという幸せだろうとつくづく感じ、この思いをしっかりと最後のある時間まで持続したいというのが、ただ一つの願望です。
自分という人間の所有している「業(ごう)」の深さ、大きさを、一片でも除去できるように精進(しょうじん)したいという思いで生活していきます。
来世に家族(もちろん〈シン〉を含めて)に再会する歓びを味わいたいとも思っています。
私が去ったあとの人生は、くれぐれも細心の注意を払って、自分の『学びの世界』に進んでいってください。
喜びの意味を深く込めて、「ありがとう、さようなら」で一文を結びます。
平成12年12月4日 午前11時50分
父が、このような遺文を綴(つづ)ったということは、父は自分の病気を通して、その肉体生命が閉じるまで、自分自身と確かに向かい合っていたのだと思います。私と母が集っていたセミナーには、一度も参加することがなかった父でしたが、この学びは本当のことを自分達に伝えてくれていることを、父は心に感じていたと思います。
父は、まだ体力が残されている時に、身辺整理をほとんど済ませていました。そして自分の息子と自分の兄弟に、自分には葬儀や仏事は一切必要ないということを、父自ら告げたのでした。それは、父自身が退院から約半年間の時間の中で、何かを感じ取った証(あかし)だと私は思っています。葬儀やそれ以後の仏事が必要ないことを、心で知ったのだと思います。もちろん、私達親子三人は、父の遺志を受けて、通夜も葬式も全くの身内、私と母と弟とその家族の数人で済ませました。
(2000年12月18日)
― 私の思い―
昨日から今日にかけて目を閉じたら、なぜだかよく涙が出ます。飛び跳ねるような嬉しさではないけど、何だかとても嬉しいです。ただありがとうの思いしか出てこないのです。そんな中で父に思いが行きます。お父さん、ありがとうね。お父さん、ありがとう。たくさんの闇の思いを出させてくれた、父からたくさんのことを伝えてもらいました。父はその肉体を通して、私に何度も何度も気付きを与えてくれました。父の病気を呪って、そして父を呪ってきた私の心にも、今はただお父さん、ありがとうの思いしかありません。私は父を呪い恨んできたけれど、やっぱり父が大好きです。父にも母にも長生きしてもらいたい肉の思いが、たくさん出ます。父の肉体細胞に思いが行きます。ただただ愛を伝えてくれている、ただただ私達に時間をくれている、劇薬にじっと耐えてくれている、本当にありがとうでした。
学んでください、ともに学んでいってください。私は今世あなたと親子の縁を結ばせてもらいました。すべては私達意識が計画してきたことでした。本当の自分に目覚めるための道筋です。ただただ喜んで進んでいってください。ともに学ぶために私は今存在しています。
過去にそれこそ筆舌に尽くせない思いを出し、残忍極(きわ)まりないことを繰り返してきた、そんな中で誰にも許してもらえないし、また決して許さない、そんな心でずっと来たのだと思います。でもそのどんな時も、変わらずにずっと流れていたものがあったのですね。私という存在を支えてくれているエネルギーがあったのですね。その中で生かされているということを、すっかりと忘れてしまったから、すべてが狂ってきたのだと思いました。
今世、田池留吉と出会えました。私は喜んでいます。父にも母にも本当にありがとうございましたとしかありません。私との約束を守ってくれた、私を信じてくれた、その思いが嬉しかったのです。田池留吉と出会うために、肉体を持たせていただきました。この日本の国で、私は田池留吉と出会うことをこの心で知っておりました。それは私が私に与えたシナリオでした。これからも真実に目覚めるために、たくさんのシナリオを私は書きました。この心に書きました。だから何も恨むことはなかったのです。すべては、自分が真実に目覚めるために書いた筋書き通りだからです。長い長い旅を続けてきました。ひとりぼっちの寂しくて苦しい旅でした。でもこれからは少し違います。いつもいっしょだよって言ってくれました。私はやっとそのことが信じられるようになりました。嬉しいです。ともに歩いていけると思えたら、とても嬉しいです。
(2001年1月14日 亡くなる1日前)
― 私の思い ―
現実に今、父を目の前にしています。頬の肉も落ち腕の筋肉も落ち、背骨もくっきりと出て、目だけが大きくなりました。口にできるものも重湯だけで、薬さえも受け付けなくなり、座薬になりました。それでもまだ頭ははっきりしていて実際話ししたりできるから、まだ私の心には余裕があります。実際その場面に立ち会わなければ、どのような心が出てくるのか分かりませんが、父を思い、父の肉体細胞に思いを向けた時、ここまでよく頑張ってくれたねという思いが出てくるのです。父がこの病(やまい)を得て、ほんの僅(わず)かでも田池留吉のほうに向いてくれたことが、私には嬉しいです。執着は私の中にはたくさんあります。長生きしてほしい、その思いはありますが、果たしてそれもたとえば、父や母が長患いで手がかかるような状態であれば、それと反対の思いが出てくるかもしれません。それもこれも私の中に真実を、本当の自分をしっかりと確信できれば、どんな場面に出くわそうと自分を見失うことはないと思っています。人の死、そして自分の死を迎える時が一番学べる時ですね。死んだら嫌だと叫ぶ心、死ぬのは嫌だと叫ぶ心、そしてありがとうと肉体を離していける心、すべてすべてどのような心でいるかは、肉体を持っている間に、本当にアルバートの波動をしっかりと感じ信じていくかにかかっています。
(2001年1月15日未明、父死亡)
(2001年2月8日)
― 父が書いた遺文を目にするたびに、父のことが思い出されます ―
お父さん、お父さん、私はあなたの娘であったことを本当に誇りに思っています。あなたには私の暗い暗い心をたくさん出させてもらいました。「気付きなさい」とあなたの肉は、私に愛を流してくれていました。あなたは私にとって、かけがえのない人でした。あなたから頂いたこの心を、私は大切に育てていきたいと思っています。
あなたを憎み呪う思いを、あなたに向けて出し続け、あなたを何度も何度も殺し続けてきました。そんな私の思いを、すべて抱きしめ、すべて受け止めてくれた人でした。自分のその肉体の終える苦しさ、不安を私達にはできるだけ感じさせまいと思い、必死で自分の死と向かい合い、そして自分の死を喜びの心で受け止めていける心境にあなたはなられました。私はあなたのその姿、その思いに脱帽しました。あなたのお陰で、私はやっとこの学びを真剣にとらえ、心の転回を大きくさせてもらったように思います。
あなたはよく「人間は自分の死ぬ時にその人の人生が決まる」と言ってこられました。みんな私達はいずれ、この肉体を脱がなければならない時期がやってきます。それぞれが自分の意識の世界へ戻っていきます。今あなたに私はお伝えしたいのです。「私達は意識です。喜びの思いが本来の私達の姿です」と。
私はあなたに本当の愛を伝えるために、こうして親子の縁を今世結ばせていただいたように思います。そして、あなたはそのお手伝いを、私にたくさんたくさんしてくれました。私達はお互いに気付き合い、そして真実に目覚めていくために、この世に肉体を持たせていただいた幸せな意識であることを、私はこの心でようやく知り始めました。お父さん、今世親子の縁を持たせてもらって、私はとても幸せでした。あなたの心を私は忘れません。肉体を終えても、なおこのようにあなたと語り合える私は、とても幸せです。私達は意識でした。永遠に存在する生命(いのち)、喜びの存在であることを、私はあなたにお伝えしたいと思っています。ともにともに学んでいきましょう。私に愛をたくさんたくさん投げかけてくださって、本当にありがとうございました。私もこの肉体を脱ぎ捨てる時、「肉体細胞よ、ありがとう。みんなみんなありがとう」と言ってその思いを心に抱いて、この肉を静かに終えていきたいと思っています。どのような死を迎えるか私にはまだまだ分かりません。しかし、この学びを進めていく中で、自分の死を見つめ、喜びの人生を歩いていきたいと思っています。お父さん、今世ありがとうございました。
肉という器の意味
このようにして、私は父の意識とともに学ばせていただきました。人は死ということに、真向かいになって初めて自分を振り返ると思います。父の現象は、自分の中に確かに芽生えていっている真実への道を、自分自身さらに確実なものにするためのものであったと私は理解しています。
父の意識とともに学ばせていただいた数カ月間は、私自身にとって、大変大きな意味合いがありました。それは、肉という器を持っている私達人間にとって、その器の意味とは何かということ、そして器を捨てた時その中身がどんな状態であるのかということ、そういったことが、器を持っている間に自分の心で知っていくことの大切さを、しっかりと心で感じられた現象だったのです。
さらに、父が肉を脱ぎ捨ててから、棺(ひつぎ)に納められ荼毘(だび)に付されるまでの間に、私を通して語ってくれた父の意識は、私自身に大きな衝撃を与えました。まさに、それは私が意識の転回の緒(ちょ)についた現象となりました。「人間は意識だ」、死んで数時間しか経っていない父に思いを向けることで、私の心はそうはっきりと感じました。同時に自分の学びに対する姿勢も甘かったと思わざるを得ませんでした。
肉を本物とする思いからは、死というものは非常に重い現象です。死を忌(い)み嫌う心があり、絶えず先送りにしたい思いがあります。しかし、必ずみんな死の瞬間を迎えます。その現象を通して、自分の心に湧いて出てくる思いとしっかりと真向かいになってこそ、自分自身がまた肉を持ってきた意味とか大切さ、喜び、幸せを心の底から味わえるのではないでしょうか。
「人間はその肉体ではない。私達は肉体という器を持ってきただけで、器が壊(こわ)れていくことが私達の消滅にはならない」私は、このことを実生活の中で知っていきたかったのです。だから私は、セミナー開催中に、自分の身近な人の死に立ち会うことを予定して、その現象とともに学ぶ手はずになっていたのだと思います。設定通り、現象より学ばせていただく喜びを存分に感じさせてもらいました。父の病気とその死に至る時間は、私にとってまさにそうでした。肉体細胞の不都合から、病(や)んで朽(く)ち果てていく肉体細胞から、一体何を感じ学んでいくのか、七年前にはその余裕などなかった私ですが、この現象においては、死と真向かいになろうと自分の中では必死だったと思います。命乞いばかりに心を使っていっては、その大切な時間は、苦しみしか味わえません。死を間近にしながら、生まれてきたことへの感謝を感じていく術(すべ)は、ひたすら意識の転回に専心することだと思いました。
当時、私は自分の中に蓄えてきたエネルギーを、ようやく自分の肉体を通して、存分に感じていくことができる状態になっていました。それは、「くそったれ」「殺してやる」というエネルギーを出せば出すほど、その凄まじいエネルギーの奥底には、温かい本当の優しさ、温もりが現存している、そしてそれが本当の私自身なのだと心に響いてくる状態です。本当の優しさとは何か、本当の温もりとは何か、私の心はそういうものを確実にとらえていったのだと思います。父自身、自分の死期が迫っていることを感じる中において、そのような私の変化を敏感に感じ取っていたのではないかと思います。
「あのプライドが高かった娘が変わりました」と、父は自分の心からの嬉しさを、一枚の手紙に簡単に綴(つづ)って、とある夏の日に田池留吉氏に送りました。まだ会ったことのない人に、父は数行の手紙を送ったのです。もちろん、父は手紙を送ったことは告げましたが、何を書いて送ったのかを私と母が知ったのは、田池留吉氏からでした。
そして、この娘を変えた田池留吉氏にお会いして一言お礼を申し上げたいという父の思いは、田池留吉氏に伝わっておりましたが、それも結局は、父の身体(からだ)の調子から実現しませんでした。
「こちらから希望したのにも関わらずに、こちらの都合でお約束を果たせませんでした。申し訳ありませんでした」と、父は電話を通じて、そのように田池留吉氏と短いやり取りがあっただけでした。
おそらく、父の意識の世界が真実の方向に少し動き始めたから、そういう一連のことがあったのでしょう。そして、そういうことがあったから、また父の意識の世界は動き、それが2000年12月4日付けの父が記した手紙となりました。その遺文により、死に至るまで父なりに学んでいたことは確かだと思います。それが父の今世のシナリオでした。真実の方向へ歩いていくために必要なシナリオだったと私は思っています。
日々の生活の中で、無為(むい)に過ごしても、また肉の喜びと楽しみだけを追い求めていっても、誰も何も咎(とが)めません。しかし、みんな心の底での疼(うず)きはあると思います。その疼きが、日々の生活の中で具体的な形となって現れてきます。事件、事故、病気、その他様々なルートで疼いてきます。その実態が何なのかそれが分からないから、人生の終焉(しゅうえん)までその疼きを抱え、結局は自分を偽って人生は閉じられていきます。
私は、今世の時間に、その疼きを自分の中で解明しました。それは、私自身、本当の自分と出会いたかったという思いが大変強かったからです。疼きが、鬱病(うつびょう)の父を持ち、大学受験失敗から結婚に至る時間を経て、若くして夫を亡くし、そして田池留吉氏との出会いとセミナー参加、そして父の死を起こしました。どれもこれも何の狂いもなく、配置されてきた私の駒と私の持ち時間です。
これは、一人私だけではありません。どの方もそれぞれに自分の持ち駒と持ち時間があります。そしてそれは全部狂うことなく配置されているのです。ただし、その価値に気が付かずに通り過ぎてしまう場合はあります。どの駒もみんな何かを告げてくれているのだけれど、悲しいかな、肉を本物とする意識は、とても偉いのです。だから自分へのメッセージとして、素直に真っ直ぐに受け取ることができません。余程の警笛が鳴らない限り、真実に目を向けるということは難しくなりました。肉を信じる思いが、持ち駒と持ち時間を無駄に使ってしまいます。自分が用意してきた持ち駒と持ち時間を使って、自分がどのように成長を遂(と)げていくか、それがそれぞれの人生だと私は思っています。成長を遂げていくというのは、立派な人物になったり、財を成したりという意味ではなく、生まれてきた本当の意味を知っていく自分に生まれ変わることだと思うのです。
たとえば、世間一般に向けて、「自分を語ってください」と言えば、おそらく全員の方が、自分の生(お)い立ちから今現在に至るまでの自分の軌跡を述べられ、後はそれぞれ今こんなことを思っているとか、こんなことに夢を抱いて頑張っているとか、そういうことを述べられるでしょう。しかし、結論的に言えば、そういうものをどれだけ並べても、自分を語っていることにはならないのです。生い立ちやら境遇、家族や仕事、夢などは、その人を修飾するものにすぎません。修飾部分をどんなに語っても、その人の核心に触れることはないのです。それらはみんな影であり、影をいくら語っても影は影、消えてなくなるものだからです。
振り返るに、私の父は敏感な心を持って生まれてきました。そして、その敏感な心をどのように自分の中で処理していけばいいのか、その術(すべ)が分からなかったから、世間で言う精神病のレッテルを貼られ、また自分自身もその敏感な心に振り回されていたにすぎなかったのです。
また、肉まみれの私は、まるで憑(つ)き物が憑いたような父の状態を嫌がって恐怖して、散々父そのものの存在を恨み殺してきました。父を通し、私自身のドロドロの意識の世界を学ばせていただいていたのに、悲しみと恨み、絶望感に暮れる日々を過ごしていたのです。そこから自分を解き放すことはなく、埋没する時間を送ってきました。すべては、肉を本物とする形の世界に生きているとしか思えなかった愚かな私の姿がそこにありました。
この世のどこかに必ず本当のことはある、真実を探し求める自らの心の声に、肉を自分だとする愚かな私が思いを向けるように設定してきたシナリオが、父の病気と死、そして夫との出会いと死でした。自分がこの世に生まれてきて、何をしなければならないのか、どのように生きていけば、自分は心の底から納得し満足するのか、徹底的に自分に問いただすチャンスを、自ら用意してきたのです。
シナリオ通りの人生
肉の私は、悲しく辛く悩み嘆きの日々だったと回顧(かいこ)していますが、その思いによって、重く沈み込んでいない私自身を今、感じています。確かに記憶はあって払拭(ふっしょく)はできません。しかし、私は自分の歩みはこれでよかったと思っています。いいえ、全くシナリオ通りなんです。本当の自分に忠実に、誠実に歩いてくることができたことをただただ喜んでいます。この肉を自分だとして培(つちか)ってきた数々の思いは無限にありますが、今は、それによって私は自分自身を責めようとも思わないし、自分はだめだとも思っていません。真実を知らなかっただけであって、その分、自分自身は地獄の奥底を這(は)いずり回ってきました。そして、私は、今世の時間と空間の中で、意識の転回をやっていこうと決意して生まれてきたのです。母に産んでもらったのです。私は自分に忠実に誠実であっただけです。
予定通りのコースを歩き続け、これからもその歩みは淡々と続いていくでしょう。その過程で関わってきた意識達、父にしても母にしても夫にしても、だから私はありがとうしかないのです。真っ黒な私に出会わせていただきました。どれだけ死ね、死ね、お前なんか消え失せろと叫んできたことでしょうか。目の前の肉に向かって、私の過去からの思いすべてが、総出で叫んでいる意識の世界の現実を感じてきました。それは、とても言葉では表現できないものであり、本当に地獄の奥底から這い上がってきたのだと実感できました。そして、今は、真っ黒だから生まれてきた、生んでもらった、この喜びの雄叫(おたけ)びが心に響き渡っています。
選ばれた意識、特別な使命のある意識、私にはその思いは一切ありません。地獄の奥底から這(は)い上がってきたのです。温もりを徹底的に否定してきました。温もりは、最後には自分を裏切ったからです。自分を地獄に突き落としたと、恨み骨髄に徹する思いを、私はずっと心に抱えていたように思います。しかし、それらはみんな肉を基盤とする温もりに過ぎませんでした。そういうことが、心が敏感になってくれば、心で感じ、心に見えてくることでした。そしてまた、田池留吉氏の肉は、真実を伝えるためにあるということもそうでした。だから、他の肉は目に入りませんでした。目指すは、田池留吉氏の肉でした。もちろん、心が本当に敏感になってくるということは、その肉を見ているようで見ていない状態になるということです。そして、田池留吉氏の肉、すなわちその姿を見ることにより、また発する音を耳にすることにより、そして極(きわ)め付きは目を見ることにより、自分自身の意識の世界からどんどんエネルギーが噴き出してくることを自分の肉体を通して感じていける、それが本当に心が敏感な状態だということだと私は思っています。
その敏感な心は、あなたは温もりですよ、あなたは喜びですよと伝わってくるのを、確実にとらえていくと思います。しかし、すぐにはそれを受け入れることなどできません。温もりを徹底的に否定、拒否してきた私は、田池留吉氏に対して、最後まで闘(たたか)いを挑(いど)みました。田池留吉氏を見るたびに、「お前の目を抉(えぐ)ってやる」「お前の首を絞(し)めてやる」このようなエネルギーが、自分の中からマグマのように噴き上がってくるのを、感じてきました。実際、私は田池留吉氏の首に自分の両手を置いて、その両方から首を絞めようとしたこともありました。実に腸(はらわた)が煮えくり返る、そのようなエネルギーの塊(かたまり)の私を数え切れないほど体験させてもらいました。
何とも不思議な話ですが、実は少しも不思議ではなかったのです。私自身がエネルギーだからです。そして、田池留吉氏もエネルギーでした。エネルギーがエネルギーに反応し、反発そしてやがては融合していく、その過程を私自身は、自分の心の中で歩んでまいりました。そして、まさにこのことこそ、私が待ち望んできたチャネリングでした。何かのお告げをする、何かを予言する、人の意識を読み取ることができる、そのようなものに飽き足りなくなっていた私自身が、この肉の殻を突き破った時に心で感じることができたもの、それをチャネリングと表現するならば、これこそが本物のチャネリングと言えると思います。そしてその世界こそが、本当に自分自身が出会いたかった世界だったということは言うまでもありませんでした。そして、今、私はその世界をアルバートだと確信しています。
自分の中に培(つちか)ってきたエネルギーは、温もりをみんな否定してきたけれど、それは大きな間違いでした。私は温もり、私は喜びのエネルギー、そう思うことができる自分自身と出会った現実は、私の中で決して動かせないものだからです。
そして、私は今に至っています。
今、自分を語りなさいと言われるならば、私は地獄の奥底から生まれてきた意識であり、そしてまた、私はアルバートとともに歩いていく喜びの意識ですと、そのように淡々と語ることができます。しかし、それも語りなさいと言われたならばであって、普段の私は、何の変哲もなく普通の日常生活を過ごしています。淡々と過ごす時間の中で、何とも言えない喜びを感じています。それは、自分の本質は意識、永遠に続いていく時間の中で永遠に存在しているもの、その境地に到達することが本当の人生であると、私は確信しているからでしょう。さて、あなた自身は、どうでしょうか。あなたはどんな人生を歩いてこられましたか。そしてこれからどのように生きていかれますか。